2021年08月08日「神の常識と人間の良心」
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ルカによる福音書 15章11節~32節
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聖書の言葉
11また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。12弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。13何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。14何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。15それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。16彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。17そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。18ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。19もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』20そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。21息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』22しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。23それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。24この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。25ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。26そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。27僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』28兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。29しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。30ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』31すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。32だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」
ルカによる福音書 15章11節~32節
メッセージ
先週に引き続き、「放蕩息子のたとえ」と呼ばれる聖書物語を聞きました。主イエスがお語りくださった譬え話です。「福音書の中の福音書」と言われるほどに、聖書の中ではたいへん有名なお話ですが、それは同時に聞く者の心を捕らえ、救いへと導いてきたからでもあります。
また、この物語は聞く者たちの想像力を掻き立たせ、芸術や文学などの分野にもおいても大きな影響を及ぼしてきました。この物語を題材とした絵画や文学作品は実に多いのです。その中でもよく知られているのが、オランダの画家であるレンブラントの作品であると言っても過言ではありません。17世紀に生きた人物で、改革派教会の信仰に生きた人でもあります。レンブラントはこの放蕩息子のたとえを題材とした絵を一枚だけではなく、いくつも描いたのです。どれも興味深い作品ですが、やはり一番有名なのは「放蕩息子の帰郷」と呼ばれる作品です。放蕩息子のたとえを描いた最後の作品になります。レンブラントは放蕩息子のたとえを題材とした絵を描く度に、父親の姿を描くことに力が入るようになったと言われています。それはキリスト者として長く生きれば生きるほど、父なる神様のお姿が自分の中で大きくなっていくということでしょう。神様の愛がどんどん大きくなり、深くなり、確かなものとなっていくということです。レンブラントが最晩年に描いた「放蕩息子の帰郷」という作品には、その神様の大きく、そして、確かな愛が見事に現れていると言ってもいいでありましょう。レンブラントは、帰って来た弟息子を抱きしめている場面を描きます。弟は服を着ているというよりも、ボロ布を身にまとっているだけのように見えます。履いていた草履も底がボロボロで、今にも穴が空き壊れそうになっています。かかとの部分も完全につぶれているのです
