キリストからの報い
- 日付
- 説教
- 小宮山裕一 牧師
- 聖書 マタイによる福音書 10章40節~11章1節
「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」イエスは十二人の弟子に指図を与え終わると、そこを去り、方々の町で教え、宣教された。マタイによる福音書 10章40節~11章1節
本日の聖句は、神の恵みと福音の広がりについてをテーマとしている。キリストの弟子たちを通して神の恵みが広がることをイエスは弟子達に教えられた。キリストの弟子とはキリストを信じて歩む私たちひとりひとりのこと。私達もまたキリストによって集められ、それぞれのところに派遣されていく。私たちを通して、神の恵みが広がる祝福に感謝したい。
今日の聖書箇所は一連の弟子達に対する教えのいわば結論部分だ。これまでの流れを振り返ると、イエスは彼の弟子たちに対して、彼らが遭遇するかもしれない迫害や困難にもかかわらず、神を信頼し続けることの重要性を教えている。この教えは、神との関係を深め、神の全能性と恵みを信じることを強調している。さらに、キリストは弟子たちに、彼らの行動が神の恵みと祝福を反映していることを示唆している。弟子たちは、キリストを受け入れることによって神の恵みを受け入れ、神の恵みを他者に伝える役割を果たす。
なぜイエスを救い主として受け入れると祝福が広がるのか。それはキリストの弟子を受け入れることは、キリスト自身を受け入れることを意味し、神を受け入れることにつながるからだ。この教えは、キリストの弟子たちが単なる教えを伝える伝道者ではなく、神の代表者であるというユダヤの教えからくる。それだけではなく、私たちはキリストと一体的である!私たちはキリストと結び合わされている!(キリストとの結合)。弟子の行動と教えは、神の意志と恵みを反映しており、彼らに対する行動は、神に対する行動と見なされる。非常に大胆で恐れ多いイエスの言葉だ。この私がはたしてキリストを代表していると言えるのか。そのような戸惑いにもましてキリストと結び合わされている恵みは力強い。
さらに、11章1節ではイエスの教えの継続的な性質が強調される。イエスは教えを伝えた後も、引き続き町々で教え、説教を行われた。この行動は、私たちの信仰の旅が継続的なものであり、神の言葉を受けて伝える者としての私たちの役割を思い起こさせる。
キリストとの一体感、神の恵みの広がり。私たちは、神の恵みの伝播者として、キリストに従い、周囲に神の愛と祝福を広げる使命を担っている。私たちの存在を通してキリストはご自分の祝福と恵みを人々に伝えていく。