2024年01月28日「慈しみ深い友なるイエス」

問い合わせ

日本キリスト改革派 岡山西教会のホームページへ戻る

慈しみ深い友なるイエス

日付
説教
田村英典 牧師
聖書
マタイによる福音書 11章28節~30節

Youtube動画のアイコンYoutube動画

Youtubeで直接視聴する

聖句のアイコン聖書の言葉

11:28 全て疲れた人、重荷を負っている人は私のもとに来なさい。私があなた方を休ませて上げます。
11:29 私は心が柔和でへりくだっているから、あなた方も私のくびきを負って、私から学びなさい。そうすれば、魂に安らぎを得ます。
11:30 私のくびきは負いやすく、私の荷は軽いからです。マタイによる福音書 11章28節~30節

原稿のアイコンメッセージ

 今朝の礼拝は、クリスチャンではない皆様にも分りやすい聖書のメッセージを、ということで持たれる礼拝です。少し自由にお話させて頂きます。

 マタイ福音書11:28の「全て疲れた人、重荷を負っている人は私のもとに来なさい。私があなた方を休ませて上げます」というイエス・キリストの言葉は大変有名ですね。これに触れて教会に通い出し、クリスチャンになった方もあります。ある障碍者の方は、試練の中で疲れ切っていた時、この言葉に魅かれ、神の実在の世界を知ってクリスチャンとなり、体は不自由なままですが、魂が自由にされ、神の愛を証ししておられました。このイエスの御言葉は実際、多くの人に平安や慰め、力、希望を与えて来ました。

 私たちの人生には、重荷に心が疲れ切ってしまう時があります。そんな時、多くの人は何か気晴らしとなるものに没頭し、苦しさやしんどさを忘れようとします。お酒や遊びや趣味に浸る人もいます。しかし、それでは根本的解決に至らないでしょう。

 この点で、マタイ11:28以降の御言葉は、単に一時しのぎではなく、根本的な助けとなると思います。結局、ここで私たちは慈しみに満ちた神の御子イエス・キリストとの出会いと交わりを許されるからです。

 では、イエスはどのようにして私たちを強め、平安を与えて下さるのでしょうか。大きく二つの点があります。

 一つは、どんな時にも私たち信仰者の味方、助け手、救い主でいて下さる永遠の神の御子イエスが、必ず私たちと共にいて下さることです。

 人間は他の動物と違い、魂、つまり、人格のある存在です。そして人格は他の優れた人格と触れ合い、愛され、或いは教えられ、温かい交流を持ってこそ、人として真に成長し、魂の充足も経験し、今度は他の人を支えてあげる者にもなれます。

 しかしこの世に、私たちが全面的に信頼して良い、それ程優れた人格の人がいるでしょうか。私たち自身を含め、人は皆、聖書が言う通り自己中心な罪人です。ですから、下手(へた)に他の人に近づくと、傷つけられ、失望させられることもあります。それなら、最初から誰にも近づかない方が良いのではないでしょうか。

 いいえ、こんな私たちのために神の御子イエスがおられるのです!

 先程のマタイ11:29で、イエスは「私は心が柔和でへりくだっているから、あなた方も私のくびきを負って、私から学びなさい。そうすれば、魂に安らぎを得ます」と言われました。普通の人がこんなことを言うなら、「この人、変な人だ」ということになるでしょう。しかし、これは神の御子イエスが言われたのであり、私たちのために敢えてこう言われたのです。

 イエスは、罪や汚れなど一切ない、正しくて清い、人間となられた神の御子です。ですから、自分の罪を認めない傲慢で頑なな人や偽善者には厳しく臨まれました。しかし、自分の弱さ、欠け、不信仰、罪深さを思って悲しみ苦しむ人には、どんなに柔和で憐れみに満ち、心を低くなさって、神の愛と赦しを示されたことでしょうか。

 このイエスの人格に真(しん)に触れた弟子たちは、不信仰な当時のユダヤ人たちにイエスが捕えられ、十字架で殺された時、確かに逃げました。しかし、心はイエスから離れませんでした。ですから、十字架の死から三日後、約束通りイエスが復活され、彼らに現れられてからは、弟子たちはどんなに脅かされても、ひるみませんでした。弟子のペテロとヨハネは、ユダヤ最高議会においてでさえ、「神に聞き従うよりも、あなた方に聞き従う方が、神の御前に正しいかどうか、判断して下さい」と冷静にハッキリ語れたのでした(使徒4:19)。

 辛い悲しいこと、試練、重荷はこれからもあります。しかし、つい過剰に心配しがちな私たちの弱さもご存じであり、私たちが眠っている時も、それどころか永遠に、私たちと共にいて下さる主イエスを心から信じ、一切を委ねたいと思います。ヨハネ14:27で「私はあなた方に平安を残します。私の平安を与えます」と言われたイエスは、ご自分の平安を私たちに下さいます。

