2026年01月18日「空の墓」

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聖句のアイコン聖書の言葉

1節 週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。
2節 そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」
3節 そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。
4節 二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。
5節 身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。
6節 続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。
7節 イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。
8節 それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。
9節 イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。
10節 それから、この弟子たちは家に帰って行った。
ヨハネによる福音書 20章1節~10節

原稿のアイコンメッセージ

「空の墓」ヨハネ福音書20:1〜10

今週からヨハネ福音書は、20章へと入ってまいります。そして、ここからは復活の主イエスの姿が描かれていきます。キリスト教信仰は、そのまま復活信仰でもありますので、言うまでもなく、ここからの御言葉は極めて重要です。

週の初めの日に、最初に主イエスの墓に行って、その墓が空虚であったことを目撃したのは、マグダラのマリアでした(1節)。彼女は、「七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア(ルカ8:2)」、と紹介されていて、この時代女性の立場はとても弱く、証言者としては、男性の比較にもなりませんでしたが、その女性の中でも、このマグダラのマリアは、とりわけ説得力に欠ける女性であったと言えましょう。しかし、殊にこのヨハネ福音書では、最も説得力のない人物が、最も大切な出来事の第一証言者とされていて、これには、大切な意味があるように思えます。このことは、最後にまた確認いたします。

 さて、マグダラのマリアは、この事実を急いでペトロとそのもう一人の弟子に報告します(2節)。両名は、別々にイエスの墓に走っていって、もう一人の弟子が、先に墓に到着したのですが、イエスの墓を先に確認したのは、ペトロの方でした。

 ここで大切なのは、「亜麻布が置いてあった」、という空の墓の事実が、この両者の目撃証言として繰り返されているところです。本日の御言葉は、転義的で、比喩的な意味でも使われる大切な言葉がいくつか見られるのですが、その一つが、「亜麻布が置いてあった」、この「置いてあった」という字です。こでは、単に主イエスの遺体を包んでいた亜麻布がほどかれて、空の墓に残されていたという事実を表現するためにこの字が使われていますが、この置いてあったという字は、神によって定められている必然的な出来事を言い表すためにしばしば使われています。

「このような苦難に遭っていても、だれ一人動揺することのないようにするためでした。わたしたちが苦難を受けるように定められていることは、あなたがた自身がよく知っています。(Ⅰテサロニケ3:3)」、ここで、「わたしたちが苦難を受けるように定められている」、この「定められている」、という字が、本日の御言葉では、「亜麻布が置いてあった」、と訳されている、この「置いてあった」とういう言葉と同じです。

 ですから、主イエスの遺体から亜麻布が解かれ、そこに「置いてあった」、ここに神の御業が定められた通りに実現している、聖書はそれを強調しているのでありましょう。御言葉は、無造作に放置された亜麻布に神の御業の跡を見ているのです。

 また「イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。(7節)」、と御言葉は続きます。この「イエスの頭を包んでいた覆い」、というのも先週の箇所で、「ユダヤ人の埋葬の習慣」、という表現が出てきますが、それに準じたものであったようです(ラザロの復活の場面11:43、44参照)。ここで、空の墓に残されていた「覆いと亜麻布」は、「ユダヤ人の埋葬の習慣」で言えば、死装束、と言える死者の衣であったわけです。つまり、今、その死装束が不要になった、それがここで聖書が焦点を当てている事実なのです。復活者には死装束はいらないのです。

 本日の御言葉で難解なのは、「それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。(8節)」と記録されていながら、すぐに、「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。(9節)」、と終わるところです。

はっきり言えることは、このペトロももう一人の弟子も、ここで復活の主イエスを信じたわけではない、ということです。「それから、この弟子たちは家に帰って行った。(10節)」、と何事もなかったかのように、ペトロともう一人の弟子は、そのまま、もとの隠れ家に戻っていくからです。しかも、少し御言葉を先回りしてみれば、その同じ日の夕方、「弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた、(19節」」、と弟子たちの様子が描かれています。彼らはそのアジトで怯えていたのです。

 つまり、「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を二人はまだ理解していなかったのである」、と聖書が言います時、このヨハネ福音書が執筆された時には、当然、この両名は、よく理解していたのである、とここで暗示されていることは確かなのです。

彼らは、ペンテコステの日に聖霊に満たされてようやく聖書の言葉を理解し、福音宣教に駆け出していったのです(使徒2:31と詩編16:10、11を比較、さらにヨハネ16:12、13参照)。

そして、この福音宣教の時代の伏線は、マグダラのマリアの姿にも見られます。

 最後に、そのことを簡単に確認して終わります。これは、最初から保留してきました、マグダラのマリアを、このヨハネ福音書が空の墓の最初の発見者であり、また、次週の御言葉で復活の主の最初の目撃者として隠さずにその名前を記録している理由にもなりましょう。

「そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。(2節)」、ここでマグダラのマリアの行動を示す動詞が、この日本語訳の聖書では、「走って行って彼らに告げた」、と過去形で訳されています。しかし、もともとのギリシア語聖書の本文では、ここで使われている動詞は全て現在形なのです。そしてギリシア語の現在形は、現在進行形のようなニュアンスを持ちますので、厳密に訳せばこうなります。「そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ彼女は、走っている、そして、彼らに告げている。」、このように、この御言葉を読んでいる今、あたかも、これが目の前で起こっているかのようにヨハネ福音書は語るのです。

 また、途中で、「本日の御言葉は、比喩的な意味でも使われる大切な言葉がいくつか見られるのです」、と記しましたが、この「走って行って」、という言葉もその一つで、福音が速やかに広まっていく様子を表現する述語としてパウロが愛用する言葉です。「終わりに、兄弟たち、わたしたちのために祈ってください。主の言葉が、あなたがたのところでそうであったように、速やかに宣べ伝えられ、あがめられるように。(Ⅱテサロニケ3:1)」、ここで、「速やかに宣べ伝えられ」、と訳されています字が、本日の御言葉でマグダラのマリアが、ペトロたちのところに、「走っている」、と訳されている同じ言葉なのです。ですから、本日の御言葉の 「そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。」、これはまさに、このヨハネ福音書が執筆された時代に現在進行形で行われていた福音宣教の姿が投影されているのではないでしょうか。もちろん、その報告の言葉は、「主が墓から取り去られました」ではなくて、「主が復活された」の福音に変わり、全世界へと響いているわけです。そして、その宣教者は、最も相応しくない者が用いられた。それは、過去激しい癲癇に悩まされ、不道徳な生活を続けていた女性であった、彼女のような女性が、福音の最前線に立っていたのです。悔い改めて、主イエスに従う以上、過去の罪は問題とされないのです。徴税人のような詐欺師でも、娼婦でも、福音宣教に駆けていった、それが、ヨハネ福音書が見た最初期の福音宣教でありました。今度は、私たちの番です。福音を証言するのに、最も相応しくない者たち、それが私たちでなくて一体誰でありましょう(讃美歌502番)。