2024年03月17日「実のないいちじくの木 열매 없는 무화과나무」

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実のないいちじくの木 열매 없는 무화과나무

日付
説教
川栄智章 牧師
聖書
マルコによる福音書 11章12節~20節

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聖句のアイコン聖書の言葉

11:12翌日、一行がベタニアを出るとき、イエスは空腹を覚えられた。
11:13そこで、葉の茂ったいちじくの木を遠くから見て、実がなってはいないかと近寄られたが、葉のほかは何もなかった。いちじくの季節ではなかったからである。
11:14イエスはその木に向かって、「今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように」と言われた。弟子たちはこれを聞いていた。
11:15それから、一行はエルサレムに来た。イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返された。
11:16また、境内を通って物を運ぶこともお許しにならなかった。
11:17そして、人々に教えて言われた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての国の人の/祈りの家と呼ばれるべきである。』/ところが、あなたたちは/それを強盗の巣にしてしまった。」
11:18祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、イエスをどのようにして殺そうかと謀った。群衆が皆その教えに打たれていたので、彼らはイエスを恐れたからである。
11:19夕方になると、イエスは弟子たちと都の外に出て行かれた。
11:20翌朝早く、一行は通りがかりに、あのいちじくの木が根元から枯れているのを見た。日本聖書協会『聖書 新共同訳』
マルコによる福音書 11章12節~20節

原稿のアイコン日本語メッセージ

【序】

イエス様が、過ぎ越しの祭りの時期に神殿に入られ、まず最初にされたことは、所謂「宮きよめ」と呼ばれる大きな騒動でした。この宮きよめとは、これから繰り広げられる主イエスとユダヤの当局者たちとの衝突の序曲となります。イエス様は最終的に、このユダヤの当局者たち、即ち長老、祭司長、律法学者たちによって十字架につけられることになります。本日の箇所は、この宮きよめの騒動を挟み込むような形で、いちじくの木を呪う奇跡がサンドイッチ構造で書かれています。「呪いの奇跡」というのは、福音書の中には唯一、ここと、並行記事のマタイ21:19にしか出てきません。呪いの奇跡は、これまでのイエス様のお働きの性質とは全く一致しないものであります。大変、奇妙な感じがいたします。何の罪もない、一本のいちじくの木を自分の空腹を満たすことができなかったからという理由で呪うことは、いかにもイエス様の考えが偏狭で、自分勝手だという印象を受けてしまいます。しかし、宮きよめと、いちじくの木の呪いの奇跡の間に、何か関連があるのではないかと推測して読み進めるなら、実は、この呪いの奇跡には、あることが啓示されていることに気づかされるのであります。この呪いの奇跡に何が啓示されているのか、そのことを念頭に置きながら、本日もマルコによる福音書11章から御言葉の恵みに与りたいと思います。12~14節をご覧ください。

【1】. 時ではなかったから

“翌日、一行がベタニアを出るとき、イエスは空腹を覚えられた。そこで、葉の茂ったいちじくの木を遠くから見て、実がなってはいないかと近寄られたが、葉のほかは何もなかった。いちじくの季節ではなかったからである。イエスはその木に向かって、「今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように」と言われた。弟子たちはこれを聞いていた。”

いちじくの木とぶどうの木はイスラエルの民にとって大変なじみのある果物です。日本人にとって桜が馴染のあるように、韓国人にとってむくげが馴染のあるように、イスラエルの民にとっていちじくとぶどうの木が馴染のあるものでありました。イスラエルのいちじくは、年に二度実を結ぶと言われていて、「初なりのいちじく」は6~7月に実を結び、もっと大きな果実である「秋いちじく」は8~9月に実を結びます。過ぎ越しの祭りのこの時期は、4月の上旬ごろですから、まだ、初なりのいちじくの時期ではありません。まもなく、せんげん台教会から見える桜の木も開花すると思われますが、桜は開花した後に葉を茂らせますね。同じように、イスラエルの初なりのいちじくも、普通、実がなった後に葉を茂らせました。ですから枝から葉を出したということは、初なりの実を結び始めたサインでもあった訳です。マルコ13:28には次のような御言葉があります。ご覧ください。

“いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が出て来ると、夏の近いことが分かる。”