弟息子は、父の家に居ることを拒み、自由と希望を求めて遠い国に旅立ちました。しかし、そこで放蕩の限りを尽くし、救いようのない絶望を経験しました。ユダヤ人が忌み嫌う豚の世話をさせられ、豚が食べるいなご豆を食べてでも空腹を満たしたいと思うほどに惨めで辛い経験、人間以下の経験をしたのです。弟はそこでやっと我に返ります。父の家では雇い人でさえお腹いっぱいになるほどの食事をしていたことに気付くのです。そして、自分が誰であるかということにも気付かされるのです。私は豚なんかではない。「父の息子」である。自分が帰るべき場所は「父の家」なのだ。しかし、好き勝手なことをして、父との関係を断つようにして家を飛び出したのですから、今更息子の顔をして帰ることなどできません。でも、「雇い人の一人」なら受け入れてくれるかもしれない。そのわずかな可能性にすべてを託し、いのちからがら、何とか父の家に帰って来ることができたのです。
そこで驚くべきことが起こりました。父は帰って来た息子がまだ遠くにいるのにもかかわらず、すぐに見つけ、憐れに思い、抱きしめ、そして接吻します。「お前は雇い人などではなく、わたしの愛する息子である。どれだけお前が神の御心に反することをしたとしても、家族を悲しませたとしても、お前がわたしの息子であることに変わりはない。」「お前は死んでいたのに生き返ったのだ。いなくなっていたのに見つかったのだ。さぁ、祝宴を開こう!」父はそう言うのです。この父親の姿こそ、主イエスが私どもに伝えたかった神様のお姿です。弟の想像を遥かに超えた父の大きな愛、人間の常識を遥かに超え、豊かな愛に満ちた神様の愛を、主イエスは私どもに紹介してくださるのです。
レンブラントはこの時も父の姿を強調して描きました。特に、帰って来た息子を両手でしっかりと抱きしめている姿が印象的です。父の前でひざまずき、懐に飛び込む弟息子をしっかりと受け止めるのです。弟の肩甲骨の辺りを両手で(このように)しっかりと押さえつけているのです。その父親の手が、とても大きく力強く描かれています。絵を見る限り、父親はもうおじいさんとも言えるような年齢ですが、その両手は実に健康的で力強さを感じます。そして、これはレンブラントの他の絵にも見られることですが、大事なところにはしっかりと明るい光が当てられています。つまり、父親の力強い両手に光が当てられているのです。父なる神様の愛は、放蕩息子を迎えた父の両手のように確かなもの、力強いもの。この神の愛によって、あなたもまた捕らえられているのだ。そのような救いのメッセージを、レンブラントは自分の作品をとおして改めて人々に伝えたかったのではないでしょう。
本日も「放蕩息子のたとえ」から御言葉をとりつぐにあたり、改めてレンブラントの作品を眺め、それらの絵について解説されているいくつかの本を読みました。先程紹介した「放蕩息子の帰郷」という作品ですが、この絵を見て心打たれることは、先程も申しましたように、父の前でひざまずく弟息子を、父親がしっかりと抱きしめる場面です。他にも何人か人物が描かれているのですが、そこに注目する人はまずいないでしょう。しかし興味深いのは、聖書を読む限り、弟が帰還した場面にはいなかったはずの兄が、レンブラントの絵の中には描かれているということです。そして、この兄にもしっかりと光が当てられているということです。なぜでしょうか。なぜ、この場面にいないはずの兄をわざわざレンブラントは作品の中に描き、そして、光を当てたのでしょうか。それはこのあと詳しく見ていきたいと思いますが、兄もまた弟の同じように「失われた息子」であったからです。そして、兄に光が当てられている理由は、兄が抱える闇を暴くためというよりも、この兄もまた父の愛の中にあるということ。この兄もまたイエス・キリストの十字架によって示された神の愛によって、どうしても救われなければいけない存在であるということを示すためなのです。
もう少しだけレンブラントの話を続けますが、彼が描く兄は、父親とまったくと言っていいほどよく似た格好をしています。同じ赤いマントをはおり、あごにも立派なひげをたくわえています。それだけで、父の息子であり、しかも長男であるということがよく分かります。しかし、見た目は父とたいへん似ているのですけれども、その心は父から遠く離れてしました。父の御心を弟と同じように見失っていたのです。だから、兄は帰って来た弟のところに近付こうとしません。父が弟息子を抱きしめる心打たれる場面を、どこか冷めたい目で見つめているのです。また、父のように両手で抱きしめようともしません。自分の右手で自分の左手を握りしめています。その握られた手がほどかれ、弟を抱きしめることなど絶対にありえないのです。レンブラントは父と弟を左側に描きます。兄が立っているのは右側です。真ん中には奥のほうに雇い人らしき人物の顔がうっすら見えるだけで、他は何もないのです。何もないというよりも、レンブラントは真ん中の部分に深い闇を描いていると言ったほうがいいでしょう。兄と父、兄と弟の間には距離があり、闇があるということです。
