ペトロの否認 2016年1月17日(日曜 朝の礼拝)

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ペトロの否認

日付
説教
村田寿和 牧師
聖書
マタイによる福音書 26章69節~75節

聖句のアイコン聖書の言葉

26:69 ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄って来て、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言った。
26:70 ペトロは皆の前でそれを打ち消して、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と言った。
26:71 ペトロが門の方に行くと、ほかの女中が彼に目を留め、居合わせた人々に、「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言った。
26:72 そこで、ペトロは再び、「そんな人は知らない」と誓って打ち消した。
26:73 しばらくして、そこにいた人々が近寄って来てペトロに言った。「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる。」
26:74 そのとき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めた。するとすぐ、鶏が鳴いた。
26:75 ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。
マタイによる福音書 26章69節~75節

原稿のアイコンメッセージ

 今朝は、マタイによる福音書26章69節から75節より、御言葉の恵みにあずかりたいと願っております。

 前回私たちは、イエス様が最高法院で裁判を受けられたことを学びました。イエス様は、大祭司の言葉、「生ける神にかけて我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか」という言葉を受けて、こう言われました。「それは、あなたが言ったことです。しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る」。イエス様は、大祭司の質問に、「それはあなたが言ったことです」と間接的に答えることを拒否されながらも、御自分が全能の神の右に座して世界を支配するメシア(救い主)であり、天の雲に乗って来られる、全ての人を裁くメシア(救い主)であると宣言されました。イエス様は御自分が大祭司をはじめとする最高法院の議員たちを裁く日が来ることを宣言されたのです。これは大祭司をはじめとする最高法院への警告でもあります。しかし、彼らはイエス様を、神を冒瀆する者として、死刑に定めるのです。

 イエス様の裁判は、イエス様が大勢の群衆によって捕らえられた夜に、大祭司カイアファの屋敷で行われたのですが、その中庭には、十二弟子の一人ペトロがおりました。58節にこう記されておりました。「ペトロは遠く離れてイエスに従い、大祭司の中庭まで行き、事の成り行きを見ようと、中に入って、下役たちと一緒に座っていた」。イエス様が大勢の群衆に捕らえられたとき、弟子たちは皆、イエス様を見捨てて逃げてしまいました(56節)。しかし、一番弟子とも言えるペトロは、遠く離れてではありますが、イエス様に従って、大祭司の屋敷の中庭まで行ったのです。かつてペトロは、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」と言いましたが、その言葉のとおり、みんながイエス様を見捨ててしまったのに対して、ペトロだけは、遠く離れてではありますが、イエス様に従ったのです。ペトロは捕らえられたイエス様がどうなってしまうのか、事の成り行きを見ようと、中庭に入って、下役たちと一緒に座っていたのでありました。

 ペトロが外にいて中に座っておりますと、そこへ一人の女中(召使いの女)が近寄って来て、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言いました。「ガリラヤのイエス」とは「ガリラヤ地方出身のイエス」という意味であります。当時は、出身地と名前を結びつけることによって人物を特定したのです。「あなたもガリラヤ出身のイエスと一緒にいた」。この女中の質問に、ペトロは何と答えたでしょうか。「ああ、そうだよ。わたしはいつもイエス様と一緒だった」と答えたでしょうか。そうではありません。ペトロは皆の前でそれを打ち消して、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と言ったのです。かつてイエス様は、10章32節、33節で弟子たちにこう言われたことがありました。「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間である言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないという者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う」。ペトロは、このイエス様の御言葉を聞いておりながら、皆の前で、イエス様と一緒にいたこと、イエス様の仲間であることを打ち消したのです。そして、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と話をはぐらかしたのです。いつものペトロであれば、それこそ、イエス様と一緒にいたことを堂々と語ったはずです。弟子たちを代表して、イエス様に対して、「あなたは生ける神の子、キリストです」と告白したのは他でもないペトロでありました。しかし、この時といつもとはまるで状況が違っておりました。自分の周りにいるのは、イエス様の弟子たちではなく、イエス様を殺そうとする者たちであったのです。ペトロは、自分がイエス様と一緒にいたことが知られれば、自分も捕らえられるのではないか、自分も殺されるのではないかと恐れたのです。それでペトロは、人目を避けるために門の方へ行ったのでありました。しかし、他の女中が彼に目を留め、居合わせた人々に、「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言いました。ここでは、「ナザレのイエス」と言われています。「ナザレ出身のイエス」ということです。ナザレはガリラヤ地方にある村の名前でありますから、イエス様についてより詳しく特定されているわけです。律法によれば、二人の一致した証言は真実と見なされましたから、ペトロがイエス様と一緒にいたことは立証されたわけです(申命19:15参照)。しかし、ペトロは、再び、「そんな人は知らない」と誓って打ち消しました。かつてイエス様は、弟子たちに、「一切誓いを立ててはならない。・・・・・・あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい」と言われました(5:34、37)。しかし、ここでペトロは「そんな人はしらない」と誓い、イエス様と一緒にいたことを打ち消したのです。ペトロは、神様に誓うことによって、自分の言葉が真実であることを証明しようとしたのです。これによって、ペトロは自分に向けられた疑いを拭い去ることができたかに見えましたが、しばらくして、そこにいた人々が近寄って来てペトロにこう言いました。「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる」。ペトロの言葉遣いには、ガリラヤ地方特有のなまりがあったようです。新改訳聖書はこの所を、「ことばのなまりではっきり分かる」と翻訳しています。ここでペトロは、自分がイエス様と同じガリラヤ地方の出身であることの証拠を突きつけられたと言えるのです。ガリラヤ地方出身だからと言って、イエス様の仲間であるとは限らないのですが、そのとき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めました。ここでペトロは誓うだけではなく、呪いの言葉さえ口にしながら誓っております。この「呪いの言葉」については二つの解釈があります。

