2024年6月30日(日) 日曜礼拝「ラザロが眠っている」

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2024年6月30日(日) 日曜礼拝「ラザロが眠っている」

以下をクリックすると説教を見ることができます。https://youtu.be/P5PcAWmux9A




ラザロが眠っている       ヨハネ11:1-16

 イエスのもとにマルタとマリアから「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」(11:3)との訴えが届きました。

イエスは、病気は「神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである」(4)と語って、その場所になお二日とどまっていました。すぐに行かなかったのは、ラザロが死ぬのを待ったからです。

 死ぬまで待ったイエスには考えがありました。それは、ラザロが死ぬことの悲しみをマリアとマルタに経験させるためです。

 同時にイエスと愛における交わりの中にいる者には、死は無力であり、復活の命というまことの希望があることを理解させるためです。わたしたちも、肉親や親しい者との死別がどんなに悲しく、人が死に対して無力であるかを身をもって知ることが、キリストにある永遠の命の意味を深く理解するには必要なのかもしれません。

 二日たってイエスがユダヤに行くと言ったところ、弟子たちはユダヤ人がついこの間石で殺そうとしたのにまた行くのかと驚きました。そこでイエスが「昼のうちに歩けば、つまずくことはない。この世の光を見ているからだ。しかし、夜歩けば、つまずく。その人の内に光がないからである。」(10)と答えました。謎めいていて真意不明なのですが、夜歩けばその人のうちに光がないのでつまずくというのですから、内に真の光を持っていれば、神の子を殺そうとする罪の闇の中でも大丈夫だという意味ではないかと考えます。わたしたちも内にキリストという光を得たことで、自分の罪に勝利し、罪深い世を神の子として歩むことができるようになりました。

 また、イエスはラザロの死について、ラザロが眠っているので起こしに行くと語っています。Ⅰコリ15:6,18,20やⅠテサ4:13-15には、キリストにあって葬られた者について「眠っている」と記されています。復活して起き上がることを前提にした表現です。イエスはラザロを起こしに行くので「眠っている」と言いました。キリストにあって葬られた者は、復活の時まで眠っている、休息しているのです。


毎週日曜は礼拝の日

日本キリスト改革派 仙台カナン教会は、毎週日曜日に神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。お仕事などで都合のつかない方は、水曜日の祈祷会(お祈りの会)がおすすめです。

日曜礼拝
毎週日曜日 午前10時30分~12時00分
必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
祈祷会
毎週水曜日 14時00分から15時30分
こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。

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