2025年04月03日「主の祈りの学び23 第四祈願 6」

問い合わせ

日本キリスト改革派 岡山西教会のホームページへ戻る

主の祈りの学び23 第四祈願 6

日付
説教
田村英典 牧師
聖書
マタイによる福音書 6章9節~13節

聖句のアイコン聖書の言葉

6: 9 ですから、あなた方はこう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名が聖なるものとされますように。
6:10 御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように。
6:11 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
6:12 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。
6:13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』マタイによる福音書 6章9節~13節

原稿のアイコンメッセージ

 主イエスが祈りの模範としてお教え下さった主の祈りの第四祈願、「私たちの日毎の糧を、今日もお与え下さい」(マタイ6:11)を学んで来ました。前回は、1647年頃に作られましたウェストミンスター大教理問答(宮崎彌男訳)の問193を見ました。大教理問答は読むだけで大変教えられます。既に学んだことと重複する点もありますが、大切な点を再確認できるのですから、それも感謝なことです。

 今日は問193の答の後半、つまり、祈りを教える部分に進みます。

 大教理は言います。「自分自身と他の人々のために、次のことを祈り求めます」と。

 「他の人々のために」とあります。何気ない一言のようですが、主の祈りは元々自分のためだけの祈りではありません。ですから、最初の神への呼びかけから始めて私たちは次々と祈って行きますが、第四祈願を祈り唱える時も、瞬時に自分の意識を広げ、自分のことだけに留まらないようにしたいと思います。

 続いて、大教理は祈りの内容に進みます。読んでみます。「次のことを祈り求めます。すなわち、彼らも私たちも共に、合法的手段を用いるにあたって、日毎に神の摂理を期して待ち、神の無償の賜物から、父としての知恵に照らして最善と思われるところに従って、その外的祝福の相当な分を享受できるように、…。」

 確認させられる大切な第一の点は、生きて行く上で必要な外的祝福を神から頂くために、通常、私たちは働くなど何か行動をしますが、それは合法的手段に限られるということです。これは当然のことです。ですが、神は不法行為を決してお赦しにならず、それをすると私たちは必ず神に罰せられることを、決して忘れたくないと思います。

 二つ目は、「日毎に神の摂理を期して待」つことです。罪の中に落ちた私たちの労働は、期待通りの実を必ず結ぶわけではありません。創世記3:17、18で神は、堕落後のアダムと彼を代表とする私たち全人類に対してこう言われました。「大地は、あなたの故に呪われる。あなたは一生の間、苦しんでそこから食を得ることになる。大地はあなたに対して茨とあざみを生えさせ、あなたは野の草を食べる」と。罪と堕落が私たちにもたらしたものは、何と厳しく重い現実でしょうか。

 私たちは無論、働きます。けれども、「日毎に神の摂理を期して待」つとあるように、憐みに満ちた神の摂理に期待することを忘れたくないと思います。

 第三点に進みます。大教理は教えます。「神の無償の賜物から、父としての知恵に照らして最善と思われるところに従って、その外的祝福の相当な分を享受できるように」祈りなさいと。

 創り主なる神こそが全ての良き物の源であられ、私たち罪人が頂けるものは、全て「神の無償の賜物」でしかありません。その根本的事実を深く覚え、大教理が言う通り、「父としての知恵に照らして最善と思われるところに従って」外的祝福の相当な分を享受できるように祈り求める姿勢が必要です。つまり、食べ物や衣服や住居など外的祝福を、私たち自身の願望に従ってではなく、主イエスの故に私たちの父となって下さった生ける真(まこと)の神が、その最高の知恵により私たちにとって最善と思われるところに従って、最も適切な分を下さるように、と期待する姿勢がとても大切です。しばしば引用しますが、箴言30:8、9のように「貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で、私を養って下さい。私が満腹してあなたを否み、『主とは誰だ』と言わないように。また、私が貧しくなって盗みをし、私の神の御名を汚すことのないように」という信仰がとても大切です。

 更に大教理は「それをきよく有益なものとして用いて満足する時に、それを私たちにとって継続的で祝福されたものとして下さるように、更には私たちのこの世での支えと慰めに反するようなあらゆることから守られるように」と祈ることを教えます。

 神からの外的祝福を私たちがきよく有益なものとして用い、満足し、神に感謝できる者であることができるなら、それを神が継続的で祝福されたものとして下さるようにと祈るのです。

 最後に「私たちのこの世での支えと慰めに反するようなあらゆることから守られるように」と祈ることを教えて終ります。この中の「この世での支えと慰めに反するようなあらゆること」というのが何なのかが分りにくいですが、「反するような」と強く言われていますから、いくら肉体を支えることができても、私たちの大切な心と魂の支えと慰めにならず、滅ぼすようなものからは、完全に守られるように祈る、ということかも知れません。

 大教理問答は、以上のように第四祈願を祈る際に非常に大切なことを確認し、問193を終ります。御言葉に基づく大変行き届いた解説と教えに感謝し、私たちも改めて自分自身の祈りの姿勢と祈りの内容によく注意しながら、祈りたいと思います。

関連する説教を探す関連する説教を探す