毎週日曜は礼拝の日
日本キリスト改革派 仙台カナン教会は、毎週日曜日に神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。お仕事などで都合のつかない方は、水曜日の祈祷会(お祈りの会)がおすすめです。
- 日曜礼拝
- 毎週日曜日 午前10時30分~12時00分
- 必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
- 祈祷会
- 毎週水曜日 14時00分から15時30分
- こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。
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説教要旨
今日の聖書箇所から本文の最後である6章20節まで、信者一人びとりの有り方、振る舞いに話が移っていきます。しかし、単なる個人の問題としてではなく、教会の一致をつくり出すためです。また、「神から招かれたのですから、その招きにふさわしく歩む」(4:1)ことの具体的展開であると言うことができます。
書き出しに「主によって強く勧めます。もはや異邦人と同じように歩んではなりません」(17)とあります。主にあってはユダヤ人と異邦人の区別はない、とこれまで主張してきたパウロです。ここでの異邦人とは22節で「以前のような生き方・・・古い人を脱ぎ捨て」とあるとおり、キリストを信じる前の人間の姿です。「以前は自分の過ちと罪のために死んでいた」(2:1)と書いてあったのと同じ意味です。
キリスト者らしい具体的有り方についての教えは、25節以下からはじまります。その具体的教えに入る前に、キリスト者とは何者であるかについて教えています。「古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け」(22-24)た者です。
この聖句の訳には、「古い人を脱ぎ捨てなさい、新しい人を身につけなさい」という理解と、「すでに古い人を脱ぎ捨て、新しい人を身に着けたのだから」という別の理解があります。前者は、新しい人になることを目指して頑張りなさいということになります。別の理解は、神の恵みにより、すでに新しい人につくりかえられている、です。
わたしは、別の理解が正しいと考えます。そうであると、25節以下の具体的教えの意味もまったく違ってきます。
新しい人とされたの「だから、偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りなさい」(25)。新しい人となるために、また神の子になるために、25節以下の教えを守るのであれば、絶望にいたります。新しい人に、また神の子にされたのだから、ふさわしく生きようとするのであれば、その心は感謝と喜びに満ちています。