Q.35 問い 聖化とは、何ですか。 答え 聖化は、神の一方的恵みによる御業です。それによって私たちは、人間全体にわたり神のかたちにしたがって新しくされ、ますます罪に死に義に生きることができるものとされるのです。
解説 問35 聖化とは何ですか。 答 聖化とは、神の無償の恵みの御業であり(1)、それによってわたしたちは、神のかたちにしたがってその人全体が新たにされ(2)、ますます罪に対して死に、義に対して生きることができるようにされます(3)。 Q.35. What is sanctification? A. Sanctification is the work of God’s free grace, whereby we are renewed in the whole man after the image of God, and are enabled more and more to die unto sin, and live unto righteousness. (1)二テサロニケ2:13 しかし、主に愛されているきょうだいたち、私たちは、あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません。神は、霊による清めと、真理の信仰によって、あなたがたを救いの初穂としてお選びになったからです。 (2)エフェソ4:23、24 心の霊において新たにされ、真理に基づく義と清さの内に、神にかたどって造られた新しい人を着なさい。 (3)ローマ6:4 私たちは、洗礼(バプテスマ)によってキリストと共に葬られ、その死にあずかる者となりました。それは、キリストが父の栄光によって死者の中から復活させられたように、私たちも新しい命に生きるためです。 ローマ6:6 私たちの内の古い人がキリストと共に十字架につけられたのは、罪の体が無力にされて、私たちがもはや罪の奴隷にならないためであるということを、私たちは知っています。 【解説】 ①小教理は、問32で「有効に召される人は、この世において、義認、子とすること、聖化、さらにこの世において、それらに伴い、あるいはそれらから生じるさまざまな恩恵にあずかります」と告白しました。問35は、聖化について告白しています。「聖化とは、神の無償の恵みの御業であり、それによってわたしたちは、神のかたちにしたがってその人全体が新たにされ、ますます罪に対して死に、義に対して生きることができるようにされます」。 ②義認と子とすることは「神の無償の恵みの行為」ですが、聖化は「神の無償の恵みの御業」です。「御業」と訳されている英語はワーク(work)で、継続的な働きを表します。義認と子とすることは、法的な身分に関わることであり、一回的で、決定的な行為でした。他方、聖化は実質に関わることであり、継続的な御業であるのです。すなわち、私たちは聖霊のお働きによって、神のかたちにしたがってその人全体が新たにされ、ますます罪に対して死に、義に対して生きることができるようにされるのです。 ③問18で告白したように、人が堕落した状態の罪性(ざいせい)は罪責と腐敗の大きく二つからなります。罪責を処理するのが義認であり、腐敗を処理するのが聖化であるのです。 問18によれば、堕落によって、人は全本性(ぜんほんせい)が腐敗しています。聖化の御業は、腐敗している人の全本性を神のかたちにしたがって新しくします。アダムの堕落によって、生まれながらの人間の神のかたちは歪められ、正しく機能しなくなりました。しかし、聖霊は聖化の御業によって、その神のかたちを新しくしてくださり、正しく機能するようにしてくださるのです。 ④『コロサイの信徒への手紙』の第1章15節によれば、御子こそ見えない神のかたちです。ですから、人間全体にわたり神のかたちにしたがって新しくされるとは、イエス・キリストに似た者とされるということです。私たちはますます罪に対して死に、義に対して生きることができる者とされることにより、イエス・キリストに似た者とされるのです。 ⑤聖化の御業は、徐々に進展して行きますが、この地上において完成することはありません(地上において完全聖化はない)。私たちには罪の残滓(のこりかす)があり、罪との戦いがあるのです。しかし、神様は聖化の御業によって、私たちを御心に背く悪を憎み、御心に適う善を愛する者へと造り変えてくださいます。また、聖化の御業は、私たちを謙遜な者にします。なぜなら、聖化の御業が進展するほど、私たちは自分が罪深い者であることが分かるからです。「私はなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、誰が私を救ってくれるでしょうか」というパウロの嘆きは、聖化の途上に生きる者の嘆きであるのです(ローマ7:24)。 【参考】 ①ウェストミンスター大教理問答 問75 聖化とは何ですか。 答 聖化とは神の恵みの御業です。それによって、世界の基が置かれる前に、神が聖なる者となるように選んでおられた者たちは、ちょうどよい時に、キリストの死と復活を彼らに適用してくださる(1)御霊の力強い働きにより(2)、神のかたちにしたがってその人全体が新たにされます(3)。