イエスの言われる神殿 2009年3月22日(日曜 朝の礼拝)
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イエスの言われる神殿
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- 村田寿和 牧師
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ヨハネによる福音書 2章12節~22節
聖書の言葉
2:12 この後、イエスは母、兄弟、弟子たちとカファルナウムに下って行き、そこに幾日か滞在された。
2:13 ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。
2:14 そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。
2:15 イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、
2:16 鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」
2:17 弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。
2:18 ユダヤ人たちはイエスに、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言った。
2:19 イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」
2:20 それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。
2:21 イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。
2:22 イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。ヨハネによる福音書 2章12節~22節
メッセージ
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前回は、ガリラヤのカナでの婚礼におけるイエスさまの最初のしるしについて学びました。イエスさまは大量の水を極上のぶどう酒に変えることによって、御自分こそ、神の祝宴においてえり抜きの酒を饗されるメシアであることを証しされたのです。12節を見ますと、カナでの婚礼の後、イエスさまは、母、兄弟、弟子たちとカファルナウムに行き、そこに幾日か滞在されたと記されています。カファルナウムは、ガリラヤ湖の北岸の町でありまして、共観福音書においてはガリラヤ宣教の中心地でありました。そのカファルナウムに幾日か滞在された後、今度はユダヤの都、エルサレムへと上って行かれたのです。イエスさまがエルサレムへと上って行かれたのは、ユダヤ人の過越祭が近づいていたからでありました。過越祭は、その昔、主なる神がモーセを通して、イスラエルの民をエジプトの奴隷状態から解放してくださったことを祝うお祭りです。エルサレムには、主なる神がその名を置くと言われた神殿がありまして、ユダヤ人の成人男子は、過越祭をエルサレムで祝わねばならなかったのです。イエスさまも民族からいえばユダヤ人でありましたので、弟子たちと共にエルサレムへと上って行かれたのでありました。そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちとを御覧になったのです。牛や羊や鳩、これらは神殿でささげられるいけにえであります。遠くからやって来る人々は、わざわざ牛や羊や鳩を一緒に連れてくるわけにはいきませんので、神殿の境内で牛や羊や鳩を購入してささげたのでありました。また、神殿でささげるお金は、ユダヤの通貨でなければならなりませんでしたので、外地から来た離散のユダヤ人はローマの貨幣をユダヤの貨幣に両替する必要があったのです。これらは、神殿祭儀を円滑にするために便宜を図ったものでありました。これらのことはこれまで当然のこととして行われてきたし、イエスさまもこれまで何度も目にしてきた光景であったはずです。しかし、この時は違ったわけでありますね。その光景を御覧になったイエスさまは、縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、鳩を売る者たちこう言われたのです。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない」。先程も申しましたように、いけにえとしてささげられる羊や牛や鳩を売ることも、外国のお金をユダヤのお金に両替することも、神殿で礼拝をささげるために必要なことでありました。