2025年03月23日「キリストの昇天」
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キリストの昇天
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- 金原堅二 牧師
- 聖書
使徒言行録 1章1節~11節
聖書の言葉
6さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。 7イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。 8あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」 9こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。 10イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、 11言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」(6−11節)使徒言行録 1章1節~11節
メッセージ
イエス様は、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」と仰っています。「力を受ける」とは、イエス様の証人となる力のことであり、地の果てに至るまで、イエス様を証しする力のことです。これから、使徒たちの働きを通して、ユダヤ、イスラエルの範囲を超えて、イエス・キリストが力強く証しされていきます。ユダヤ人と敵対関係にあったサマリア人にも、そして全世界の異邦人にも、イエス様のことが宣べ伝えられていきます。それほどの力が、聖霊によって与えられるのだ、と力強く約束されているのです。
聖霊によって、あなたがたには力が与えられる。このように約束されてから、イエス様は弟子たちの見ている前で、天にあげられていきました。イエス様が昇天されたことで、私たちは今、復活のイエス様をこの目で見たり、触れたりすることはできません。けれども、イエス様は今、聖霊によって、いつでもどこでも、私たちと共にいてくださいます。イエス様が天にいらっしゃって、私たちをご覧になっているからこそ、私たちはどこにいても何をしていても、イエス様と共に歩むことができるのです。私たちが教会で礼拝をささげているときにも、仕事をしているときにも、学校に行っているときにも、家庭にいるときにも、起きている時にも寝ている時にも、イエス様は聖霊を通して私たちと共にいてくださいます。目に見えないイエス様が、聖霊のお働きによって絶えず私たちと共にいてくださるのです。喜びの時には共に喜んでくださり、困難の中では慰めてくださり、励ましてくださいます。そういう恵みの中に私たちは生きているのです。
イエス様は天に昇っていかれましたが、イエス様との別れは永遠のものではありません。「あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる」。イエス様は世の終わりの時に、再び目に見える姿でおいでになります。それまでの期間は、聖霊が降って、イエス様の証人として使徒たちが遣わされる時代です。全世界にわたって、イエス・キリストの福音が宣べ伝えられていく時代です。私たちは今、そういう時代を生きています。
全世界に福音を宣べ伝えるということは、あらゆる違いをもった人々を、教会に招くことと同じ意味をもっています。民族を超え、文化を超え、言語の壁を超えて、さまざまな違いをもった人たちが教会に受け入れられる。それが、教会の姿です。様々な違いをもった私たちが、あらゆる違いを超えて、イエス・キリストに結び合わされていく。イエス・キリストによって一致していく。そういう、心躍るような、福音宣教の時代が始まりました。私たちもまた、再び来られるイエス・キリストを待ち望みながら、イエス・キリストを力強く証しして歩みたいと願います。イエス様は、たとえ目には見えなくても、聖霊を通していつも私たちと共に歩んでくださいます。そこに励まされ、力をいただきながら、大胆にキリストを証しして参りたいと願います。