安息日はどのような日か 2026年6月21日(日曜 朝の礼拝)

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安息日はどのような日か

日付
説教
村田寿和 牧師
聖書
ルカによる福音書 14章1節~6節

聖句のアイコン聖書の言葉

14:1 ある安息日に、イエスが食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったときのことである。人々はイエスの様子をうかがっていた。
14:2 その時、御前に水腫を患っている人がいた。
14:3 イエスは、律法の専門家たちやファリサイ派の人々に言われた。「安息日に病気を治すことは許されているか、いないか。」
14:4 彼らは黙っていた。すると、イエスはその人を引き寄せ、病気を癒やしてお帰しになった。
14:5 そして、言われた。「あなたがたの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか。」
14:6 彼らは、これに対して答えることができなかった。ルカによる福音書 14章1節~6節

原稿のアイコンメッセージ

 今朝は、『ルカによる福音書』の第14章1節から6節より、御言葉の恵みにあずかりたいと願います。

 1節に、「ある安息日に、イエスが食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったときのことである」と記されています。この1節の御言葉は、24節までの状況を説明しています。小見出しを見ると、「安息日に水腫の人を癒やす」「客と招待する者への教訓」「大宴会のたとえ」と記されています。イエス様が水腫の人を癒やされたのも、客と招待する者への教訓を述べられたのも、大宴会のたとえを語られたのも、安息日の、ファリサイ派の議員の家での食事の席であったのです。ですから、第14章1節から24節までは、「食卓での教え」という一つの纏まりであるのです。

 「ある安息日に」とありますが、「安息日」は週の最後の日、土曜日のことです。安息日はあらゆる仕事をやめて、安息する日です。神様はシナイ山でイスラエルの民に、十の言葉、十戒をお与えになりました。その第4の言葉が「安息日を覚えて、これを聖とせよ」という戒めであります。『出エジプト記』の第20章8節から11節までをお読みします。旧約の117ページです。

 安息日を覚えて、これを聖別しなさい。六日間は働いて、あなたのすべての仕事をしなさい。しかし、七日目はあなたの神、主の安息日であるから、どのような仕事もしてはならない。あなたも、息子も娘も、男女の奴隷も、家畜も、町の中にいるあなたの寄留者も同様である。主は六日のうちに、天と地と海と、そこにあるすべてのものを造り、七日目に休息された。それゆえ、主は安息日を祝福して、これを聖別されたのである。

 神様から安息日が与えられたことによって、六日間は働いて、七日目は休むという生活のリズムが生れました。『創世記』の第1章に記されているように、神様は六日のうちに、天と地と海と、そこにあるすべてのものを造り、七日目に休息されました。その神様に倣って、六日の間は働いて、七日目は休息するように命じられているのです。ここで注意したいことは、休息が命じられているのは、イスラエルの成人男性だけではなく、その妻や、息子や娘、男女の奴隷、家畜、町の中にいる寄留者にも命じられているということです。奴隷を働かせて、自分は休息するということは許されません。安息日は、あらゆる人と家畜が労働の軛から解放される日であるのです。

 神様がイスラエルの民に与えられた十の言葉、十戒は、『申命記』の第5章にも記されています。旧約の274ページです。12節から15節までをお読みします。

 安息日を守ってこれを聖別し、あなたの神、主があなたに命じられたとおりに行いなさい。六日間は働いて、あなたのすべての仕事をしなさい。しかし、七日目はあなたの神、主の安息日であるから、どのような仕事もしてはならない。あなたも息子も、娘も、男女の奴隷も、牛やろばなどのすべての家畜も、町の中にいるあなたの寄留者も同様である。そうすれば、男女の奴隷も、あなたと同じように休息できる。あなたはエジプトの地で奴隷であったが、あなたの神、主が、力強い手と伸ばした腕で、あなたをそこから導き出したことを思い出しなさい。そのため、あなたの神、主は、安息日を守るようあなたに命じられたのである。

 先程の『出エジプト記』の第20章に記されている十戒と比較すると、安息日を守る根拠が違っていることに気が付きます。『出エジプト記』の第20章では、主の創造の業を覚えて、安息日を守ることが命じられていました。主が六つの日にわたって天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになって、七日目には休まれた。よって、主の民であるあなたがたも、六日間は働いて、七日目は休みなさいと記されていたのです。しかし、『申命記』の第5章では、エジプトからの脱出という贖いの御業を覚えて、安息日を守りなさいと命じられています。主が、力強い手によって、あなたがたをエジプトの奴隷状態から解放したのは、あなたがたに安息日を与えるためであったと言うのです。それゆえ、男女の奴隷を休ませることが強調されているのです。

