残されたナオミ 2020年7月08日(水曜 聖書と祈りの会)

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残されたナオミ

日付
説教
村田寿和 牧師
聖書
ルツ記 1章1節~7節

聖句のアイコン聖書の言葉

1:1 士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。
1:2 その人は名をエリメレク、妻はナオミ、二人の息子はマフロンとキルヨンといい、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者であった。彼らはモアブの野に着き、そこに住んだ。
1:3 夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ。
1:4 息子たちはその後、モアブの女を妻とした。一人はオルパ、もう一人はルツといった。十年ほどそこに暮らしたが、
1:5 マフロンとキルヨンの二人も死に、ナオミは夫と二人の息子に先立たれ、一人残された。
1:6 ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである。
1:7 ナオミは住み慣れた場所を後にし、二人の嫁もついて行った。ルツ記 1章1節~7節

原稿のアイコンメッセージ

 聖書と祈りの会では、旧約聖書の『ルツ記』を読み進めていきます。今日は、第1章1節から7節より、「残されたナオミ」という題でお話します。

 1節に、「士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ」とあります。『ルツ記』は、イスラエルに王が立てられる前、士師が世を治めていたころのお話であります。西暦で言うと、紀元前12世紀頃のお話です。

 2節には、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ人たちの名前が記されています。「その名はエリメレク、妻はナオミ、二人の息子はマフロンとキルヨンといい、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者であった」。エリメレクと言う名前は「わたしの神は王」という意味です。エリメレクの家族は、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者でありました。『ルツ記』の終わりを見ると、「ダビデの系図」が記されています。ダビデもベツレヘム出身のエフラタ族の者でありました(サムエル上17:12参照)。『ルツ記』は、ダビデ王の先祖の物語であるのです。

 エリメレクの家族は、飢饉が国を襲ったので、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住みました。聖書巻末の「聖書地図」の「4 統一王国時代」を見ると、塩の海(死海)の東側の地方がモアブであることが分かります。『創世記』の第19章によると、モアブ人の先祖は、アブラハムのおいであるロトにまで遡ることができます。ユダヤ人はアブラハムの子孫ですから、ユダヤ人とモアブ人は元々は同じ一族であったのです。しかし、信じる神は異なっていました。ユダヤ人は主なる神、ヤハウェを信じていました。他方、モアブ人はケモシュという神を信じていました(列王上11:7参照)。そのようなモアブ人が住む土地に、エリメレクたちは移り住んだのです。

 3節に、「夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ」とあります。一家の大黒柱であったエリメレクの死は、家族に危機的な状況をもたらしたと思います。また、愛する夫、愛する父親を亡くした家族の悲しみは大きなものであったはずです。

 息子たちは、その後、モアブの女をそれぞれ妻としました。「一人はオルパ、もう一人はルツといった」とあります。2節に、「二人の息子はマフロンとキルヨン」とありますので、マフロンの妻がオルパで、キルヨンの妻がルツのように読めますが、そうではありません。第4章10節で、ボアズが「わたしはマフロンの妻であったモアブの婦人ルツを引き取って妻とします」と言っているように、長男のマフロンの妻がルツであるのです。ルツはいわゆる「長男の嫁」であるのです。息子たちの結婚生活は、十年ほど続きましたが、マフロンとキルヨンの二人も死んでしまいます。これは異常なことですね。どちらか一人が死んでしまうのなら分かりますが、二人とも同じ時期に死んでしまったのです(サムエル上2:34参照)。後に、ナオミはベツレヘムの女たちに、「主がわたしを悩ませ、全能者がわたしを不幸に落とされた」と語っています(1:21)。ナオミは、夫の死と二人の息子の死を、全能者である主の御手から受け取ったのです。ある研究者は、夫エリメレクの死の原因は、モアブの地に移り住んだことにある。また、二人の息子の死の原因は、モアブの女を妻に迎えたことにあると述べています。しかし、聖書はそのようなことを記していません。また、ナオミも、夫の死と二人の息子の死を全能者である主の御手から受け取っていますが、その原因について問うてはいません。ここがヨブとは違う所ですね。ヨブは災いの原因を問いますが、ナオミは災いの原因を問わないのです。

 ナオミは、夫と二人の息子に先立たれ、一人残されました。ナオミは、モアブの地で、寄る辺のない未亡人(やもめ)となってしまったのです。男性中心の古代の社会において、家族から男がいなくなってしまったのです。

 ナオミは、モアブの野を去って、ユダの国へ帰ることにしました。それは、主がその民を顧み、食べ物をお与えになったことを聞いたからです。ベツレヘムは「パン(食糧)の家」という意味ですが、今や、ベツレヘムにはパン(食糧)があるのです。ナオミは住み慣れたモアブの地を後にして、二人の嫁と一緒にユダの国に帰ることにしたのです。

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