いちじくの枝が柔らかくなって、葉が出て来るということは、夏が近づいたことを告げるサインでありました。そして夏という季節は、いちじくの実の豊かな収穫をもたらす季節でもあります。イエス様は遠くからいちじくの木が、葉を茂らせているのをご覧になり、「もしかしたら実を結んでいるのではないか」と思い、近寄られたということです。ところが、実際、このいちじくの木は実を一切結んでいなかったため、イエス様はいちじくの木に向かって「今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように」と呪ったのであります。13節に「いちじくの季節ではなかったからである」と書かれていますが、季節という言葉は、ギリシア語で「カイロス」という言葉です。「時」という意味ですが、特に「機会」とか、「定められた時」という意味で用いられます。「葉のほかには何もなかった。いちじくの時ではなかったからである」という文章は、文法的には成り立ちますが、イエス様がなぜ、いちじくの木を呪ったのか、全く説明がつきません。いちじくの季節ではないのに、実を結んでいないいちじくの木を呪ったと言っているからです。それでは「いちじくの『時 カイロス』ではなかったからである」という言葉を、この福音書の著者はなぜ、あえて挿入したのでしょうか。宮きよめがユダヤの神殿を司る当局者たちとの衝突の序曲であることを考えるなら、いちじくの木を、ユダヤの神殿当局者たちとなぞらえることができるわけです。「いちじくの時ではなかったからである」という言葉は、時が満ち、主イエス・キリストがこの世に来られ、旧約時代から、新約時代に移行したということを読み取ることができるのです。神の臨在が神殿から、キリストの弟子たちへ、教会へ移行したということです。したがって、神殿の役割、供え物を献げる祭儀の役割は終わったということを読み取ることができるのです。同時に、「いちじくの季節ではなかったからである」という言葉は、エレミヤ書の預言の成就でもあるとも考えられるかもしれません。エレミヤ書8:11-13をご覧ください。「彼ら」とは、神殿を司る当局者たちのことです。

“彼らは、おとめなるわが民の破滅を/手軽に治療して/平和がないのに「平和、平和」と言う。彼らは忌むべきことをして恥をさらした。しかも、恥ずかしいとは思わず/嘲られていることに気づかない。それゆえ、人々が倒れるとき、彼らも倒れ/彼らが罰せられるとき、彼らはつまずくと/主は言われる。わたしは彼らを集めようとしたがと/主は言われる。ぶどうの木にぶどうはなく/いちじくの木にいちじくはない。葉はしおれ、わたしが与えたものは/彼らから失われていた。”

実のない、いちじくの木の呪いは、ユダヤの神殿当局者たちへの審判として読み取ることができるのです。神の国が、神殿から、キリストの弟子たちへ、即ち教会へ移行するのに伴い、神の国には、ユダヤ人や異邦人の区別なく、男の女の区別なく、民族によらず、血統によらず、すべての民が招かれるようになるのです。続いて15~16節をご覧ください。宮きよめと呼ばれる事件が繰り広げられます。

【2】. 宮きよめ

“それから、一行はエルサレムに来た。イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返された。また、境内を通って物を運ぶこともお許しにならなかった。”