 『出エジプト記』の第20章と『申命記』の第5章から言えることは、安息日とは、神様の創造の御業と贖いの御業を覚えて、あらゆる仕事をやめて、休息する日であるということです。

 では、イスラエルの民は、安息日を、一日中、横になって過ごしていたかと言えば、そうではありません。イスラエルの民は、安息日に集まって、礼拝をささげたのです。『レビ記』の第23章1節から3節までをお読みします。旧約の185ページです。

 主はモーセに告げられた。「イスラエルの人々に告げなさい。あなたがたが聖なる集会を召集すべき主の祭り、すなわち、私の祭りは次のとおりである。

 六日間労働し、七日目は完全な安息の日として、聖なる集会を開きなさい。どのような仕事もしてはならない。あなたがたがどこに住もうとも、主のための安息がなければならない。

 ここでは、安息日に聖なる集会を召集し、主の祭りを行うことが命じられています。ここで注意したいことは、礼拝をささげることが「主のための安息」と見なされていることです。イスラエルの民にとって、主を礼拝することは、主の安息にあずかることであったのです。イスラエルの民は、創造と贖いの御業を覚えて、主を礼拝することによって、神の安息にあずかったのです。

 時は経ちますが、紀元前587年に、バビロン帝国によって、南王国ユダは滅ぼされ、おもだった人々は捕囚の憂き目にあいました。その原因を、捕囚の民に遣わされた預言者エゼキエルは、イスラエルの民が安息日を汚したからであると糾弾しています(エゼキエル20章参照)。また、エルサレムの城壁を再建した総督ネヘミヤも、先祖がバビロン捕囚の憂き目にあったのは、安息日を汚したからであると言っています(ネヘミヤ13章参照)。イスラエルの民は、神様を礼拝する日である安息日を汚すことによって、偽りの神々、偶像に従う者となったのです(礼拝共同体であるイスラエルは、安息日に礼拝をささげることによって保たれ、形成されていく)。そのような反省から、イエス様の時代の指導者たち、律法の専門家たちやファリサイ派の人々は、安息日の掟を熱心に守っていたのです。彼らは、安息日に禁じられている労働のリストを作って、人々が安息日の掟を守っているかどうかを見張っていたのです(ルカ6章参照)。

 今朝の御言葉に戻ります。新約の134ページです。

 イエス様の時代(紀元1世紀)には、ユダヤ人は会堂(シナゴーグ)に集まって礼拝をささげていました。午前の礼拝が終わって、お昼になり、ファリサイ派のある議員がイエス様を食事に招待したようです。イエス様は、彼の招きに応えて、家の中に入りました。そこに、水腫を患っている人がいました。この人は、招かれた客ではなく、イエス様に癒やしていただきたいと願って来ていたようです。「水腫」とは、「体の組織の間にリンパ液などが異常にたまった状態。むくみ」のことです(福武国語辞典)。イエス様の前に、体がむくんでいる人、見るかに体調が悪い人がいたのです。人々は、イエス様が水腫を患っている人をどうするか伺っていました。その人々、律法の専門家たちやファリサイ派の人々に、イエス様はこう言われます。「安息日に病気を治すことは許さているか、いないか」。ここで「許されている」と訳されている言葉(エクセスティ)は「合法的である」「適っている」とも訳すことができます。「安息日の掟に適っているのは、病気を治すことか、それとも治さないことか」。こうイエス様は問われたのです。律法の専門家たちは、安息日であっても、命の危険がある場合は、癒やしの業を許していました。しかし、命の危険がないならば、安息日に、癒やしの業は許されないと教えていました(13:14「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない」参照)。このとき、彼らは黙っていましたが、心の中では、「許されていない」と考えていたと思います。そのような彼らの心を見透かして、イエス様は、水腫を患っている人を引き寄せて、病気を癒やしてお帰しになったのです。イエス様によれば、安息日に病気を治すことは許されていること、ふさわしいことであるのです。水腫を患っていた人は、イエス様に癒やしていただくことによって、神の安息にあずかる者となったのです。