この譬え話は、弟息子一人だけの話ではありません。11節で主イエスは「ある人に息子が二人いた」という言葉をもって物語を始められました。主イエスの意図は、弟息子と父の話だけをして終わりにしたかったのではないのです。兄と弟、二人の息子の話を伝えたかったのです。兄と弟とではどうも性格が違うようですが、同じ兄弟であることに違いありません。二人とも父の息子であることに変わりはないのです。二人とも父からすれば、失われた息子であり、それゆえに、救われなければいけない息子なのです。父のもとから先に離れて行った弟息子は、家に帰って来ました。父の喜びが収まる様子はありません。むしろますます父の喜びは大きくなっていきます。弟に良い服を着させ、指輪をはめ、上等な履物を履かせます。お前は雇い人ではなく、間違えなくわたしの息子だ。そう言って、父は祝宴を始めるのです。弟のために、肥えた子牛が屠られます。美味しそうな料理の匂いが、家の外にまで広がっていたことでしょう。また、音楽が奏でられ、それに合わせて人々が踊ります。25節の「音楽」という言葉は、英語で「シンフォニー」と訳される言葉です。シンフォニーというのは「交響曲」という意味ですが、さらに掘り下げると、「共に響き合う」「共鳴する」という意味があります。父である神様が催してくださる祝宴には、神の喜びが響き渡っています。「死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ」という歌声が響き渡り、それに応答するように、神の愛をたたえる賛美が響き渡っていたことでしょう。その明るい音楽や歌声が家の外にまで鳴り響いているのです。
この異変にすぐに気付いたのは、畑仕事から帰って来た兄でした。何が起こったのか?と思ったことでしょう。雇い人の一人を呼んで尋ねるのです。雇い人は答えます。「弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。」兄はこの事実を知って、喜ぶどころか唖然としたのです。そして、段々と怒りがこみ上げてきました。怒りに支配された兄にとって、家の中から聞こえてくる喜びと愛の交響曲など、まったく心に響いてきません。父の喜びが自分の中で共鳴することはないのです。むなしく鳴り響くだけなのです。ただうるさい音楽に過ぎません。だから、兄は家の中に入る気などまったくないのです。家の外で孤独に立ち続けています。深い闇の中で一人立ち続けるのです。その闇というのは、父との関係、そして、弟との関係において亀裂が生じていることから生じる深い闇です。父と弟との正しい関係の中に立つことができていないのです。だから、祝宴の席に入ることができず、家の外に立ち続けていたのです。そこに明るい光はありません。
しかし、怒りに心を支配されている兄を捜しておられるお方がおられます。それが父でした。28節にこうあります。「兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。」父は、また祝宴の途中であるにもかかわらず、家の外にわざわざ出て来てくださいました。弟息子の帰還を喜びつつも、父の心の片隅にはどうしても気になることがあったのでしょう。それがもう一人の息子である兄の存在でした。家に居るべきはずの兄がいないのです。弟のことを共に喜び祝うべき兄が家にいないのです。それは仕事で外に出ているからという話ではありません。父にとって愛すべきもう一人の息子が、かつての弟のように見失われた存在になってしまっているということです。だから、父は祝宴を中座してでも家の外に飛び出して、兄を捜そうとするのです。幸い、すぐに見つけることができました。しかし、そこで深い問題が明らかになりました。兄は怒りで心がいっぱいになっているということ。弟の帰還を喜ぶどころか、家に入ることすら拒否しているということです。それで、父親は「なだめた」というのです。なだめるというのは、「勧めの言葉を語る」とか「慰める」という意味があります。元々は「側に呼び寄せる」という意味です。父は怒る兄を招いておられます。こっちに来なさい。こっちに来て、共に喜び祝おうではないか!弟が帰って来たのだから!死んでいた弟が生き返り、いなくなっていた弟が見つかったのだから!