ユダヤ人の成人男性であれば、年に三回、巡礼のため、エルサレム神殿に来るように規定されていました。ヘロデ大王によって改修工事がなされた、エルサレムの第二神殿は、大変美しく立派な神殿でありますが、その庭の構造においてソロモンの第一神殿より大変複雑誰なものでありました。プリントの裏面をご覧ください。以前のソロモンの第一神殿には、祭司が入ることができる場所と、民が入ることができる場所の二か所しか区切られていませんでした。ところが、第二神殿は、まず、祭司しか入ることが許されない「祭司の庭」があります。これは第一神殿と同じですが、その外側にユダヤ人の男性が入ることが許されている「男子の庭」があり、その外側にユダヤ人の女性が入ることが許されている「女子の庭」がありました。さらにその外側に異邦人が入ることが許されている「異邦人の庭」という場所があり、ここで、供え物として捧げるための鳩が売られていました。多くの人々が遠くからやって来るため、いちいち供え物の動物を運んでくることは難しく、傷のない検査済みの動物を、この場所で手に入れることができました。本来は、牛とか羊を献げるべきですが、経済的に、牛や羊を献げる余裕がなければ、代わりに鳩でも構わないと旧約聖書に書かれています。また、ローマの貨幣にはローマ皇帝の像が刻まれているため、それをそのまま神殿に納めることは出来ませんでした。ローマの貨幣をユダヤの銀のシェケルに両替する両替人も、異邦人の庭に備え付けられていました。この鳩を売る者たち、両替人たちは、共に祭司の身内や、親族たちであったと考えられますが、彼らは、人々が礼拝をきちんと献げることができるようにするために、必要不可欠な存在だったと言えるでしょう。確かに彼らは、商売としてその仕事をしており、そこから莫大な利益を上げていたと考えられます。現代的に言えば「礼拝ビジネス」というところでしょうか。しかし、ここで問題となっているのは、彼らが相場を無視した高値で取引する悪徳商人のようだと言っているのではありません。15節を見ますと、イエス様は、「売り買いしていた人々を追い出した」と書かれているからです。鳩を売る人だけにとどまらず、それを買ったり、両替のサービスを利用する人々、両方が宮きよめの対象でした。つまり、イエス様が問題としているのは、たとえその場所が「異邦人の庭」であっても、そこは礼拝するための場所である、それなのに、あなた方は、そこを商売するための場所に変えてしまった、或いは、物品を運ぶための通用口に変えてしまった、そのことを問題としているのです。もっと言えば、礼拝とは神様との交わり、神様との会見でありますが、神様との会見の場が、喧騒な音に搔き消されてしまい、神様への切なる祈りが民から途絶えてしまい、そのような状況を、当時の宗教指導者である神殿当局者たちが許容し、それを良しとして、率先して導いていたこと、そのことを問題としていたということではないでしょうか。神殿当局者たちの、口先だけの律法の教えや、表面的な祭儀を通して、神様に近づこうとする態度、そのような見せかけの礼拝は、まさに神の家を「強盗の巣」としている振る舞いとして、イエス様の目に映ったのであります。17~18節をご覧ください。

“そして、人々に教えて言われた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての国の人の/祈りの家と呼ばれるべきである。』/ところが、あなたたちは/それを強盗の巣にしてしまった。」祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、イエスをどのようにして殺そうかと謀った。群衆が皆その教えに打たれていたので、彼らはイエスを恐れたからである。”

イエス様による宮きよめによって、神殿当局者たちの心に殺意がこみ上げてきました。彼らは一旦手に入れた既得権益を維持し続けるためには、どんなことでもする用意があったに違いありません。17節の御言葉は、イザヤ書56:7とエレミヤ書7:11の引用ですが、本日はイザヤ書56:7をご覧ください。

“わたしは彼らを聖なるわたしの山に導き/わたしの祈りの家の喜びの祝いに/連なることを許す。彼らが焼き尽くす献げ物といけにえをささげるなら/わたしの祭壇で、わたしはそれを受け入れる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。”

私たちが神様に礼拝を献げるのは、救いの条件として、罪が赦されるための条件として、献げているのではありません。救いはただひたすら、神の恵みによってのみ与えられます。私たちがきちんと供え物を献げたから、私たちが律法を守り行ったから、救われるのではありません。このことは、特権意識を持ったユダヤ人にとっても同じです。彼らのその選民という身分によって救われるわけでも、彼らのアブラハムの子孫という血統によって救われるわけでもありません。ひたすら神の恵みによって救われるのです。ただイエス・キリストの十字架の贖いによって救われるのです。イエス様は、当時の神殿当局者たちの中にあった傲慢な心と、肉的な優越感に審判を宣告しました。彼らが握りしめているものによっては、神にお会いすることも、神と交わることもできないからです。礼拝とは何かといえば、救われた応答として、一方的な神の恵みを受けた応答として、献げるものであります。ですから、教会が献げる礼拝は、上からの恵みに感謝する喜びで満たされるのです。教会が献げる礼拝は、罪の性質が骨の髄まで完全に染みついた自分自身の姿を省みて、心からの悔い改めと、憐みを求める神への祈りで満たされるのです。

