聖霊のとりなし

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聖書の言葉

                                 34の3
 2024年 1月 21日 宇都宮教会主日礼拝

 前   奏               

 招きの言葉  詩編95編1節~7節 (p933)

 頌   栄  544番(あまつみ民も)

 主 の 祈り   

   天にまします我らの父よ、願わくは、御名をあがめさせたまえ。

   御国を来たらせたまえ。御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ。

   我らの日用の糧を今日も与えたまえ。我らに罪を犯すものを、

   我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。我らをこころみに

   あわせず、悪より救い出したまえ。国と力と栄えとは、

   限りなくなんじのものなればなり。  アーメン
 
 信仰 告白  ハイデルベルク信仰問答  問80

   問 主の晩餐と教皇のミサとの違いは何ですか。

   答 主の晩餐がわたしたちに証しすることは、イエス・キリストご自身が

     ただ一度十字架上で成就してくださった その唯一の犠牲によって、

     わたしたちが自分のすべての罪の完全な赦しをいただいているという

こと。[また、私たちが聖霊によってキリストに接ぎ木されている、

ということです。この方は、今そのまことの体と共に天の御父の右に

おられ、そこで礼拝されることを望んでおられます。]しかし、

ミサが教えることは、今も日ごとに司祭たちによって キリストが彼らの

ために献げられなければ、生きている者も死んだ者も キリストの苦難に

よる罪の赦しをいただいていない、ということ。[また、キリストはパン

とぶどう酒の形のもとに肉体的に臨在されるので、そこにおいて礼拝され

なければならない、ということです。]このようにミサは、根本的には、

イエスキリストの唯一の犠牲と苦難を否定しており、[呪われるべき)

偶像礼拝に(ほかなりません。]

讃 美 歌   7番(主のみいつと)1,2節

聖   書  ローマの信徒への手紙 8章 26節~30節 (新 P285)

牧会 祈祷       

讃 美 歌  151番(よろずの民)1,2節

説   教   「聖霊のとりなし」 

祈   祷   村田 寿和 代理牧師

讃 美 歌  186番(めぐみのみたまよ)1,4節

献金(祈祷)

    ・世界に戦争・紛争がなくなり、平和になりますように。
    ・東関東中会(三郷教会)の福音宣教のため。
    ・能登半島地震で被災された人々のために。
    ・2024年度定期会員総会のために。
    ・牧師招聘・伝道奉仕委員会活動のために。
 
讃   詠  546番(せいなるかな)
      
後   奏     


 
   
ローマの信徒への手紙 8章26節~30節