それは、命に至る悔い改めと他のすべての救いの恵みの賜物との種が、彼らの心の内に植え付けられ(4)、さらに、それらの恵みの賜物が、かきたてられ、増し加えられ、強められて(5)、ますます罪に死に、新しい命によみがえるようにされるからです(6)。 (1)ロマ6:4−6、(2)エフェ1:4、Ⅰコリ6:11、Ⅱテサ2:13、(3)エフェ4:23、24、(4)使11:18、Ⅰヨハ3:9、(5)ユダ20、ヘブ6:11、12、エフェ3:16−19、コロ1:10、11、(6)ロマ6:4、6、14、ガラ5:24 ②ウェストミンスター信仰告白 第13章「聖化について」 [1]ひとたび有効に召され、再生させられて、自らの内に新しい心と新しい霊を創造されている者たちは、さらに、キリストの死と復活の力により(1)、また彼らの内に宿るキリストの言葉と霊によって(2)、現実にそして個人的に聖化される。すなわち、体全体に及ぶ罪の支配が破壊され(3)、その体のさまざまの欲望はますます弱められ殺されていく(4)。そして彼らは救いに伴うあらゆる恵みの賜物を受けて、ますます命を与えられ、強められて(5)、それなしには誰も主を見ることができない真の聖さの実践に向かうのである(6)。 (1)ヨハネ17:17、エフェソ5:26、Ⅱテサロニケ2:13、(2)Ⅰコリント6:11、使徒20:32、フィリピ3:10、ローマ6:5、6、(3)ローマ6:6、14、(4)ガラテヤ5:24、ローマ8:13、(5)コロサイ1:11、エフェソ3:16〜19、(6)Ⅱコリント7:1、ヘブライ12:14 [2]この聖化はその人全体に、くまなくいきわたっている(1)。とはいえ、それはこの世では未完成であって、どの部分にも腐敗の残り滓がなお残っている(2)。そこから絶え間のない、そして和解できない戦いが生じる。すなわち、肉の望むところは御霊に反し、御霊の望むところは肉に反するのである(3)。 (1)Ⅰテサロニケ5:23、(2)Ⅰヨハネ1:10、ローマ7:18、23、フィリピ3:12、(3)ガラテヤ5:17、Ⅰペトロ2:11 [3]この戦いでは、残っている腐敗が、しばらく、大いに優勢になることもある(1)。それにもかかわらず聖化するキリストの御霊から絶えず力が供給されることによって、再生した性質の側が必ず勝利する(2)。このようにして、聖徒たちは恵みにおいて成長し(3)、神を畏れつつ聖さを完成していく(4)。 (1)ローマ7:23、(2)ローマ6:14、Ⅰヨハネ5:4、エフェソ4:15、16、(3)Ⅱペトロ3:18、Ⅱコリント3:18、(4)Ⅱコリント7:1 主に愛されているきょうだいたち、私たちは、あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません。神は、霊による清めと、真理の信仰によって、あなたがたを救いの初穂としてお選びになったからです。テサロニケの信徒への手紙二 2章13節 2026年03月25日 村田寿和 牧師
問35 聖化とは何ですか。
答 聖化とは、神の無償の恵みの御業であり(1)、それによってわたしたちは、神のかたちにしたがってその人全体が新たにされ(2)、ますます罪に対して死に、義に対して生きることができるようにされます(3)。
Q.35. What is sanctification?
A. Sanctification is the work of God’s free grace, whereby we are renewed in the whole man after the image of God, and are enabled more and more to die unto sin, and live unto righteousness.
(1)二テサロニケ2:13 しかし、主に愛されているきょうだいたち、私たちは、あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません。神は、霊による清めと、真理の信仰によって、あなたがたを救いの初穂としてお選びになったからです。
(2)エフェソ4:23、24 心の霊において新たにされ、真理に基づく義と清さの内に、神にかたどって造られた新しい人を着なさい。
(3)ローマ6:4 私たちは、洗礼(バプテスマ)によってキリストと共に葬られ、その死にあずかる者となりました。それは、キリストが父の栄光によって死者の中から復活させられたように、私たちも新しい命に生きるためです。
ローマ6:6 私たちの内の古い人がキリストと共に十字架につけられたのは、罪の体が無力にされて、私たちがもはや罪の奴隷にならないためであるということを、私たちは知っています。
【解説】
①小教理は、問32で「有効に召される人は、この世において、義認、子とすること、聖化、さらにこの世において、それらに伴い、あるいはそれらから生じるさまざまな恩恵にあずかります」と告白しました。問35は、聖化について告白しています。「聖化とは、神の無償の恵みの御業であり、それによってわたしたちは、神のかたちにしたがってその人全体が新たにされ、ますます罪に対して死に、義に対して生きることができるようにされます」。