【結論】

いちじくの木の呪いの奇跡が啓示していることは、表面的な儀式やいけにえの供え物ばかりに気を配るだけで、葉ばかりのイチジクの木のように、肝心の祈りと悔い改めの実を結ぶことがなかった神殿当局者たちへの審判でありました。時は満ち、神の国が、神殿を中心とした営みから、キリストの弟子たちによる営みへ、移行したということが宣言されているのです。そのことは、その後に起こった歴史も証言しています。AD.70年にエルサレム神殿はローマ軍によって滅ぼされ、その時、神殿当局者たちの大部分は神殿に籠城したため餓死したり、殺されたり、捕虜にされたりしました(13:14)。神殿から離れ、ヨルダン川の向こうのペラという町に逃げた人々だけが生き延びたと歴史家の記録に書かれています。ユダヤ教が行っていた割礼や、動物の生贄による礼拝儀式、或いは律法の行いによって救いを得ることができるという聖書解釈は、新約の教会の営みの中で廃棄されていきました。キリストの体である教会こそが神の神殿であり、二人、三人が心合わせて祈る、その祈りの中に聖霊が臨み、人格的な神との交わりが起こされたのです。私たちは、この教会の原点の戻り、感謝と喜びの祈りと、一方で罪の残滓が依然と残っている自分自身に対する心からの悔い改めの祈りを捧げていく共同体として歩ませていただきましょう。日々の営みの中で、祈りと悔い改めの実を豊かに結んでいくことができますよう切に乞い願う者であります。

原稿のアイコンハングル語メッセージ

열매 없는 무화과나무

2024년 3월17일 센겐다이 교회 주일설교 카와에 토모아키목사

마가복음 11장 12~20절

서론

예수님이, 유월절 축제의 시기에 성전에 들어가셔서, 가장 먼저 하신 일은 이른바 「성전정화」라고 불리는 큰 소동이었습니다. 이 「성전정화」는, 앞으로 펼쳐질 주 예수님과 유대 당국자들과의 충돌의 서곡입니다. 예수님은 결국 이 유대의 당국자들, 즉 장로, 제사장, 서기관들에 의해 십자가에 못 박히시게 됩니다. 오늘의 말씀 부분은, 이 「성전정화」의 소동을 끼워 넣는 것과 같은 형태로, 무화과나무를 저주하는 기적이 샌드위치 구조로 쓰여져 있습니다. 「저주의 기적」이라는 것은, 복음서 중에는 유일하게, 이곳과 병행기사인 마태복음 21장 19절 밖에 나오지 않습니다. 「저주의 기적」은 지금까지의 예수님의 사역의 성질과는 전혀 일치하지 않는 것입니다. 굉장히 기묘한 느낌이 듭니다. 아무 죄가 없는, 한 그루의 무화과나무를 자신의 허기를 채우지 못해서라는 이유로 저주한다는 것은, 자못 예수님의 생각이 편협하고, 제멋대로라는 인상을 받게 됩니다. 그러나, 「성전정화」와 무화과나무의 「저주의 기적」 사이에, 뭔가 관련이 있는 것은 아닐까 추측하고 읽어 나간다면, 사실 이 「저주의 기적」에는, 어떤 것이 계시되어 있음을 깨닫게 되는 것입니다. 이 저주의 기적에 무엇이 계시되고 있는지, 그 점을 염두에 두면서 오늘도 마가복음 11장으로부터 말씀의 은혜을 얻고자 합니다. 12~14절을 보시기 바랍니다.

(1) 때가 아님이라

12 이튿날 그들이 베다니에서 나왔을 때에 예수께서 시장하신지라

13 멀리서 잎사귀 있는 한 무화과나무를 보시고 혹 그 나무에 무엇이 있을까 하여 가셨더니 가서 보신즉 잎사귀 외에 아무 것도 없더라 이는 무화과의 때가 아님이라

14 예수께서 나무에게 말씀하여 이르시되 이제부터 영원토록 사람이 네게서 열매를 따먹지 못하리라 하시니 제자들이 이를 듣더라

무화과 나무와 포도나무는 이스라엘 백성들에게 매우 친숙한 과일입니다. 일본인에게는 벗꽃이 친숙하고, 한국인에게는 무궁화가 친숙한 것처럼, 이스라엘 백성에게는 무화과나무와 포도나무가 친숙했습니다. 이스라엘의 무화과나무는 일 년에 두 번 열매를 맺는다고 하며, 「첫 무화과」는 6~7월에 열매를 맺고, 더 큰 열매인 「가을 무화과」는 8~9월에 열매를 맺습니다. 유월절 축제의 이 시기는, 4월 초순경이기 때문에, 아직 첫 무화과가 열릴 시기는 아닙니다. 지금 센겐다이 교회 예배당에서도 보이는, 저 강가 근처의 벚꽃 나무도, 곧 개화할 것으로 생각됩니다만, 벚꽃은 개화한 후에 입이 무성해집니다. 마찬가지로 이스라엘의 「첫 무화과」도 보통 열매가 열린 후 잎이 무성하게 달립니다. 그래서 가지에서 잎을 냈다는 것은, 첫 열매를 맺기 시작했다는 사인이기도 했습니다. 마가복음 13장 28절에는 다음과 같은 말씀이 있습니다. 보시기 바랍니다.