 続けて、イエス様はこう言います。「あなたがたの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか」。このイエス様の御言葉は、誰もが安息日であっても、自分の息子か牛が井戸に落ちれば、すぐに引き上げてやることを思い起こさせます。そうであれば、安息日であっても、水腫を患っている人をすぐに癒やしてやるべきであるのです。イエス様は、様子をうかがっていた律法の専門家たちとファリサイ派の人々に、「安息日に病気を治すことは許されているか、いないか」と問われました。そのとき、イエス様が期待していた答えは次のようなものであったと思います。「もちろん、許されています。今すぐに、水腫を患っている人を癒やしてください。私たちは安息日であっても、自分の息子や牛が井戸に落ちたならば、すぐに引き上げてやるのですから」。しかし、実際は、彼らは黙っていたのです。なぜでしょうか。それは律法の専門家たちやファリサイ派の人々が、「安息日とはどのような日か」を正しく理解していなかったからだと思います。安息日とはあらゆる仕事をやめて、神の安息にあずかる日です。律法の専門家やファリサイ派の人々は、「あらゆる仕事をやめて」という点に重点を置きました。しかし、イエス様は、「神の安息にあずかる」という点に重点を置くのです。安息日にあらゆる仕事をやめるのは何のためか。それは、神の安息にあずかるためであるのです。ですから、イエス様は安息日においてこそ、病気の人を癒やされるのです。福音書を読むと、律法の専門家たちやファリサイ派の人々とイエス様が対立したことが記されています。その原因は、安息日理解にあったのです(マルコ3:6「ファリサイ派の人々は出て行き、すぐにヘロデ党の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談を始めた」参照)。律法の専門家たちやファリサイ派の人々は、安息日に病気を癒やすことは許されていないと考えていました。しかし、イエス様は、安息日に病気を癒やすことはふさわしいと考えていたのです。そして、実際に、安息日に病人を癒やされたのです。イエス様によれば、安息日こそ、病に苦しむ人々を癒やすのにふさわしい日であるのです。

 初代教会は、週の初めの日を「主の日」と呼んで、主イエス・キリストの名によって集まり、礼拝をささげるようになりました(使徒20:7、黙1:10参照)。それは、主イエス・キリストが週の初めの日に十字架の死から復活して、弟子たちに現れてくださったからです。また、そこには、「イエス・キリストこそ安息日の主である」という弟子たちの信仰があります(ルカ6:5「人の子は安息日の主である」参照)。使徒パウロによれば、「安息日は来るべきものの影であり、実体はキリストにあるのです」(コロサイ2:16、17参照)。私たちは、安息日の主であり、安息日の実体である主イエス・キリストにあって、神の安息にあずかれるのです。主イエス・キリストは、今も、「疲れた者、重荷を負う者は誰でも私のもとに来なさい。私が休ませてあげよう」と招いておられます(マタイ11:28参照)。私たちは、主イエス・キリストの名によってささげる礼拝において、あらゆる重荷から解放されて、神の安息にあずかることができるのです。安息日に水腫を患っている人を癒やされたイエス様は、主の日の礼拝において、私たちをあらゆる重荷から解放して、休ませてくださるのです。

 今朝の説教題を「安息日とはどのような日か」としました。この問いを、私たちに当てはめると、「主の日とはどのような日か」となります。なぜなら、ウェストミンスター小教理問答の問59によれば、イエス・キリストの復活以降は、週の初めの日である「主の日」が「キリスト教安息日」となったからです(「神は、世の初めからキリストの復活までは、週の第七日を週ごとの安息日に指定されました。そしてそれ以降は、世の終わりまで継続して、週の第一日を安息日に指定されました。これがキリスト教安息日です」参照)。「主の日とはどのような日か」。ここでは三つのことを申し上げたいと思います。主の日とは、主イエス・キリストの罪と死からの贖い(十字架)と新しい創造(復活)を覚えて、三位一体の神を礼拝する日であります。また、主の日とは、安息日の主であるイエス・キリストのもとで、心と体と魂に、安息をいただく日であります。さらに、主の日とは、主イエス・キリストに倣って、神の憐れみの業を行う日であります。キリスト教安息日である主の日とは、主イエス・キリストを礼拝し、主イエス・キリストの安息にあずかり、主イエス・キリストの憐れみの業を行う日であるのです。

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