2023年07月16日「イエスの命令」

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聖書の言葉

イエスが向こう岸のガダラ人の地方に着かれると、悪霊に取りつかれた者が二人、墓場から出てイエスのところにやって来た。二人は非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった。突然、彼らは叫んだ。「神の子、かまわないでくれ。まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。」はるかかなたで多くの豚の群れがえさをあさっていた。そこで、悪霊どもはイエスに、「我々を追い出すのなら、あの豚の中にやってくれ」と願った。イエスが、「行け」と言われると、悪霊どもは二人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れはみな崖を下って湖になだれ込み、水の中で死んだ。豚飼いたちは逃げ出し、町に行って、悪霊に取りつかれた者のことなど一切を知らせた。すると、町中の者がイエスに会おうとしてやって来た。そして、イエスを見ると、その地方から出て行ってもらいたいと言った。マタイによる福音書 8章28節~34節

メッセージ

イエス・キリストと彼の弟子たちが湖の向こう岸、ガラダ人の地方に着いた時、悪霊に取り憑かれた二人がやってきた。この地はユダヤ人と異邦人が住んでいたことが豚が飼われていたことからわかる。キリストはこの場所で悪霊を追い出したのだが、それはキリストの力がユダヤのみならず異邦人のところにまで及んでいるということ。

彼らは墓場から出てきた。この二人は、生きる目的を失い、非常に凶暴であった。なので誰も近寄ることができなかった。しかし、この状況から逃れることなく、キリストは彼らに向かい、自身が悪霊よりも上であることを示す。不思議なことに悪霊達はキリストを神の子と認識し、彼が持つ力を恐れている。そして悪霊たちは、「まだその時ではない」と言う。その「時」とは、最後の時、終わりの時を指すもので、全ての罪や悪が消し去られ、神が全となる時。悪霊たちは、この時まで存在しているにすぎない。それはいわば、悪の力は期間限定であるということ。

彼らはキリストに許可をもらい、豚に逃げ込むことで一時的に延命を図る。その結果は彼らの思惑通りには進まない。豚たちは水に飛び込み、悪霊たちもまた水の中で死ぬ。これは彼らが水におぼれたのではなく、キリストの力によって滅ぼされたということ。

キリストの「行け」という一言でこの勝利が成し遂げられたことは、キリストの言葉がいかに力強く、闇の力がいかに強大であろうとも、神の光がそれを打ち破ることができることを示している。そのキリストの勝利は、創世記3章15,16節の「原福音」から約束されていた神の勝利である。あらゆる闇の力、そして死すらも敗北に向かっている。

キリストの力とは、闇や混沌、死に立ち向かう力であり、それは全能の神の力そのものである。罪は混乱をもたらす。キリストの力は混沌を克服し、私たちの人生に光をもたらす。それは、神は秩序を与えるお方である。創世記にあるように神は混沌とした世界に「光あれ」と言われるお方である。荒れた地を整え、荒廃した都に道を敷かれる。神の力はこの世界のみならず、私たちにも秩序をもたらすもの。

このキリストの後に従いたい。この出来事を目撃した人々はキリストを薄気味悪く思った。その地方から出てもらいたい、そう願った。彼らはイエスよりも豚を欲した。それは目の前にあるものを優先したということ。私たちは豚に目を向けるのではなく、キリストに従うものなのだ。