2026年01月11日「神は人を分け隔てなさらない」
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神は人を分け隔てなさらない
- 日付
- 説教
- 金原堅二 牧師
- 聖書
使徒言行録 10章17節~35節
聖書の言葉
17ペトロが、今見た幻はいったい何だろうかと、ひとりで思案に暮れていると、コルネリウスから差し向けられた人々が、シモンの家を探し当てて門口に立ち、 18声をかけて、「ペトロと呼ばれるシモンという方が、ここに泊まっておられますか」と尋ねた。 19ペトロがなおも幻について考え込んでいると、“霊”がこう言った。「三人の者があなたを探しに来ている。 20立って下に行き、ためらわないで一緒に出発しなさい。わたしがあの者たちをよこしたのだ。」 21ペトロは、その人々のところへ降りて行って、「あなたがたが探しているのは、このわたしです。どうして、ここへ来られたのですか」と言った。 22すると、彼らは言った。「百人隊長のコルネリウスは、正しい人で神を畏れ、すべてのユダヤ人に評判の良い人ですが、あなたを家に招いて話を聞くようにと、聖なる天使からお告げを受けたのです。」 23それで、ペトロはその人たちを迎え入れ、泊まらせた。
翌日、ペトロはそこをたち、彼らと出かけた。ヤッファの兄弟も何人か一緒に行った。 24次の日、一行はカイサリアに到着した。コルネリウスは親類や親しい友人を呼び集めて待っていた。 25ペトロが来ると、コルネリウスは迎えに出て、足もとにひれ伏して拝んだ。 26ペトロは彼を起こして言った。「お立ちください。わたしもただの人間です。」 27そして、話しながら家に入ってみると、大勢の人が集まっていたので、 28彼らに言った。「あなたがたもご存じのとおり、ユダヤ人が外国人と交際したり、外国人を訪問したりすることは、律法で禁じられています。けれども、神はわたしに、どんな人をも清くない者とか、汚れている者とか言ってはならないと、お示しになりました。 29それで、お招きを受けたとき、すぐ来たのです。お尋ねしますが、なぜ招いてくださったのですか。」 30すると、コルネリウスが言った。「四日前の今ごろのことです。わたしが家で午後三時の祈りをしていますと、輝く服を着た人がわたしの前に立って、 31言うのです。『コルネリウス、あなたの祈りは聞き入れられ、あなたの施しは神の前で覚えられた。 32ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は、海岸にある皮なめし職人シモンの家に泊まっている。』 33それで、早速あなたのところに人を送ったのです。よくおいでくださいました。今わたしたちは皆、主があなたにお命じになったことを残らず聞こうとして、神の前にいるのです。」
34そこで、ペトロは口を開きこう言った。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。 35どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。使徒言行録 10章17節~35節
メッセージ
ペトロとコルネリウスは、お互いの体験を照らし合わせて、不思議な、しかし確かな神様の導きがあったことを確認していきます。ペトロも、コルネリウスも、彼らは別々の道を歩み、別々に祈っていた二人でした。けれども、すべてを導かれる神様が、幻を通して、神様ご自身のご計画を推し進めるために、この二人を引き合わせてくださったのです。そのご計画とは、イエス・キリストの救いの御業を、すべての民に開くという内容です。イエス様は、天の昇られる前に仰いました。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(使徒1:8)。
エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また地の果てに至るまで、わたしの証人となる。このことの歴史的展開を描くのが、この使徒言行録という書物なのです。その意味で、この10章の場面は、福音がいよいよ異邦人に届けられ、ここから当時の全世界にあたる地中海世界に広がっていこうとする、その転換点にあたるわけです。神様がこのことを御心としてくださって、ペトロとコルネリウスのそれぞれに、不思議な仕方でその御心を伝えてくださることで、このことが実現していこうとしています。そして実際、こうして世界宣教の道が開かれたことで、この地中海世界から地理的にも、また時代的にも、はるか遠くにいる現代の私たちにも、確かにイエス・キリストの福音が届けられているのです。そこには、神様の御心があり、その御心を幻を通して伝えてくださった神様の御業があります。
コルネリウスの家に招かれたペトロは、彼らの期待に応えて語り始めます。その際に、ペトロは開口一番に「よくわかりました」と言って、「神様が人を分け隔てなさらない」という真理を告げるのです。
このことは、一見して簡単に言っているように見えるかもしれませんが、このことで実際に悩み、葛藤したペトロにとっては、大きな意味をもった言葉だったのだと思います。神様は、国境とか民族といった垣根を超えて、すべての人に福音を届けてくださる。イエス・キリストの救いの御業を、届けてくださる。「イエス・キリストが十字架にかかってまで、私たちを愛し抜いてくださった。そのイエス・キリストが復活なさり、今は天にあって私たちの歩みを導いてくださる」。この福音を届けて、その人の内側に実現してくださる、ということです。
神様は、私たちを分け隔てなさることなく、一人一人を教会の礼拝に招いてくださいます。神の言葉である聖書を通して、今も私たちに語りかけておられるのです。聖書を通して、すべての人に、神様が語ってくださる。御心を示してくださる。その、神様の御声に、喜んで耳を傾けたいと思います。そのときに、イエス・キリストを通して、神様が本当に私たちを愛し抜いてくださったことがよくわかるはずです。ここに、私たちの幸いがあります。