しかし、兄には父の言葉が響いてきません。兄は父に言うのです。29〜30節「このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。」兄は弟とは違って実に優等生です。親にとっては、ほとんど心配する必要がないほどにすべてを完璧にこなす息子でした。父の言いつけに背くことなく、ひたすら真面目に仕えるのです。しかし兄の言い分は、これほど真面目に生きていたのに、自分には何の報いもないではないか。反対に、放蕩の限りを尽くした弟には、自分もいただいたことがない肥えた子牛を屠ってあげている。兄は父がしていることに対して、不条理を感じ、不公平さを覚えたのです。兄の怒りは、弟に対してというよりも、明らかに父に向けられています。
一見、真面目に見える兄の姿ですが、この譬え話をお語りになった主イエスはとても深い洞察をしています。それが、29節の「このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています」という言葉です。問題はこの「仕える」という言葉です。仕えるというのは、私どもも信仰生活の中で頻繁に用いる言葉でもあります。主に仕えるとか、教会に仕えるというふうに言うことがあります。しかし、この29節の「仕える」という言葉は、それとはまったく違う言葉が用いられます。元々は「奴隷」を意味する言葉が用いられているのです。喜んで、自由に仕えていたのではなく、奴隷のように、主人である父から言われるがまま、嫌々仕えていたということです。だから、父と一緒に家にいることなど喜びでも何でもありませんでした。苦痛であり、重荷でしかなかったのです。弟もそんな兄の生活を見抜いていたのかもしれません。兄のように不自由で喜びのない人生をこの家で送るくらいなら、父の家を飛び出したほうがマシだと思ったのかもしれません。兄は自分のことを、「父の奴隷」だと思い込んでいました。だから、自分が自分であることを抑え続けていたのです。自分で自分を殺すようにして、ただ言われるがまま、奴隷のように働き続けていただけなのです。周りから見れば、実に真面目に父の前で仕えて生きているのです。しかし、その心に喜びはありませんでした。兄も本当のことを言うと、家を出て行った弟のことが羨ましかったのです。つまり、本当は自分も弟のように父の家を出たかったということです。行動に移す勇気がなかっただけで、本当は兄もまた父の家から離れた遠いところに生きる喜びを見出そうとしていたのです。
しかし、それでも兄が父の家に留まったのは、どうしてでしょうか。それは父から自分の行い、自分の真面目さを評価してほしいと思ったからです。評価され、認めてもらえさえすれば、自分が奴隷であろうが何であろうが構わない。自分の立派な生き方が報われさえすれば、もうそれでいい。そのことを期待し、信じて生きていたのです。そのように日頃から自分の功績や他者からの評価に生きようとする者は、何でも計算をして生きるようになるのではないでしょうか。これくらいのことをすれば、これだけの対価がいただけるということを、いつも考えながら生きているのです。兄も同じでした。しかし、その兄の計算がここで大きく崩れたのです。放蕩の限りを尽くし、本来、評価されるどころか、裁かれて当然の弟が受け入れられ、盛大な祝宴を開いてもらっている。かたや、真面目に生きていた自分はどうだろうか。友達が来た時にも子山羊一匹すらくれなかった。それなのに、なぜ父はあの弟のために肥えた子牛を屠ってあげているのか。まったく父の考えていることが分からない。そこに激しい怒りが生まれました。その怒りは父の慰めさえも拒むのです。
ところで、この兄とはいったい誰のことを指しているのでしょうか。そもそも主イエスがこの譬え話をなさったきっかけは何だったのでしょうか。第15章1〜2節に次のようにあります。「徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、『この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている』と不平を言いだした。そこで、イエスは次のたとえを話された。」主イエスは、この時だけではなくていつも徴税人たちや罪人を招いて食事の交わりをしていました。共に食事をするというのは、一緒に食事の席に着くその人たちと仲がいいということのしるしでありました。だから、罪人と食事をするというのは、「わたしは罪人の仲間だ」と言っているようなものです。このことをファリサイ派や律法学者と呼ばれる信仰の指導者たちには理解することができませんでした。それでイエスを非難したのです。文句を言ったのです。まさに、ファリサイ派、律法学者こそ兄の姿そのものです。神を信じる信仰に生きる者は罪人と交わりを持つべきではない。彼らと距離を置くべきだ。いや、彼らと関わってはいけないのだと考えていました。それで主イエスは、「いや、あなたがたの考えは間違っている。私たちの神様の御心とはこのようなものなのだ」と言って、3節以下に記されている三つの譬え話をお語りくださったのです。