 二つ目は短くお話します。マタイ11:29、30が伝えますように、イエスのくびきを負うことで、実は私たちは不安や心配などの重荷を軽くされ、魂に平安を与えられるのです。

 イエスのくびきとは何でしょうか。これはイエスが私たちに下さった愛の戒めを指します。ヨハネ15:12でイエスは「私があなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合うこと、これが私の戒めです」と言われました。しかし、愛の戒めに生きることは私たちに平安を与えるでしょうか。なかなか人を愛せない私たちには、余計、重荷にならないでしょうか。いいえ、違います。

 一つには、愛の戒めに私たちが十分生きられなくても、私たちのために戒めを100%守られたイエスが、私たちの足りない所を補って下さるのです。ですから、負いやすく、軽くなるのです。

 もう一つあります。神と人に仕える愛の戒めに、私たちが、その時できることに精一杯務めるなら、「あぁ、イヤだ」と溜息交じりで問題の周りを堂々巡りしている私たちをそこから解放します。ですから、平安を得られるのです。

 私たちが大切なことに没頭するなら、重荷は続いていても、自ずとそれは相対化し、軽くなり、神の前での充足感や喜び、感謝もあります。それが平安を与えるのです。

 以上、重荷にしばしば喘ぐ(あえぐ)私たちですが、慈しみに満ちたイエスを私たちが仰ぎ、イエスに信頼し、従う時、この世が与えることも奪うこともできない魂の休息、安らぎのあることを学びました。

 ここで、ある人のことをお話したいと思います。この説教の後で歌う讃美歌21-493「慈しみ深い友なるイエス」をご覧下さい。この讃美歌が好きな方は多いと思います。以前、私が淀川キリスト教病院に勤めていた時ですが、入院中のある患者さんは「私はクリスチャンじゃないけれど、この讃美歌を聞くと、すごく心が安らぐ」と言われました。そうだと思います。でも、どうしてなのでしょうね。それは、歌詞が祈りの積み重ねと実際の生活体験から生み出されたからだと思います。

 作詞したのは、左上に小さく印刷されていますが、ジョウゼフ・スクライヴンという人で、1819年、アイルランドに生れ、1886年8月10日に亡くなりました。ダブリンのトリニティ大学を卒業後、あるクリスチャンの女性と出会い、婚約しました。所が、結婚式の前日、彼女が友人たちとボートに乗っていると、突然暴風が吹き、ボートが転覆し、彼女だけ命を落としました。スクライヴンは悲しみと失意のどん底に突き落とされました。

 しかし、その苦悩の中で彼は神に祈り、一切をイエスに委ね、苦しみの中から立ち上がる経験をし、イエスの恵みと慈しみを身に沁みて味わいました。

 この辛い経験の後、彼はイエス・キリストに自分の全生涯を献げる歩みを始めます。25歳の時、アイルランドからカナダの東海岸のポートホープに移住しました。そこで学校の教師をし、イエス・キリストを伝えるために献身的に働き、プリマス・ブレズレンという教派に属して隣人愛の実践に勤しみ、「ポートホープの良きサマリア人」と呼ばれるようにまでなったそうです。こうして、彼は婚約者の死を忘れ、悲しみを乗り越えようとしました。それでも、カナダでの新しい生活と癒しに15年かかりました。

 1860年、41歳の時、彼は23歳の女性と再び恋をしました。しかし、その彼女も結核で失います。さすがに信仰深い彼も、ガックリ来たでしょう。

 しかし、自分の人生に神の愛を見出した彼は、人生も神も呪わず、イエス・キリストへの信仰を一層深めていきました。この讃美歌の歌詞は、そういう信仰の体験から生れたのでした。

 作詞の年はよく分りませんが、1節は24歳以前、2節は25歳以降、3節は41歳以降と、彼の体験に基づき、夫々の時期に書かれたのではないかと言われています。魂の深まりが見られるからです。頭の中だけの信仰ではなく、作者の辛い経験や葛藤、また信仰の深まりの中で歌詞が作られたことを思って歌うと、一層深く心に響くものがあると思います。

 また、英語の元の歌詞では、三つの節の夫々に「祈りにおいて」という言葉が2回ずつ出てきます。スクライヴン自身、悲しい時も辛い時もイエスに祈りつつ生きたのでしょう。ですから、私たちも祈る思いでこれを歌いますと、疲れや不安、重荷で打ちひしがれる時も、私たちをイエスが全てお分り下さり、傍(かたわら)にいて私たちを慰め、重荷を共に負って下さり、私たちの手を握っていて下さる魂の友であることが、一層実感できると思います。

 最後に、イエスが弟子たちに語られたヨハネ15:15と先程のマタイ11:28を読んで終ります。

 「私はもう、あなた方をしもべとは呼びません。しもべなら主人が何をするのか知らないからです。私はあなた方を友と呼びました。」

 「全て疲れた人、重荷を負っている人は私のもとに来なさい。私があなた方を休ませて上げます。」

関連する説教を探す関連する説教を探す