2021年11月28日「系図に示された福音」

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アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。(1節)マタイによる福音書 1章1節~17節

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本日からマタイによる福音書を読んでいきたいと願っています。

1節に「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」と表題が記されまして、2節以降16節に至るまで人の名前が記されていきます。系図に馴染みのない方がこれを見ると、ひたすらカタカナが並んでいるように映るかもしれませんが、しかしこれが書かれた当時、イスラエルの人々にとってはこの系図が非常に重要な意味をもちました。そもそもメシアに関することだけに限らず、古代のユダヤ社会は、しばしば家系を問題にしました。そのことは旧約聖書に多くの系図が登場することからもわかります。まして、福音書記者のマタイがこれから語ろうとするのはユダヤ人が長い間待ち望んでいたメシアです。ですからイエスこそがイスラエルが待望したメシアであると読者を説得するためには、この事実を系図で示すことが不可欠的に重要だったわけです。

では、なぜこの系図によって、主イエスこそが、待ち望んだメシアであると理解されるのかというと、冒頭にありますように主イエスが「アブラハムの子」「ダビデの子」つまり「子孫」だからです。

創世記12章によると、神様は、遠い異郷の町カルデアのウルからアブラハムをお選びになりました。そして、「地上のすべての民族はあなたによって祝福される」という約束をもってアブラハムをパレスチナの地に召し出されました(創世記12:1-3)。神様のこの約束は、その後も、例えば創世記22章18節で「地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る」と繰り返されます。この約束に基づいて、全国民の祝福の基となる「アブラハムの子孫」とは、これからこの福音書で語っていくイエスのことである、と、福音書記者のマタイは冒頭でそう語っているのです。

さらに、福音書記者のマタイは、イエスが「ダビデの子孫」とも言っています。サムエル記下7章12節を見ると、神様はイスラエルの王ダビデにこのような約束をされています。

「あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に後を継がせ、その王国を揺るぎないものとする」。

ダビデの王朝がとこしえに続くと、このように祝福を約束されたのです。

ところが、その後現実のイスラエルはどうであったかというと、イスラエルの民は霊的に堕落して神様から離れ、バビロン捕囚とともにダビデ王朝は崩壊し、イスラエルは捕囚後も諸外国の支配に苦しんだわけです。このような現実を見て、イスラエルの民は切実に叫んだはずです。「ダビデの身から出る子孫とは誰ですか」このままではダビデ王朝の再建など夢のまた夢だ、という思いが、イスラエルの民を覆っていたのです。

このような背景の中で、イエスが「ダビデの子孫」であるとは、それでもなお神様の約束の歴史は相変わらずダビデの家を流れ続けていたことを意味しています。

神様はイスラエルを切り倒されて終わりになさったのではありませんでした。主イエスをこの地上にお送りくださったことで、約束に対するご自身の真実を私たちに示しておられるのです。