「放蕩息子のたとえ」は、今では「福音書の中の福音書」と呼ばれるほどに、聞く者の心に迫る神の言葉です。しかし、一番最初に聞いたファリサイ派、律法学者はこの譬え話を聞いて、感動して、悔い改めて、ついに主イエスを信じるようになったわけではありませんでした。まさに、譬え話に登場した兄のように、なだめようとする父の愛を拒みました。父の喜びを共にすることができませんでした。そしてやがてこの譬え話をお語りになった主イエスを捕らえ、十字架につけることになるのです。そのように考えますと、この物語は「神様の愛は素晴らしい」と言って、手放しで喜べるような話ではないのではないか、と思わされます。なぜなら、私どもの中にも兄の心が深く根付いているからです。
この時、兄は父のことについて怒っていたのです。しかし、どうしたら兄は怒らずに済んだのでしょうか。どうしたら兄は機嫌良く家に入って、一緒に祝宴の席に着いてくれたのでしょうか。そもそもこの祝宴は兄の許可もなく開かれました。また、兄が仕事から家に帰って来てないのにもかかわらず、先に始められたのです。このことに対しても、兄は怒りを覚えていたことでしょう。しかし、それらの兄の怒りを納めるためには、どうしても「正しい人間は兄」であり、「悪い人間は弟」であるということを、父からはっきりと言ってもらいたかったのではないでしょうか。兄である自分こそ、父から愛されるべき人間であり、弟は愛されるに値しない人間なのだということを、はっきりさせてほしかったということです。そして、弟は父だけではなく、迷惑を掛けた兄に対しても謝罪をちゃんとしなければいけないということです。「もう二度と好き勝手ことはしません。これからは、お父さんだけでなく、お兄さんの言うこともちゃんと聞いて生きていきます。だから、どうかお赦しください。家に入れてください。」そのように兄に対しても、自分の非を認めて、謝ったならば、渋々ではあるかもしれませんが、兄は弟のことを赦したかもしれません。
兄が父に求めていたのは、自分に対する正しい評価でした。しかし、実際はそうではありませんでした。兄は自分が正しく評価されていないこと、そして、評価されるはずがない弟のほうが自分よりも恵まれているように見えたのです。あまりの理不尽さに、兄は怒りを覚えました。この譬え話を聞く私どもも、案外兄の気持ちが分かるという人が多いのではないでしょうか。これではまったく兄が報われないではないか。兄が怒るのも無理はない。あまりにもかわいそうだと普通だったらそう思うのではないでしょうか。父である神のなさり方が、この世界でまかりとおるならば、たいへんなことになってしまうではないかと思ってしまうのです。しかし、実はここに私どもが抱える深い問題があるということに気付かなければいけません。ここにファリサイ派や律法学者と同じ罪の問題があるということなのです。少しでも、「私は兄の気持ちが分かる。兄がかわいそうだ」と思い始めた時に、既に私どもは神の愛を拒んでいるということです。兄の気持ちに少しでも同情するということは、神様の愛のあり方や、罪人を救おうとする神の救いのあり方に納得していないということです。「神のなさり方は、私どもが望む正義のあり方、愛のあり方ではない」と言っていることと同じなのです。その時に、「あなたがたもまた自分自身を見失っているのだ」と主イエスはおっしゃいます。「兄の気持ちが私にも分かる。」そのように言いつつ、しかし、そんな自分が見失われた存在になっているという事実に、私自身、正直絶望するような思いがいたします。
ある聖書学者このようなことを言っています。「キリストが来てくださったこと、それは、本当に不思議なこと、最も不思議なことである。主イエスは、私どもと私ども自身の良心から守るために来てくださった。」私どもが救われるとはどういうことでしょうか。もちろん、それは「罪」から救われるということですが、この罪というのが私どものどこに存在するのでしょうか。それはあなたの「良心」にあるというのです。私どもが人間であるというのは、自分が「良心」を持っていることだと考えます。その良心に従って生きることこそが、まさに人間らしいあり方だと思うのです。私どもの良心からすれば、父が放蕩の限りを尽くした弟息子を喜んで迎え入れるなどということはあり得ないことです。そして、もっとあり得ないのは、真面目に生きていた兄が、まったくと言っていいほど報われていないように見えているということです。