ピラトのもとに苦しみを受け(使徒信条の学び17)
- 日付
- 説教
- 田村英典 牧師
- 聖書 ルカによる福音書 23章13節~25節
23:13 ピラトは、祭司長たちと議員たち、そして民衆を呼び集め、
23:14 こう言った。「お前たちはこの人を民衆惑わす者として私のところに連れて来た。私がお前たちの前で取り調べたところ、お前たちが訴えているような罪は何も見つからなかった。
23:15 ヘロデも同様だった。私たちにこの人を送り返して来たのだから。見なさい。この人は死に値することを何もしていない。
23:16 だから私は、むちで懲らしめたうえで釈放する。」
23:18 しかし彼らは一斉に叫んだ。「その男を殺せ。バラバを釈放しろ。」
23:19 バラバは都に起った暴動と人殺しのかどで、牢に入れられていた者であった。
23:20 ピラトはイエスを釈放しようと思って、再び彼らに呼びかけた。
23:21 しかし彼らは、「十字架だ。十字架につけろ」と叫び続けた。
23:22 ピラトは彼らに三度目に言った。「この人がどんな悪いことをしたというのか。彼には、死に値する罪が何も見つからなかった。だから私は、むちで懲らしめたうえで釈放する。」
23:23 けれども、彼らはイエスを十字架につけるように、しつこく大声で要求し続けた。そして、その声がいよいよ強くなっていった。
23:24 それでピラトは、彼らの要求どおりにすることに決めた。
23:25 すなわち、暴動と人殺しのかどで牢に入れられていた男を願いどおりに釈放し、他方イエスを彼らに引き渡して好きなようにさせた。ルカによる福音書 23章13節~25節
教会が歴史を通じて告白してきた使徒信条により、キリスト教信仰の基本を学んでいます。
使徒信条は三つの部分から成り、父なる神、子なる神イエス・キリスト、聖霊なる神という三位一体(さんみいったい)の神について順次告白しています。その第二部は、更に神の独り子(ひとりご)イエスがどんな方かというイエスのご人格また御業(みわざ)を扱い、まず聖霊によるイエスの処女降誕を学びました。
次に使徒信条は、「ポンテオ・ピラトの下に苦しみを受け」と述べ、イエスの十字架の苦しみと死に触れます。しかしイエスを苦しめ殺した責任は、ピラトだけにあるのでありません。何故、古代教会はイエスが「ポンテオ・ピラトの下に苦しみを受け」と告白したのでしょうか。
第一に、イエスの十字架が明確な歴史上の出来事であることを覚えるためです。
「神の御子は人間となって世に来られ、私たちを罪と滅びから救うために、いつのことかは分らないけれど、十字架で死なれた」というのではなく、明確にピラトの時だということです。そして、イエスの十字架が明確な歴史上の出来事だということは、イエスの十字架には、事実、私たち罪人を救う力があることを意味します。イエスの十字架は、世によくみられる空想上の作り話などではなく、神の計画通り、私たちを罪から贖い、私たちに永遠の命を与える救いの御業が、私たちが生きている今と地続きの歴史の中で実際に起ったのであり、私たちの救いの依って立つ客観的かつ歴史的な基盤が明確に存在するということです。
これは何と大切なことでしょう。おおよそ、私たちの苦しみや悲しみには日付があります。愛する人を失った者は、それがいつだったかを忘れません。そういう形でそれは記憶され、私たちの中で生き、私たちを生かし続けます。
イエスの十字架も、歴史の中に日付を持つ出来事であり、主は歴史の一点において確かに苦しまれました。それは、同じ歴史の中で痛みや悲しみを抱えて生きる私たちと、主が関りを持たれ、私たちの友となり、私たちを支えるためなのです。「ポンテオ・ピラトの下に苦しみを受け」とは、イエスの十字架が明確な歴史上の出来事であることを私たちに覚えさせ、私たちを生かすのです。
第二に、これは人間の思いを超えた神の驚くべき救いの愛を示します。
使徒信条が、イエスの十字架を世界歴史の中に位置付けようとしただけなら、ルカ3:1が記しますように、当時のローマ皇帝ティベリウスの名でも良かったでしょう。しかし、使徒信条はピラトの下にイエスの苦難があったことにこだわります。何故でしょうか。ピラトの下に人間の醜い罪が凝縮されているからです。
ピラトはどんな人だったでしょうか。彼はローマ帝国が派遣した役人また政治家で、ユダヤを含むシリア地区の総督であり、イエスを十字架につけた裁判官でしたが、その彼の下で人間の罪深さや醜さが交錯していました。
まず、当時のユダヤ人指導者たちの罪があります。ルカ23:13で祭司長や議員として伝えられている彼らは、実に不信仰で罪深く、イエスを妬み、死刑にしたかったのでした。ところが、当時、彼らには死刑の権限が与えられていなかったため、普段は敵対し憎んでいるローマ帝国の力を利用して、イエス殺害を計ったのです。
ピラトはイエスに罪を見出せず、釈放することを祭司長たちに伝えますが、彼らはこれを頑なに拒否し、イエスを「十字架につけろ」と叫びます。それでもピラトがイエスを釈放しようと言うと、彼らはヨハネ19:12「この人を釈放するのなら、あなたはカエサル(ローマ皇帝のこと)の友ではありません。自分を王とする者は皆、カエサルに背いています」と言ってピラトを脅し、更にヨハネ19:15「カエサルの他には、私たちに王はありません」とまで言いました。自分たちを支配するローマ皇帝を普段はひどく憎んでいるのに、状況次第では平然と利用しようとする彼ら!何と罪深いでしょう。
