2025年12月21日「クリスマスの喜び」
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クリスマスの喜び
- 日付
- 説教
- 金原堅二 牧師
- 聖書
ルカによる福音書 2章1節~12節
聖書の言葉
1そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。 2これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。 3人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。 4ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。 5身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。 6ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、 7初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
8その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 9すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 10天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 11今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 12あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 ルカによる福音書 2章1節~12節
メッセージ
「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる」(10節)。聖書は、クリスマスには「大きな喜び」があると語っています。それと同時に、「喜びなさい」という言葉よりも先に「恐れるな」と告げられていることが印象的です。そこから言える第一のことは、不安だらけの世界の中で、「恐れるな」という神の言葉が響き渡った、ということなのです。聖書の舞台であるイスラエルは、当時はローマ帝国の支配下にありました。人々は自分たちの国を自分たちで治めることができず、重い税金を課せられ、いつ政治が変わるかもわからない不安の中で暮らしていました。そのような中で、ローマ皇帝アウグストゥスは住民登録の命令が出ました。ですから、聖書は決して「恐れのない世界」を描いているわけではありません。むしろ、恐れの只中に、神様が来てくださる。人々の不安や、混乱。そうしたこの世の現実を隠すことなく赤裸々に描きながら、その恐れの只中に、神が来てくださる。そういう出来事を描いているのです。
「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる」。この御言葉に関連して言える第二のことは、大きな喜びの、その内容です。この大きな喜びの内容とは、救い主がお生まれになったということでした(11節)。しかもベツレヘムという町の片隅で、小さな馬小屋の中で、一人の赤ちゃんが生まれたという知らせだったわけです。そこは、どんな人でも近づくことのできる場所です。身分の高い人だけが入れる場所ではありません。むしろ、居場所がない人、歓迎されない人、「自分なんかここにいてよいのだろうか」と思ってしまう人が、そのまま近づける場所です。このように、神様の方から来られた。これこそが、「大きな喜び」の内容です。これは、何か目の前の状況が一瞬で変わるという約束ではありません。恐れがすぐに消えるという保証でもありません。けれども、その恐れの只中に、神様が共におられるようになった。イエス・キリストがあなたのもとに来てくださった。これが、取り去られることのない喜びなのです。
天使の言葉には、もう一つ大切な表現があります。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる」この御言葉から言える第三のことは、その喜びは「あなたにも与えられる」ということです。天使はこれが、「民全体に与えられる喜び」だと言いました。この喜びは、何か特別な立場にいる人だけのものではありません。すでに信仰を持っている人だけのものでもありません。あるいは道徳的に立派な人や、人から称賛される人だけのものでもありません。この喜びは、最初から特定の誰かに限定されたりはしていないのです。
クリスマスは、この「恐れるな」「喜びなさい」という神の言葉を、皆様自身が聞く日です。馬小屋に来られた救い主には、誰でも近づくことができます。あなたのためにも、民全体に与えられる大きな喜びは、確かに告げられている。このことを、ぜひ心に抱いていただきたいと願っています。このクリスマス、その静かな良い知らせが、皆様の心に確かに届きますように。