聖書の言葉 6:9 失望せずに善を行いましょう。諦めずに続ければ、時が来て刈り取ることになります。ガラテヤの信徒への手紙 6章9節 メッセージ 「失望せずに善を行おう」と題して、今日は一つのエピソードを中心にお話させて頂こうと思います。 紀元50年代の初め、パウロは小アジアにありましたガラテヤの教会にこれを書きました。人は神の独り子イエス・キリストへの信仰だけで救われるという福音により、この教会は生れまし た。しかし、いつしか、信仰だけでなく、ユダヤ教的戒律や習慣を守ることも必要だというユダヤ主義の教えが入り込み、教会は混乱しました。それを聞き、心を痛めたパウロは、正しい信仰と生活を一生懸命説きました。 教会に混乱が起きますと、信徒はとても疲れます。行動も消極的になります。そこでパウロは、神に導かれ、6:9「失望せずに善を行いましょう。諦めずに続ければ、時が来て刈り取ることになります」と書き、皆を励ましました。 この罪の世では、がっかりし失望させられることは、いつでもどこでも起り得ます。しかし私たちクリスチャンはそれに振り回されず、失望せず、また「諦めずに」善を行い続けるようにとパウロは励まします。そうすれば、神がいつか必ず実りを与えて下さる。それが神のお約束です。 15年位前に『ネパールの田舎医療に飛びだして』という本を読みました。その中で、主のこの約束の真実さを、山形県村山市の開業医、羽根田敏・やす子夫妻の歩みに私は思ったものです。 クリスチャンのご夫妻は海外医療に関心があり、一大決心をして53歳からネパールの、それも首都カトマンズではなく、田舎のラムジュン郡病院で、2003年12月末から2007年3月末まで働かれました。郡の公立病院なのですが、職員が病院の薬を持ち出し、自分の薬局で売って儲けるなど、ひどいことを平気でやっていましたので、キリスト教の団体が経営を代り、悪い職員たちは辞めさせられました。しかし殆どがヒンドゥ教徒の地域であり、呪術師も多く、彼らは何かと病院に敵対し、沢山苦労がありました。 ネパールの文化も医療事情も日本と全く違います。そのため、ご夫妻は戸惑い、しかし聖書の御言葉と祈りに支えられ、主イエス・キリストの愛に倣って精一杯尽されました。正に涙と笑いの4年間だったとのことでした。 ご主人は小児科、奥様は消化器内科が専門ですが、ここでは、産婦人科を初め、どんな疾患も診なければなりません。患者は平均3、4時間歩いて病院へ来ます。中には病院の評判を聞き、9日間歩いて来たという人もいました。王政に反対するネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)の仕掛けた爆弾によるケガ人も担がれて来ました。呪術師の為に体をボロボロにされて来る人もいました。 極端な栄養不良の子供も沢山いました。しかし、良くなっても、感謝を一切言わない文化だそうで、二人は戸惑いました。羽根田医師によると、こんな感じでした。私「おぉ、熱が下がって良かったですね。」患者…怒鳴り口調で「今日、家に帰る。」私「まだ直ってないよ。」患者…怒鳴り口調で「だめだ。今日、家に帰る。」私「あんたは子供が大切でないのか。」患者…私を睨みつけながら「とにかく帰る。」私…言葉に詰る。 一方、彼らの見事な助け合いの精神には、ご夫妻も感心されました。 しかし、全体的に大変貧しく、治療費や入院費が払えずに途中で退院する人も多くいました。そこでご夫妻は、日本基金というのを作って日本の人々に訴え、そこから費用を賄うことで、大勢の命が救われました。失望せず諦めず、心底人々に仕えられました。 2006年8月、ある職員が勤務中に18歳の少女に暴行未遂事件を起したというデマが広がり、ユース・クラブと名乗る若者たちが病院の外で古タイヤを燃やし、以前から敵対していた人たちや扇動された群衆など、300人が病院を襲いました。 建物が壊され始め、これで全ては終りと思われ、遂にヘリコプターで脱出という時、ある部族の長老が群衆の所に行き、「皆、このままでいいのか。この病院を失っていいのか」と問いかけました。すると彼らはやって来て、「私たちがこの病院を守る。今まで、この病院が困っている時に何もしなくて悪かった」と言い、全部自分たちで修復するとまで約束したのでした。これまで一生懸命、この病院が尽して来たことを思い出したのです。まさにガラテヤ6:9「失望せずに善を行いましょう。諦めずに続ければ、時が来て刈り取ることになります」という約束通りでした。 状況は違いますが、私たちもガッカリし、失望させられることはあるでしょう。けれども諦めず、愚直なまでに、ひたすら主に倣い、善をこそ行い続けたいと思います。ローマ12:21も言います。「悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」するとその実を、この世でか彼の世でかは分りませんが、主は必ず刈り取らせ、私たちは、主なる神を思いっ切り賛美している自分自身を発見することでしょう! 関連する説教を探す 2023年の祈祷会 『ガラテヤの信徒への手紙』