무화과나무의 비유를 배우라 그 가지가 연하여지고 잎사귀를 내면 여름이 가까운 줄 아나니

무화과의 가지가 부드러워지고, 잎이 나온다는 것은 여름이 다가왔음을 알리는 신호였습니다. 그리고 여름이라는 계절은, 무화과 열매의 풍부한 수확을 가져오는 계절이기도 합니다. 예수님께서는 멀리서 무화과나무의 잎이 무성한 것을 보시고 「혹 무엇이 있을까 가셨더니」라고 합니다. 그런데 실제로, 이 무화과나무는 열매를 일절 맺고 있지 않았기 때문에, 예수님은 무화과나무를 향해 「이제부터 영원토록 사람이 네게서 열매를 따 먹지 못하리라」라고 저주하신 것입니다. 13절에 「무화과의 때가 아님이라」라고 적혀 있는데, 「때」라는 말은 그리스어로 「카이로스」라는 말입니다. 특히 「기회」라는가, 「정해진 때」라는 뜻으로 쓰입니다. 「잎사귀 외에 아무것도 없더라 이는 무화과의 때가 아님이라」라는 문장은 문법적으로는 성립되지만, 예수님이 왜 무화과나무를 저주했는지 전혀 설명이 되지 않습니다. 무화과의 계절이 아닌데, 열매를 맺지 않은 무화과나무를 저주했다고 하기 때문입니다. 그렇다면 「무화과의 때(카이로스)가 아님이라」라는 말을, 이 복음서의 저자는 왜, 굳이 삽입했을까요? 성전정화가 유대의 성전을 관장하는 당국자들과의 충돌의 서곡임을 생각한다면, 무화과나무를 유대의 성전 당국자들과 비교할 수 있는 것입니다. 「무화과의 때가 아님이라」라는 말은, 때가 차서, 주 예수 그리스도가 세상에 오시고, 구약시대에서 신약시대로 이동하였다는 것을 읽을 수 있는 것입니다. 하나님의 임재가 성전에서, 그리스도의 제자들에게로, 교회에게로 이동되었다는 것입니다. 그래서 성전의 역할, 제물을 바치는 제의의 역할은 끝났음을 알 수 있습니다. 동시에, 「무화과의 때가 아님이라」라고 하는 말은, 예레미야서의 예언의 성취라고도 생각할 수 있을지도 모릅니다. 예레미야서 8장 11~13절을 참조하시기 바랍니다. 「그들」이란 성전을 관장하는 당국자들을 말합니다.

11 그들이 딸 내 백성의 상처를 가볍게 여기면서 말하기를 평강하다, 평강하다 하나 평강이 없도다

12 그들이 가증한 일을 행할 때에 부끄러워하였느냐 아니라 조금도 부끄러워 하지 않을 뿐 아니라 얼굴도 붉어지지 아니하였느니라 그러므로 그들이 엎드러질 자와 함께 엎드러질 것이라 내가 그들을 벌할 때에 그들이 거꾸러지리라 여호와의 말씀이니라

13 여호와의 말씀이니라 내가 그들을 진멸하리니 포도나무에 포도가 없을 것이며 무화과나무에 무화과가 없을 것이며 그 잎사귀가 마를 것이라 내가 그들에게 준 것이 없어지리라 하셨나니

열매가 없는 무화과나무의 저주는, 유대의 성전 당국자들에 대한 심판으로 읽을 수 있습니다. 하나님의 나라가, 성전에서, 그리스도의 제자들로, 즉 교회로 이동함에 따라, 하나님의 나라에는, 유대인이나 이방인의 구별 없이, 남자 여자의 구별 없이, 민족에 관계없이, 혈통에 관계없이, 모든 백성이 초대받게 되는 것입니다. 이어서 15,16절을 보시겠습니다. 다음으로 성전정화라고 불리는 사건이 펼쳐집니다.

