2024年12月22日「天使たちの歌」

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天使たちの歌

日付
説教
小宮山裕一 牧師
聖書
ルカによる福音書 2章1節~21節

音声ファイル

聖書の言葉

そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」
天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。ルカによる福音書 2章1節~21節

メッセージ

ルカによる福音書2章では、まず当時下層階級とみなされていた羊飼いが夜通し野宿しながら羊を番している場面から始まる。そこに突如として天使が現れ、神の栄光が彼らを包み込む。天使は「恐れるな。わたしは民全体に与えられる大きな喜びを告げる」と語り、「今日、ダビデの町で救い主が生まれた」と知らせる。彼らが感じていた恐れは、天使の宣言によって喜びへと変わるのである。

このとき天使は、イエスを「救い主」「主」「メシア」という特別な称号で呼んでいる。当時、皇帝アウグストゥスも「救い主」や「主」とあがめられていたが、聖書は「真の救いは地上の権力に依るのではなく、神から与えられる」という視点を示している。天使たちが「いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、御心に適う人にあれ」と高らかに歌うのも、神こそ唯一の主権者であり、地上の人々は神の恵みによって平和に生きることができるという希望を告げるためである。

聖書における平和(シャローム)は、単なる「戦争のない状態」ではなく、神と人、人と人との間に深い調和がもたらされることを指す。天使は、神ご自身が世に来られ、その平和がすでに「今日」始まっているのだと宣言する。この「今日」という言葉がルカ福音書の重要なキーワードであることも注目に値する。「いつか将来」のことだけではなく、神の恵みが“今ここで”与えられているからである。

続いて天使が示す「しるし」は「布にくるまれ、飼い葉桶に寝ている赤ん坊」であった。華麗な宮殿や高貴な場所ではなく、人々が見向きもしないような低いところにこそ神は来られる。これは「神の力は弱さのうちにこそ現れる」という逆転の姿を象徴している。羊飼いたちはその知らせを受けて急ぎベツレヘムへ向かい、まさにその通りの情景を見出し、神を賛美しつつ帰っていった。

一方で、イエスを産んだマリアは、一連の出来事を「心に納めて思い巡らしていた」とある。天使のお告げと出産の奇跡、さらに羊飼いによる訪問という想像を超えた出来事を、彼女は静かにかみしめていたのだろう。この「賛美して伝える」羊飼いの姿と、「心に納めて祈り深く思い巡らす」マリアの姿は、神の恵みに触れた者がとる二つの大切な応答として示される。

この物語は、ただの「聖夜のロマンチックな場面」ではない。地上の権力や価値観がどれほど圧倒的に見えようとも、クリスマスの福音は「神が人間と同じ弱さを担って共に生まれてくださる」という真実を告げ知らせる。暗闇のただ中で「恐れるな」と言われ、「救い主がここにいる」と宣言されるとき、私たちは新しい一歩を踏み出すことができるのである。

この物語に励まされ、私たちもクリスマスの恵みを受け取り、神をあがめ、隣人へと喜びを分かち合っていきたいと思う。神が降りてこられた場所は飼い葉桶のように低いところであり、そこから光が差し込み始まるからである。天使の言葉は今も有効であり、「まことの救い主が生まれた」という宣言は、私たちの人生に希望と平和をもたらす土台となるのだ。