「失望せずに善を行おう」と題して、今日は一つのエピソードを中心にお話させて頂こうと思います。
紀元50年代の初め、パウロは小アジアにありましたガラテヤの教会にこれを書きました。人は神の独り子イエス・キリストへの信仰だけで救われるという福音により、この教会は生れまし た。しかし、いつしか、信仰だけでなく、ユダヤ教的戒律や習慣を守ることも必要だというユダヤ主義の教えが入り込み、教会は混乱しました。それを聞き、心を痛めたパウロは、正しい信仰と生活を一生懸命説きました。
教会に混乱が起きますと、信徒はとても疲れます。行動も消極的になります。そこでパウロは、神に導かれ、6:9「失望せずに善を行いましょう。諦めずに続ければ、時が来て刈り取ることになります」と書き、皆を励ましました。
この罪の世では、がっかりし失望させられることは、いつでもどこでも起り得ます。しかし私たちクリスチャンはそれに振り回されず、失望せず、また「諦めずに」善を行い続けるようにとパウロは励まします。そうすれば、神がいつか必ず実りを与えて下さる。それが神のお約束です。
15年位前に『ネパールの田舎医療に飛びだして』という本を読みました。その中で、主のこの約束の真実さを、山形県村山市の開業医、羽根田敏・やす子夫妻の歩みに私は思ったものです。
クリスチャンのご夫妻は海外医療に関心があり、一大決心をして53歳からネパールの、それも首都カトマンズではなく、田舎のラムジュン郡病院で、2003年12月末から2007年3月末まで働かれました。郡の公立病院なのですが、職員が病院の薬を持ち出し、自分の薬局で売って儲けるなど、ひどいことを平気でやっていましたので、キリスト教の団体が経営を代り、悪い職員たちは辞めさせられました。しかし殆どがヒンドゥ教徒の地域であり、呪術師も多く、彼らは何かと病院に敵対し、沢山苦労がありました。
ネパールの文化も医療事情も日本と全く違います。そのため、ご夫妻は戸惑い、しかし聖書の御言葉と祈りに支えられ、主イエス・キリストの愛に倣って精一杯尽されました。正に涙と笑いの4年間だったとのことでした。
ご主人は小児科、奥様は消化器内科が専門ですが、ここでは、産婦人科を初め、どんな疾患も診なければなりません。患者は平均3、4時間歩いて病院へ来ます。中には病院の評判を聞き、9日間歩いて来たという人もいました。王政に反対するネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)の仕掛けた爆弾によるケガ人も担がれて来ました。呪術師の為に体をボロボロにされて来る人もいました。
極端な栄養不良の子供も沢山いました。しかし、良くなっても、感謝を一切言わない文化だそうで、二人は戸惑いました。羽根田医師によると、こんな感じでした。私「おぉ、熱が下がって良かったですね。」患者…怒鳴り口調で「今日、家に帰る。」私「まだ直ってないよ。」患者…怒鳴り口調で「だめだ。今日、家に帰る。」私「あんたは子供が大切でないのか。」患者…私を睨みつけながら「とにかく帰る。」私…言葉に詰る。
一方、彼らの見事な助け合いの精神には、ご夫妻も感心されました。
しかし、全体的に大変貧しく、治療費や入院費が払えずに途中で退院する人も多くいました。そこでご夫妻は、日本基金というのを作って日本の人々に訴え、そこから費用を賄うことで、大勢の命が救われました。失望せず諦めず、心底人々に仕えられました。
2006年8月、ある職員が勤務中に18歳の少女に暴行未遂事件を起したというデマが広がり、ユース・クラブと名乗る若者たちが病院の外で古タイヤを燃やし、以前から敵対していた人たちや扇動された群衆など、300人が病院を襲いました。
建物が壊され始め、これで全ては終りと思われ、遂にヘリコプターで脱出という時、ある部族の長老が群衆の所に行き、「皆、このままでいいのか。この病院を失っていいのか」と問いかけました。すると彼らはやって来て、「私たちがこの病院を守る。今まで、この病院が困っている時に何もしなくて悪かった」と言い、全部自分たちで修復するとまで約束したのでした。これまで一生懸命、この病院が尽して来たことを思い出したのです。まさにガラテヤ6:9「失望せずに善を行いましょう。諦めずに続ければ、時が来て刈り取ることになります」という約束通りでした。
状況は違いますが、私たちもガッカリし、失望させられることはあるでしょう。けれども諦めず、愚直なまでに、ひたすら主に倣い、善をこそ行い続けたいと思います。ローマ12:21も言います。「悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」するとその実を、この世でか彼の世でかは分りませんが、主は必ず刈り取らせ、私たちは、主なる神を思いっ切り賛美している自分自身を発見することでしょう!