そのように、父のなさり方について疑問や不平を抱く私どもは、結局最後に何をしてしまうのでしょうか。それは、自分たちの良心を満足させるためにキリストを十字架につけ、人間が正しく生きるというのはこういうことなのだということを明らかにしたということです。しかし、人間の良心を守り、救うためにどうしてもキリストの十字架が立つ必要がありました。この譬え話に登場する父、つまり、神様のお姿は人間の良心からすれば受け入れがたいものです。この父親の姿は、世間の常識ある父の姿ではありません。しかし、そのような父であるからこそ、私どもの良心からも救い出してくださいました。「良心をちゃんと持っているからこそ、私はまともな人間なのだ」と言いながら、そこで神の愛を拒んで生きている、そのような私どもを救ってくださるのです。
神様は私どもの常識を遥かに超えたお方です。放蕩の限りを尽くして帰って来た弟を、怒りによって突き放すどころか、自ら走り寄り、抱きしめ、「お前はわたしの愛する息子だ」と言って、心から喜んだのです。人間から見ればあまりにも常識外れな神様の愛は、弟だけでなく、兄に対しても同じように向けられています。本日はルカによる福音書に先立って、旧約聖書ホセア書第11章の御言葉を聞きました。その8〜9節にこうあります(旧約1416頁)。「ああ、エフライムよ/お前を見捨てることができようか。イスラエルよ/お前を引き渡すことができようか。アドマのようにお前を見捨て/ツェボイムのようにすることができようか。わたしは激しく心を動かされ/憐れみに胸を焼かれる。わたしは、もはや怒りに燃えることなく/エフライムを再び滅ぼすことはしない。わたしは神であり、人間ではない。お前たちのうちにあって聖なる者。怒りをもって臨みはしない。」神様は激しく心動かされるお方です。憐れみに胸を焼かれるお方です。そして、注目すべきは、神様は怒りに燃えるお方ではないということです。怒りに任せて、私ども人間を滅ぼすようなことなど、もうしないとおっしゃるのです。どうしてでしょうか。神様はおっしゃいます。「わたしは神であり、人間ではない」からです。人間だったならば、一度着いた怒りの火が消えることはないでしょう。自分の中にある良心や正義こそすべてだからです。しかし、神様はおっしゃいます。「わたしは神であり、人間ではない。お前たちのうちにあって聖なる者。怒りをもって臨みはしない。」神が神であられるがゆえに、私どもは見捨てられることも、滅ぼされることもないのです。驚くべき愛をもって、神は私どもを罪から救い出してくださるのです。
この神様の愛が、兄に対して真っ直ぐに向けられていきます。父と兄の間には、また兄と弟の間には深い闇が存在していました。しかし、父自らその闇の中に入って来てくださるのです。だから父は家を出て、兄を捜してくださいました。兄もまた弟のように失われた存在であり、父にとって死んだも同然であったからです。しかし、どうして愛する我が子が死んでいいというのでしょうか。どうして滅んでいいのでしょうか。死ぬことではなく、生きること、救われることこそが、父である神様の御心なのです。31節で、父は兄に言うのです。「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。」父は兄に「子よ」と呼びかけます。自分は父の息子の資格はない。雇い人の一人だと言っていた弟に対して、父は「この息子」と呼んでくださいました。父にとって、兄も同じように「わたしの愛する子」であるということに気付いてほしいのです。その一心で、「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ」と呼び掛けています。また、兄の問題は、自分の弟を受け入れることができないところにもありました。30節で兄は「ところが、あなたのあの息子が…」というふうに、まるで弟のことを他人のように呼んでいます。「私の弟が…」というふうにもう呼べなくなっているのです。父なる神様の願いは、神様との和解だけに留まりません。「私の父よ!」と呼ぶことができるようになった者は、「私の弟、妹」「私のお兄さん、お姉さん」というふうに、兄弟のことを正しく呼ぶことができるように導かれていくのです。
主イエスの譬え話は次のような言葉で締め括られています。32節。「『だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」この言葉を聞いた兄は、最後にどのような行動を取ったのでしょうか?家に入ったのでしょうか?入らなかったのでしょうか?その結末について、聖書は何も記しません。分からないままです。主イエスはこの譬え話をとおして、父なる神様の常識外れの愛を語りつつ、その中に招いておられます。そして、あなたはどのような人生を生きるのか?そのことを主イエスは私どもに委ねておられるのです。主イエスが御自分の言葉でこの譬え話の結論をお語りにならないのは、私どもがこの物語の中に生き、神の救いの招きに実際に応えて生きるためです。「この話はいい話だ」と言って、外側に立って見ているだけではダメなのです。実際に神の救いの物語にあなた自身が生きなければ意味がないのです。