またこれらのことは、旧約聖書の規定に基づくものであったのです。出エジプト記の第30章11節以下を見ますと、イスラエルの人々は、聖所のシェケルで銀半シェケルを主への献納物として支払うとありますし、また申命記の第14章24節以下を見ますと、主がその名を置かれた場所が遠い場合、収穫物を銀に変えて、主の選ばれる場所で、いけにえを購入しなさいと書いてあります。ですから、牛や羊や鳩を売る物たちも、両替している者たちも、いわば合法的に、神殿を管理する指導者たちの公認のもとに商売をしていたのです。しかし、イエスさまは「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない」と言われたのです。言われたたけではなくて、縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台をひっくり返したのです。14節に「神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たち」とありますが、より正確に言えば、この「境内」は「異邦人の庭」と呼ばれる外苑のことであります。週報に、エルサレム神殿の図を印刷したものを挟んでおきましたけども、その上の図の⑪に、異邦人の庭とあります。その外苑で、いけにえの動物が売られ、ささげられる貨幣が両替されていたのです。ですから、15節に「イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し」とありますけども、これは文字通りのことではなくて、いわば誇張表現であり、象徴的な意味を持っていることが分かるのです。それにしても、このイエスさまの激しい行為と荒々しい御言葉はいったい何を意味しているのでしょうか。
今朝の御言葉は、「神殿から商人を追い出す」と小見出しが付けられておりますけども、それに続いてこの記事と並行すると思われる個所がカッコ書きで記されています。「神殿から商人を追い出す」という今朝のお話は、マタイによる福音書では第21章12節から13節に、マルコによる福音書では第11章15節から17節に、ルカによる福音書では第19章45節から46節に記されているのです。そして、この三つのいわゆる共観福音書に共通していることは、「神殿から商人を追い出す」というお話しが、イエスさまの公生涯の最後の方に記されているということです。共観福音書において、「神殿から商人を追い出す」というお話しは受難週の出来事として、いわばイエスさまの処刑を決定的にする出来事として記されているのです。けれども、ヨハネによる福音書は、それをユダヤにおけるイエスさまの救い主としての活動のはじめに持って来ているのです。イエスさまの救い主としてのエルサレムでのデビューは、「神殿から商人を追い出す」というショッキングな出来事であったとヨハネは記すのです。ちなみに、共観福音書では、イエスさまが公生涯において過越祭を祝われるのは1度だけでありまして、それに基づきイエスさまの公生涯は1年足らずのものであったと考えられています。けれども、ヨハネによる福音書においては、イエスさまが過越祭を三度祝われていることから、イエスさまの公生涯は3年ほどではなかったかと考えられているのです(2:13、6:4、11:15)。イエスさまの公生涯がおよそ3年であったと言われるとき、それはヨハネによる福音書を根拠としているのであります。
このように、「神殿から商人を追い出す」というお話しは、すべての福音書に記されているのですが、ヨハネによる福音書は、他の三つの福音書と比べて、明らかに異なります。置かれている場所が違うということだけではなくて、その伝えようとするメッセージが違うのです。そのことは、16節のイエスさまの御言葉とマルコによる福音書のイエスさまの御言葉とを比較するならば、よくお分かりいただけると思います。マルコによる福音書第11章17節をお読みします。
そして、人々に教えて言われた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった。」
ここでイエスさまは2つのことを激しく非難されていると思われます。1つは、聖書に「わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである」と書いてあるのに、異邦人の庭で商売することによって、異邦人の祈りを妨げていることです。またもう1つは、人々の関心が、神を礼拝することから、神殿祭儀がもたらす莫大な利益へと移っていたことであります。それゆえ、イエスさまは「祈りの家であるべきエルサレム神殿を、あなたたちは強盗の巣にしてしまった」と厳しく非難されたのです。このことを覚えつつ、ヨハネによる福音書のイエスさまの御言葉を見てみたいと思います。ヨハネによる福音書において、イエスさまはこう言われました。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない」。