毎週日曜は礼拝の日
日本キリスト改革派 仙台カナン教会は、毎週日曜日に神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。お仕事などで都合のつかない方は、水曜日の祈祷会(お祈りの会)がおすすめです。
- 日曜礼拝
- 毎週日曜日 午前10時30分~12時00分
- 必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
- 祈祷会
- 毎週水曜日 14時00分から15時30分
- こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。
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説教要旨
エフェソ書は5:21以下で、夫と妻の順ではなく、小見出し「妻と夫」のとおり、まず妻に対する勧めを書き、次に夫に対して書いています。「子と親」についても、「奴隷と主人」についても、あの時代に目下と思われる側をまず取り上げています。この順には意味があります。
新共同訳は妻への勧告を「仕えなさい」と訳していますが、「従いなさい」です。
それゆえ、妻、子、奴隷に対する勧めは、「従いなさい」(5:22、6:1、5)という点で共通しています。パウロは、従うべき者に対しては従わねばならないという原則を変えようとしません。それがあるべき家の秩序だからです。ただし、ただ従うことを求めるだけではなく、従うことの個別の理由また動機を各々に向けて書いています。この理由・動機においてキリスト教らしさを出そうとしているのがパウロの姿勢です。
今日では、キリスト教的理由を示したとしても、「従うこと」を一方だけに求めることは無理なことでしょう。この原則を奴隷と主人の関係に適用できないことは明らかです。今日の日本において、奴隷という身分のそのものが認められておらず、関係そのものが存在しません。
「妻と夫」についても、ここで教えられていることを今の夫婦に直接適用するなら不和のもとになりかねません。
辞書などを使って聖書の文の意味を正確に知ろうとすることを釈義と言います。つきつめるなら、書かれた文章からパウロの意図を読み取ろうとすることです。そのうえで、パウロの教えを今日どのように適用するかということを考えます。これを聖書の解釈といいます。
「子と親」の関係について、パウロは子に男女の区別をつけず、男の子らしく、女の子らしくという示唆もありません。この時代、一般に、女児より男児が求められていました。
また、子供に向けて、「子供たちよ」と呼びかけ、きちんと勧めがなされている点も大切です。子供も神の民の一員です。