ファリサイ派と律法学者は、残念ながら御心にかなった仕方で、主イエスの招きに応えることができませんでした。しかし、主イエスの御心は明らかでありまして、この物語を聞いた私どもが父なる神様の家に入り、祝宴に加わることを願っておられます。私どもの思いを遥かに超えた神様の愛を前にして、私どもは立ち尽くしたまま動くことができないかもしれません。自分の良心と自分の正義が、神の常識であるその御心を拒み、ますます深い闇に陥ってしまうこともあるでしょう。しかし、主イエスはそのような私どものことをすべてご存知なのではないでしょうか。「祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか」と言われても、どうしたらいいか分からない私どものことを。あるいは、間違った仕方でしか神様に応えることができない。そのような私どもであることをご存知なのではないでしょうか。しかし、そのことを十分承知の上で、神の祝宴に招いていてくださるのです。
神様のもとに立ち帰り、神様が開いてくださる祝宴に集う時、私どもは本当の自分を見出だすことができます。「死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」そう言って、異常なまでに喜んでくださる神様の御声を聞く中で、私どもは、神を神としてあがめ、同時にそこで本当の自分を知るのです。この祝宴というのは、いつも主イエスが私どものために用意してくださる主の日の礼拝のことでもあります。感謝しつつ、いつもここで心に留めることがあります。この神の祝宴が開かれるために、神様はたいへん痛ましい手続きを取らなければいけなかったということです。神様の正しさが貫かれるために、人間からすれば非常識な愛、人間の良心では到底受け止め切れないような常識外れな愛をもって、私どもを罪と滅びから救い出してくださいました。そのために、ここで神の愛を語ってくださったイエス・キリストが十字架について死ななければいけなかったのです。
しかし、三日目の朝、日曜日の朝に主は甦ってくださいました。だから、キリストの十字架に示された神の愛はどんなことがあっても揺らぐことはありません。私どもを見て、憐れに思い、走り寄り、抱きしめてくださる神。私どもを捜し、なだめ、招いてくださる神様の慈しみは決して変わることはありません。だから、神の愛を拒む理由などどこにもないのです。だから、私どもは主の日の礼拝に集い続けます。復活の主が、いつもここで喜びのシンフォニーを奏でてくださいます。わたしの喜びを、あなたの喜びをして生きてほしいと願っておられます。まだ洗礼を受けておられない方、信仰告白をしておられない方がいるならばどうぞ躊躇することなく、主イエスを信じて生きる歩みへと踏み出していただきたいと心から願います。
その時に、もう私どもはいなご豆を食べてでも腹を満たしたいなどというふうに惨めな生き方をしなくてもよくなります。あの人は肥えた子牛で、なぜ自分には何にもないのか?というふうに評価や比較の世界の中で苦しむということから解き放たれます。この私を生かすのは、主イエスが与えてくださるいのちの糧であると、私どもは心から信じています。聖餐式のパンとぶどう酒が示しているように、主イエスの救いの恵みが私どもを最後まで生かすのです。「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。」そのように言ってくださる神様が、私どもとこの朝も共にいてくださいます。「わたしのものは全部お前のものだ。」そのように約束してくださる神様の豊かさに養われて、これからも祝福された歩みを神様と共に、兄弟姉妹と共に重ねていくのです。私の父、私の兄弟がここにいるのです。お祈りをいたします。
父なる神様、あなたは御子イエス・キリストを、私たちの救いのために惜しみなく献げてくださいました。簡単に受け止めることができないほどに、あなたの愛は深く大きなものであることを改めて思います。それゆえに、どうか私たちをあなたの愛と喜びの中にいつも招いてください。私たちの心が揺らいでも、あなたの愛と慈しみはいつも確かであることを信じ、喜んで御前に立ち続けることができますように。神様が与えてくださる良きものによって、私たちを豊かに祝福してください。主イエス・キリストの御名によって感謝し、祈り願います。アーメン。