先程のマルコによる福音書のイエスさまの御言葉が、売り買いによって異邦人の祈りが妨げられていることを非難していたのに対して、ヨハネによる福音書のイエスさまの御言葉は、羊や牛、商売道具などを神殿そのものから運び出すことを求めています。細かいことを言うようですが、14節に「神殿の境内で」とありますが、もとの言葉では「境内」という言葉はなく、「神殿で」となっております。また15節に「羊や牛をすべて境内から追い出し」とありますけども、もとの言葉では「境内から」ではなくて、「神殿から追い出し」となっているのです。ですから、イエスさまが「このような物はここから運び出せ」と言われる「ここ」とは神殿を指しているのです。そのことは、続く「わたしの父の家」という言葉からも明かなことであります。神の独り子であられるイエスさまにとりまして、神殿はまさに「わたしの父の家」でありました。私たちは、このイエスさまの御言葉からも独特な神の子意識を読み取ることができるのです。ヨハネによる福音書のイエスさまの御言葉は、マルコによる福音書のイエスさまの御言葉よりも、急進的、ラディカルであると言えます。なぜなら、マルコによる福音書においては貪欲が非難されているのに対して、ヨハネによる福音書においては、商売そのものが非難されているからです。イエスさまは、神殿での商売を禁じることによって、御自分が来たるべきメシアであることを証しされたのであります。旧約聖書のゼカリヤ書の最後のところに、主の日の幻として次のように記されています。ゼカリヤ書第14章20節、21節をお読みします。
その日には、馬の鈴にも、「主に聖別されたもの」と銘が打たれ、主の神殿の鍋も祭壇の前の鉢のようになる。エルサレムとユダの鍋もすべて万軍の主に聖別されたものとなり、いけにえをささげようとする者は皆やって来て、それを取り、それで肉を煮る。その日には、万軍の主の神殿にはもはや商人はいなくなる。
最後のところに、「その日には、万軍の主の神殿にもはや商人はいなくなる」とありますけども、この預言を念頭において、今朝の御言葉を読むとき、イエスさまが神殿から商人を追い出すことによって、御自分こそ主の日をもたらすメシア、救い主であることを宣言されたことが分かるのです。イエスさまは、カナの婚礼で極上のぶどう酒を振る舞われることによって御自分がメシアであることを証しされましたけども、それに続けて、エルサレム神殿から商人を追い出すことによって、御自分こそゼカリヤの預言を成就するメシアであることを証しされたのです。
ヨハネによる福音書に戻ります。
縄で鞭をつくり、羊や牛をすべて神殿から追い出し、両替人の金をまき散らし、「このような者はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない」と言われたイエスさまに対して、ユダヤ人たちは、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言いました。この「ユダヤ人たち」の中には、神殿を管理する祭司長たちや律法学者たちもいたと思われます。自分たちは神の名によって、神の掟に基づいて、ここで商売を許可している。そのようなことを禁じる権威をお前はもっているのか。そうであるならば、そのしるしを見せてみろ。そのようにユダヤ人たちはイエスさまに迫ったのです。それに対してイエスさまはこう言われました。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」。これを聞いたユダヤ人たちは、文字通りの46年かけて建設した神殿について言っていると理解し、せせら笑うのでありますけども、福音書記者ヨハネは、21節で「イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである」と解説しております。何度も申し上げておりますように、ヨハネによる福音書の一つの特徴は、一つの言葉に二つの意味を持たせて記すことであります。一つの言葉に、表面上の意味と隠れた深い意味を持たせるという文学的技法をヨハネは好んで用いているのです。ここでもそうでありまして、19節、20節の「神殿」は、表面的には46年かけて建てたエルサレム神殿を指すと同時に、「イエスさまの体」という隠れた深い意味を持っているのです。このことは、もとの言葉をみるともう少し分かりやすく記されています。なぜなら、19節の「建て直してみせる」ということばも20節の「建て直すのか」という言葉も、22節の「復活されたとき」という言葉も同じ、「起こす」と訳される言葉で記されているからです。19節で、イエスさまは、「この神殿を壊してみよ。そうしたらわたしは三日で起こす」と言われており、20節では、ユダヤ人は「あなたは三日で起こすのか」と言い、22節では「イエスが死者の中から起こされたとき」と解説されているのです。