②義認と子とすることは「神の無償の恵みの行為」ですが、聖化は「神の無償の恵みの御業」です。「御業」と訳されている英語はワーク(work)で、継続的な働きを表します。義認と子とすることは、法的な身分に関わることであり、一回的で、決定的な行為でした。他方、聖化は実質に関わることであり、継続的な御業であるのです。すなわち、私たちは聖霊のお働きによって、神のかたちにしたがってその人全体が新たにされ、ますます罪に対して死に、義に対して生きることができるようにされるのです。
③問18で告白したように、人が堕落した状態の罪性(ざいせい)は罪責と腐敗の大きく二つからなります。罪責を処理するのが義認であり、腐敗を処理するのが聖化であるのです。
問18によれば、堕落によって、人は全本性(ぜんほんせい)が腐敗しています。聖化の御業は、腐敗している人の全本性を神のかたちにしたがって新しくします。アダムの堕落によって、生まれながらの人間の神のかたちは歪められ、正しく機能しなくなりました。しかし、聖霊は聖化の御業によって、その神のかたちを新しくしてくださり、正しく機能するようにしてくださるのです。
④『コロサイの信徒への手紙』の第1章15節によれば、御子こそ見えない神のかたちです。ですから、人間全体にわたり神のかたちにしたがって新しくされるとは、イエス・キリストに似た者とされるということです。私たちはますます罪に対して死に、義に対して生きることができる者とされることにより、イエス・キリストに似た者とされるのです。
⑤聖化の御業は、徐々に進展して行きますが、この地上において完成することはありません(地上において完全聖化はない)。私たちには罪の残滓(のこりかす)があり、罪との戦いがあるのです。しかし、神様は聖化の御業によって、私たちを御心に背く悪を憎み、御心に適う善を愛する者へと造り変えてくださいます。また、聖化の御業は、私たちを謙遜な者にします。なぜなら、聖化の御業が進展するほど、私たちは自分が罪深い者であることが分かるからです。「私はなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、誰が私を救ってくれるでしょうか」というパウロの嘆きは、聖化の途上に生きる者の嘆きであるのです(ローマ7:24)。
【参考】
①ウェストミンスター大教理問答
問75 聖化とは何ですか。
答 聖化とは神の恵みの御業です。それによって、世界の基が置かれる前に、神が聖なる者となるように選んでおられた者たちは、ちょうどよい時に、キリストの死と復活を彼らに適用してくださる(1)御霊の力強い働きにより(2)、神のかたちにしたがってその人全体が新たにされます(3)。それは、命に至る悔い改めと他のすべての救いの恵みの賜物との種が、彼らの心の内に植え付けられ(4)、さらに、それらの恵みの賜物が、かきたてられ、増し加えられ、強められて(5)、ますます罪に死に、新しい命によみがえるようにされるからです(6)。
(1)ロマ6:4−6、(2)エフェ1:4、Ⅰコリ6:11、Ⅱテサ2:13、(3)エフェ4:23、24、(4)使11:18、Ⅰヨハ3:9、(5)ユダ20、ヘブ6:11、12、エフェ3:16−19、コロ1:10、11、(6)ロマ6:4、6、14、ガラ5:24
②ウェストミンスター信仰告白 第13章「聖化について」
[1]ひとたび有効に召され、再生させられて、自らの内に新しい心と新しい霊を創造されている者たちは、さらに、キリストの死と復活の力により(1)、また彼らの内に宿るキリストの言葉と霊によって(2)、現実にそして個人的に聖化される。すなわち、体全体に及ぶ罪の支配が破壊され(3)、その体のさまざまの欲望はますます弱められ殺されていく(4)。そして彼らは救いに伴うあらゆる恵みの賜物を受けて、ますます命を与えられ、強められて(5)、それなしには誰も主を見ることができない真の聖さの実践に向かうのである(6)。
(1)ヨハネ17:17、エフェソ5:26、Ⅱテサロニケ2:13、(2)Ⅰコリント6:11、使徒20:32、フィリピ3:10、ローマ6:5、6、(3)ローマ6:6、14、(4)ガラテヤ5:24、ローマ8:13、(5)コロサイ1:11、エフェソ3:16〜19、(6)Ⅱコリント7:1、ヘブライ12:14
[2]この聖化はその人全体に、くまなくいきわたっている(1)。とはいえ、それはこの世では未完成であって、どの部分にも腐敗の残り滓がなお残っている(2)。そこから絶え間のない、そして和解できない戦いが生じる。すなわち、肉の望むところは御霊に反し、御霊の望むところは肉に反するのである(3)。
(1)Ⅰテサロニケ5:23、(2)Ⅰヨハネ1:10、ローマ7:18、23、フィリピ3:12、(3)ガラテヤ5:17、Ⅰペトロ2:11
[3]この戦いでは、残っている腐敗が、しばらく、大いに優勢になることもある(1)。それにもかかわらず聖化するキリストの御霊から絶えず力が供給されることによって、再生した性質の側が必ず勝利する(2)。このようにして、聖徒たちは恵みにおいて成長し(3)、神を畏れつつ聖さを完成していく(4)。
(1)ローマ7:23、(2)ローマ6:14、Ⅰヨハネ5:4、エフェソ4:15、16、(3)Ⅱペトロ3:18、Ⅱコリント3:18、(4)Ⅱコリント7:1