また、よく知りもしないのに、指導者たちに扇動され、「イエスを殺せ、十字架につけろ。強盗のバラバを釈放せよ」と叫ぶユダヤの群衆は何と無責任でしょうか。
しかし、問題は彼らだけではありません。ピラトも同じでした。彼はローマの国家権力を後ろ盾にして最初は権力者ぶっていました。イエスに何の罪も見出せなかったため、それを彼は何度かユダヤ人に訴えました。ここまでは良かったのですが、結局、最後にはユダヤ人の言いなりになります。ルカ23:23の「その声がいよいよ強くなっていった」は、「その声が勝った」とも訳せます。ピラトはユダヤ人の声に負け、ついに正義を曲げ、イエスの死刑を決めました。何故、彼は負けたのか。自分の地位を守ることを第一に考え、正義よりも自分の損得を優先したからです。
政治家を利用し、圧力をかけ、自分たちの思い通りに操ろうとする宗教家たち!自分に余裕のある時は横柄に振る舞い、宗教や宗教家を利用し、あるいは抑えつけ、しかし形勢が不利と判断するや否や、直ちに自己保身に走る政治家!その間で、どうにでも動く無責任な群衆!これが「ポンテオ・ピラトの下に」と使徒信条が言う時に意味するこの世の実態だったのです。何と罪深く醜いでしょう。そして、これはいつの時代にも人間の世界に見られます。この意味でも、歴史は地続きなのです。
しかし、忘れてはなりません。こんな罪深い人間社会ですのに、その中でも神は救いの計画を着々と進められたのです。人間の罪の渦巻く中、罪のない神の御子が十字架で殺された。しかし、私たちを憐れみ、罪と永遠の滅びからこんな私たちをも御子の死によって救おうとされた神は、人が思いもしなかった救いの計画を見事に実現されました。神の愛が勝利したのです、何という神の愛とご計画でしょうか。
主イエスが「ポンテオ・ピラトの下に苦しみを受け」と使徒信条が言う時、そこには人間の絶望的なまでの罪深さにも関らず、それを通してさえ実現される神の驚くべき救いの計画を覚え、そこに堅く立った古代教会の信仰の先輩たちの見事な信仰があります。神は使徒信条を通して、今も私たちの信仰を鼓舞しようとしておられるのです。
三つ目を見て終ります。主イエスが「ポンテオ・ピラトの下に苦しみを受け」と私たちが告白する時、私たちもこの世で信仰の戦いを続けなくてはならず、エペソ6:11、13が言う通り、「神の全ての武具」を身に着け、悪魔の策略に対抗して堅く立つことが出来るように、教えられている、と言えます。
使徒信条の元になるローマ信条が作られた2世紀後半、教会はローマ帝国による理不尽な迫害と弾圧の下にありました。ローマの地下に張り巡らされたお墓・カタコンベで密かに礼拝を守り、クリスチャンたちは、いつ告発されて捕えられ、全財産を没収され、殺されるかと、毎日不安の中で過ごしていました。
しかし、よくよく考えて見ますと、愛する御子イエス・キリストもポンテオ・ピラトの下で苦しみを受け、罪人たちの反抗を忍ばれたのでした。ヘブル12:3は言います。「あなた方は、罪人たちの、ご自分に対する反抗を耐え忍ばれた方のことを考えなさい。あなた方の心が元気を失い、疲れ果ててしまわないようにするためです。」
確かに迫害や攻撃は辛い。こんなことがいつまで続くのかと思うと、絶望的にさえなります。今も職場や学校、地域の付合い、いいえ、家族や親戚の中ですら、時として信仰の戦いが起ります。意気阻喪し、心が挫けそうになることもあり、預言者ヨナのように、ヨナ4:8「私は生きているより、死ぬ方がましだ」と、つい思うこともあるでしょう。
しかし、忘れてはなりません。私たちの愛する救い主イエスもポンテオ・ピラトの下に苦しみを受け、ヘブル5:7が言うように「肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いを捧げ、敬虔の故に聞き入れられ」たのです。私たちの主イエスも苦しまれた!それも、ただ私たちのために!そして主はお約束通り、やがて十字架の死に勝利し、三日目に復活されました。そのイエスが私たちに言われます。ヨハネ16:33「世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝ちました。」
使徒信条を告白した古代教会の人たちも、主は「ポンテオ・ピラトの下で苦しみを受け」というこの言葉で、改めて厳しい信仰の戦いの現実を意識し、けれどもキリストのために苦しむことをも賜っていることを確認しました。そして既に死に勝利し、復活して天の父なる神の右に座しておられるイエスを仰ぎ、パウロのようにピリピ1:20「生きるにしても死ぬにしても自分の身によってキリストが崇められる」ようにと願い、残された地上の人生を歩んだのでした。
同じ歴史の中に生きる私たちも、使徒信条の告白に生きた無数の信仰の先輩たちに倣い、何より主イエス御自身を常に見上げ、御言葉と御霊によって勇気、力、希望を与えられ、また神と人に喜んで仕え、ご一緒に天の御国を目指して、是非前進したいと思います。