このような言葉使いからも、イエスさまが言われる神殿が御自分の体を指していたことが暗示されているのです。そして、イエスさまが死者の中から三日目に復活されたとき、弟子たちは復活の光の中でこの出来事を思い起こし、聖書とイエスさまの御言葉を信じることができたのです。また細かいことを言うようですが、19節、20節で、「神殿」と訳されている言葉は、14節、15節で神殿と訳されていた言葉とは別の言葉であります。14節、15節の「神殿」が異邦人の庭を含む神殿を指すのに対して、19節、20節で「神殿」と訳されている言葉は、至聖所を含む神殿本体を指す言葉なのであります。週報に挟んでおいた神殿の上の図を見ていただくと、①に「神殿本体、その中に聖所、さらに最内奥が至聖所」とありますが、その神殿本体を指す言葉がここで用いられているのです。ですから、ある人は、19節、20節の「神殿」はむしろ「聖所」と訳した方がよいと言っています。ここでイエスさまはいったい何を言っておられるのでしょうか。それは、動物犠牲に変わる新しい礼拝が復活する御自分において実現するということであります。先程、わたしは、イエスさまが神殿において商売そのものを禁じられたと申しました。それは、ただ商売は神殿の外でやりなさいということではなくて、もう商売をする必要はなくなることを意味していたのです。なぜなら、イエスさまが世の罪を取り除く神の小羊として永遠の贖いを成し遂げてくださるからです。17節に、「弟子たちは、『あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす』と書いてあるのを思い出した」とありますけども、これもおそらくイエスさまが死者の中から復活されたときに思い出したのでありましょう。弟子たちは、イエスさまの激しい行為と御言葉のうちに、礼拝への熱心を見たのです。そして、その熱心は、世の罪を取り除く神の小羊として、御自分をささげ尽くすほどの熱心であったのであります。
ある人は、19節のイエスさまの御言葉、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」という言葉を、ヨハネによる福音書における「苦難の死と復活の予告である」と申しております。共観福音書において、ペトロの信仰告白以降に、イエスさまが「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている」と弟子たちに教え始められるのでありますが、ヨハネによる福音書は、イエスさまが救い主としてユダヤで活動された日に、「苦難の死と復活の予告」を記すのです。イエスさまは、はじめから人々が御自分を受け入れないことを知っておられました。そして、御自分を嘲り、十字架につける人々の心の奥底には、礼拝を軽んじる不信仰があることをご存じであったのです。当時のエルサレム神殿は、ヘロデ大王が大改修、増築したものでありまして、大変きらびやかなものでありました。「ヘロデの神殿を見たことのない者は、本当に美しいものをまだ見たことがない」とさえ言われた壮麗たるものでありました。けれども、この神殿は紀元70年にローマの軍隊によって滅ぼされてしまうのです。このヨハネによる福音書が記された頃には、すでにエルサレム神殿はローマの軍隊によって滅ぼされていたのであります。しかし、福音書記者ヨハネは、「イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである」と記すのです。復活された主イエス・キリストにおいて、場所にとらわれない、霊と真理からなる礼拝が実現したのです。
私たちは、主の日ごとに、復活されたイエスさまの御名を通して、礼拝をささげております。しかし、そこで私たちは罪の償いとしてのいけにえを何もささげてはおりません。自分の代わりに動物を殺していけにえとしてささげるということはしておりません。でも献金をささげているではないかと思われるかも知れませんけども、献金は罪赦された者としての感謝のささげものであって、罪の赦しのを得るための献げ物ではないのです。もはやキリスト教会の礼拝において、罪の赦しを得るために、献げ物をする必要はなくなったのです。それは、復活されたイエス・キリストが私たちの罪を贖ういけにえとして、すでに十字架の上で御自身をささげてくださったからです。それゆえ、私たちはイエス・キリストの御名によって罪を告白し、イエス・キリストの御名によって罪の赦しをいただくことができるのです。使徒パウロは、教会をキリストの体だと申しましたけども、神さまとまみえる礼拝の祝福は、何より主イエス・キリストの体である教会においてあずかることができるのです。私たちはこの礼拝において、復活の主イエス・キリストから聖霊を豊かに注がれて、聖書とイエスさまの語られた御言葉をいよいよ信じることができるのです。そのようにして、主イエスの抱かれた父なる神への熱心を共に抱く者とされるのです。