(2) 성전정화

15 그들이 예루살렘으로 들어가니라 예수께서 성전에 들어가사 성전 안에서 매매하는 자들을 내쫓으시며 돈 바꾸는 자들의 상과 비둘기 파는 자들의 의자를 둘러 엎으시며

16 아무나 물건을 가지고 성전 안으로 지나다님을 허락하지 아니하시고

유대인 성인 남성이라면, 일년에 세 번 순례를 위해 예루살렘 성전에 오도록 규정되어 있습니다. 헤롯 대왕에 의해 개수 공사가 이루어진, 예루살렘 제 2성전은, 아주 아름답고 훌륭한 성전이지만, 그 정원의 구조에 있어서 솔로몬의 제 1성전보다 훨씬 복잡했습니다. 프린트 뒷면을 보시죠. 이전의 솔로몬 제 1성전에는 제사장이 들어갈 수 있는 곳과, 백성이 들어갈 수 있는 곳, 두 곳만 구분되어 있었습니다. 그런데 제 2 성전은 먼저, 제사장만 들어가는 것이 허용되는 「제사장 뜰」이 있습니다. 이것은 제 1성전과 같지만 그 바깥쪽에 유대인 남자가 들어가는 것이 허용된 「남자의 뜰」이 있고, 그 바깥쪽에 유대인 여자가 들어가는 것이 허용된 「여자의 뜰」이 있었습니다. 그리고 그 바깥쪽에 이방인이 들어갈 수 있는 「이방인의 뜰」이라는 곳이 있는데, 이곳에서, 제물로 바치기 위한 비둘기가 팔리고 있었습니다. 많은 사람들이 멀리서 오기 때문에, 일일이 제물을 가지고 오는 것이 어렵고, 상처가 없는, 검사완료된 동물을 이곳에서 구할 수 있었습니다. 원래는 소나 양을 바쳐야 하지만, 경제적으로 소나 양을 바칠 여유가 없다면, 대신 비둘기라도 상관없다고 구약성서에 적혀 있습니다. 또한, 로마의 화폐에는 로마 황제의 상이 새겨져 있기 때문에, 그것을 그대로 성전에 낼 수는 없었습니다. 로마 화폐를 유대의 은으로 된 세겔로 환전하는 환전인도, 「이방인의 뜰」에 비치되어 있었습니다. 이 비둘기를 파는 자들, 환전인들은 모두 제사장의 가족이나 친족들이었을 것으로 생각되는데, 이들은, 사람들이 제사를 제대로 드릴 수 있도록 하기 위해, 필수불가결한 존재였다고 할 것입니다. 확실히 그들은, 장사로 그 일을 하고 있었고, 거기서 막대한 이익을 올리고 있었다고 생각됩니다. 현대적으로 말하면 「예배 비즈니스」라고 말할 수 있는 것일까요? 그러나 여기서 문제가 되는 것은, 그들이 시세를 무시한 고가에 거래하는 악덕 상인 같다고 말하는 것이 아닙니다. 15절을 보면, 예수님은, 「매매하던 자들을 내쫓으시며」라고 적혀 있기 때문입니다. 비둘기를 파는 사람들뿐만 아니라, 그것을 사거나, 환전 서비스를 이용하는 사람들, 모두가 정화의 대상이었습니다. 즉 예수님이 문제로 삼고 있는 것은, 비록 그 장소가 「이방인의 뜰」일지라도, “그곳은 예배하기 위한 장소이다, 그런데도 너희들은 그곳을 장사하기 위한 장소로 바꿔버렸다, 혹은 물품을 운반하기 위한 통용구로 바꿔버렸다”그것을 문제로 삼고 계시는 것입니다. 더 말하면, 예배란 하나님과의 교제, 하나님과의 회견인데, 하나님과의 회견 장소가, 떠들석한 소리에 휩쓸려 버리고, 하나님을 향한 간절한 기도가 백성들로부터 끊어져 버렸고, 그런 상황을 당시 종교 지도자인 성전 당국자들이 허용하고, 그것을 좋다고 여겨, 솔선하여 이끌었던 것, 그것을 문제로 삼았다는 것이 아닐까요? 성전 당국자들의, 말뿐인 율법의 가르침이나, 표면적인 제의를 통해, 하나님께 다가가려는 태도, 그런 가식의 예배는 바로 하나님의 집을 「강도의 소굴」로 삼고 있는 행동으로, 예수님의 눈에 비친 것입니다. 17,18절을 보세요.