一つは、ペトロが自分自身を呪ったとする解釈です。ガラテヤの信徒への手紙1章8節で、パウロは次のように記しています。「しかし、たとえわたしたち自身であれ、天使であれ、わたしたちがあなたがたに告げ知らせたものに反する福音を告げ知らせようとするならば、呪われるがよい」。ここでパウロは、自分たちがガラテヤの信徒たちに告げ知らせた福音に反する福音を告げ知らせる者があるならば、それが自分たちであっても呪われるがよいと記しております。それと同じように、ペトロは、「わたしが嘘を言っているならば、呪われてもよい」と言って誓ったと解釈できるのです。

もう一つの解釈は、ペトロがイエス様を呪ったとする解釈であります。コリントの信徒への手紙一の12章3節で、パウロは、次のように記しています。「神の霊によって語る人は、だれも『イエスは神から見捨てられよ』とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えないのです」。ここで、「イエスは神から見捨てられよ」と訳されている言葉は、「イエスは呪われよ」とも訳すことができます。ペトロは、「そんな人は神から見捨てられよ」という呪いの言葉を口にして、イエス様の仲間であることを否定したと解釈できるのです。ペトロは自分自身を呪ったにせよ、あるいはイエス様を呪ったにせよ、イエス様との関係をこれ以上ないほど強く否定したわけです。

 ペトロが呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めるとすぐ、鶏が鳴きました。その鶏の鳴き声を聞いて、ペトロはイエス様の御言葉、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」という御言葉を思い出したのです。イエス様の御言葉どおりに、自分がイエス様との関係を三度否定したことに気づいたペトロは、外に出て、激しく泣きました。なぜ、ペトロは激しく泣いたのでしょうか?それは、ペトロがイエス様から予告された御言葉と共に、自分がかつて語った言葉をも思い起こしたからだと思います。「あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」と言われたイエス様に対して、ペトロはこう言ったのです。「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」(26:35)。これはペトロの本心からの言葉であったと思います。しかし、鶏の鳴き声を聞いたとき、ペトロは、イエス様が予告しておられたように、自分が三度イエス様のことを知らないと言ってしまったことに気がついたのです。その自分の不甲斐なさを思って、ペトロは外に出て、激しく泣いたのです。

 ペトロが三度イエス様のことを知らないというお話は、イエス様の裁判の後に記されておりますが、出来事としては、同時並行的に起こった出来事であったと思います。つまり、屋敷の中ではイエス様の裁判が行われており、外の中庭ではその弟子であるペトロの裁判が行われていたということであります。もちろん、ペトロの場合は正式な裁判ではありませんが、ペトロがイエス様の仲間であるという告発を受けて、証言することが求められたという点からすれば、ペトロも裁きに直面していたわけです。大祭司の屋敷の中で、イエス様は、御自分が全能の神の右に座して世界を支配するメシアであり、やがて天の雲に乗って来られるすべての人を裁くメシアであることを大胆に宣言されました。しかし、外の中庭にいた弟子のペトロは、自分がイエス様と一緒にいたことを大胆に語れませんでした。なぜでしょうか?それは、ペトロが死を恐れたからです。ペトロは、「御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言っておりましたけれども、実際に、死の危険が差し迫ったとき、彼は死を恐れて、イエス様のことを三度知らないと言ったのです。ペトロは死を恐れて、イエス様との関係を完全に否定してしまったのです。そして、このことは生まれながらの人間は、誰もイエス様に従い抜くことができないことを私たちに教えているのです。死を恐れるペトロは、つまずくべくしてつまずいたのです。

しかし、聖書は、後に、ペトロが死を恐れずに、大胆に自分がイエス様の弟子であることを言い表すようになることを記しております(使徒言行録参照)。なぜ、ペトロは死を恐れずに、大胆にイエス様の御名を宣べ伝える者となったのでしょうか?それは、聖書が証ししているように、十字架で死んだイエス様が復活して、ペトロをはじめとする弟子たちに現れてくださったからです。また、復活して、天へと上げられ、父なる神の右に座しておられるイエス様が、ペトロをはじめとする弟子たちに聖霊を与えてくださったからです。復活されたイエス様は弟子たちに、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と言われました。それはイエス様が御言葉と聖霊においていつも弟子たちと共にいてくださるという意味であります(マタイ28:20)。復活されたイエス様がいつも共にいてくださるゆえに、ペトロをはじめとする弟子たちは、死を恐れることなく、大胆にイエス・キリストの福音を宣べ伝えることができたのです。復活されたイエス様は、私たちとも世の終わりまでいつも共にいてくださいます。それゆえ、私たちは、死を恐れることなく、「イエス・キリストは主である」と大胆に証し、宣べ伝えることができるのです。

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