2023年01月29日「イエスは涙を流された」
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イエスは涙を流された
- 日付
- 説教
- 橋谷英徳 牧師
- 聖書
ヨハネによる福音書 11章28節~37節
音声ファイル
聖書の言葉
28マルタは、こう言ってから、家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。 29マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った。 30イエスはまだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた。 31家の中でマリアと一緒にいて、慰めていたユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追った。 32マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。 33イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、 34言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。 35イエスは涙を流された。 36ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。 37しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。ヨハネによる福音書 11章28節~37節
メッセージ
メレジュコフスキーの言葉
「ラザロがもうすぐ復活することを承知しておられたならば、なぜイエスは泣かれたのであろう。だが人間は、すべてのものを疑い得たとしても、この涙だけは疑うことはできない。この涙がもたらした炎は、人類のこころの内に消し難い痕跡を残したのである。人間は、この涙を信じることはできた。そして、世の終わりまでこれを信じ続けるであろう。死に赴く者にとって、この涙は、死の闇を照らす光である。消えることのない星のごとく輝くのである」
(説教黙想集成より)