17 이에 가르쳐 이르시되 기록된 바 내 집은 만민이 기도하는 집이라 칭함을 받으리라고 하지 아니하였느냐 너희는 강도의 소굴을 만들었도다 하시매

18 대제사장들과 서기관들이 듣고 예수를 어떻게 죽일까 하고 꾀하니 이는 무리가 다 그의 교훈을 놀랍게 여기므로 그를 두려워함일러라

예수님의 성전정화로 인해, 성전 당국자들의 마음에 살의가 치밀었습니다. 그들은 일단 손에 넣은 기득권을 계속 유지하기 위해서는, 어떤 일이든 할 용의가 있었음에 틀림없습니다. 17절 말씀은 이사야서 56장 7절과 예레미야서 7장 11절의 인용인데, 오늘 이사야서 56장 7절을 보시기 바랍니다.

내가 곧 그들을 나의 성산으로 인도하여 기도하는 내 집에서 그들을 기쁘게 할 것이며 그들의 번제와 희생을 나의 제단에서 기꺼이 받게 되리니 이는 내 집은 만민이 기도하는 집이라 일컬음이 될 것임이라

우리가 하나님께 예배를 드리는 것은, 구원의 조건으로, 죄가 용서받기 위한 조건으로 드리는 것이 아닙니다. 구원은 오직, 하나님의 은혜에 의해서만 주어집니다. 우리가 제대로 제물을 바쳤기 때문에, 우리가 율법을 지켰기 때문에, 구원받는 것이 아닙니다. 이 일은 특권 의식을 가진 유대인에게도 마찬가지입니다. 그들의 그 선민이라는 신분에 의해 구원받는 것도, 그들의 아브라함의 후손이라는 혈통에 의해 구원받는 것도 아닙니다. 오직 하나님의 은혜로 구원받는 것입니다. 오직 예수 그리스도의 십자가의 속죄로 구원받는 것입니다. 예수님은, 당시 성전 당국자들 속에 있던 오만한 마음과, 육적 우월감에 심판을 선고하셨습니다. 그들이 쥐고 있는 것에 의해서는, 하나님을 만날 수도, 하나님과 교제할 수도 없기 때문입니다. 예배란 무엇인가 하면, 구원받은 응답으로서, 일방적인 하나님의 은혜를 받은 응답으로서, 드릴 수 있는 것입니다. 그러므로 교회가 드리는 예배는, 위로부터의 은혜에, 감사하는 기쁨으로 채워지는 것입니다. 교회가 드리는 예배는, 죄의 성질이 뼛속까지 완전히 스며든 자기 자신의 모습을 돌아보며, 진심 어린 회개와 긍휼을 구하는 하나님께 드리는 기도로 채워지는 것입니다.

결론

무화과나무의 저주의 기적이 계시하는 것은, 표면적인 의식과 제물에만 신경을 쓸뿐, 잎만 무성한 무화과나무처럼, 중요한 기도와 회개의 열매를 맺지 못한 성전 당국자들에 대한 심판이었습니다. 때가 찼고, 하나님의 나라가, 성전을 중심으로 한 영위에서 그리스도의 제자들에 의한 영위로, 이동했다는 것이 선언되어 있는 것입니다. 그 일은, 그 후에 일어난 역사도 증언하고 있습니다. AD. 70년에 예루살렘 성전은 로마군에 의해 파괴되고, 그때 성전 당국자들 대부분은 성전에서 농성하는 바람에 굶어 죽거나, 포로로 잡혔습니다. 성전에서 벗어나 요단 강 너머의 「펠라」라는 마을로 도망친 사람들만 살아남았다고 역사가의 기록에 적혀 있습니다(마가복음13장 14절). 유대교가 행하던 할례나, 동물의 제물에 의한 예배의식, 혹은 율법의 행실로 구원을 얻을 수 있다는 성경 해석은, 신약의 교회의 영위 속에서 폐기되어 갔습니다. 그리스도의 몸인 교회야말로 하나님의 성전이고, 두세 사람이 합심하여 기도하는, 그 기도속에 성령이 임하여, 인격적인 하나님과의 교제가 일어난 것입니다. 우리는, 이 교회의 원점으로 돌아가, 감사와 기쁨의 기도와, 한편으로 죄의 잔재가 여전히 남아있는 자기 자신에 대한 진심 어린 회개의 기도를 드리는 공동체로 걸어갑시다. 하루하루의 삶 속에서, 기도와 회개의 열매를 풍성하게 맺어갈 수 있도록 간절히 바라는 자가 됩시다.

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