2022年11月17日「十戒の学び25 第五戒3」

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十戒の学び25 第五戒3

日付
説教
田村英典 牧師
聖書
出エジプト記 20章12節

聖句のアイコン聖書の言葉

20:12 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしているその土地で、あなたの日々が長く続くようにするためである。出エジプト記 20章12節

原稿のアイコンメッセージ

 今日も第五戒を学びます。

 第五戒は「あなたの父と母を敬え」と言います。しかし本当は、誰に対しても私たちが持つべき根本姿勢を教えていることを、今日は特に学びたいと思います。

 私たちは、第五戒が4つの対神的戒めのすぐ後に置かれていることの大切な意義を、つまり、第五戒は対人的戒めではありますが、神に対して私たちが持つべき姿勢と大いに関係していることを学びました。

 同時に、第五戒は6つの対人的戒めの最初に位置し、それだけ重要な意味を持つと言えます。思い切って言いますと、第五戒は、誰に対しても私たちが持つべき根本的な姿勢をいわば代表する戒めだということです。

 私たちの経験からも分りますが、神が親子関係に与えておられる、人間としての基本的姿勢を幼い時に身につけていない人は、成人しても、あるべき人間関係の基本が希薄であるため、人を敬うとか、きめ細やかに人を気遣うなどのことが苦手です。目上の人には少しは気も遣いますが、自分と対等の人や目下だと思う人に対しては、言葉遣いや態度など、基本的なことが粗雑でラフなままのことが多いですね。

 他方、幼い時に親への言葉遣いや姿勢など、要するに目上の存在である両親との関係をキチンと教えられて身についている人は、成人しても、目上の人には勿論、対等の人や目下の人にも、礼節と弁えをもって適切に接することができます。人間関係の基本が身についているからです。箴言22:6は言います。「若者をその行く道に相応しく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。」(新共同訳「若者を歩むべき道の初めに教育せよ。年老いてもそこから逸れることがないであろう。」)

 従って、男性である父親、女性である母親への私たちのあり方や姿勢は、単にそれで終りません。あらゆる立場や地位にある人、全ての男性、全ての女性への、人としてのあり方の根本をそれは形作っていて、極めて大切なものであることが分ります。ですから、神は6つの対人的戒めの最初に、他のどの戒めでもなく、「あなたの父と母を敬え」というこの戒めを置かれたのです。それ程、重要で尊い戒めだからです。

 そこで宗教改革時代の1563年、ドイツのハイデルベルクで作られましたハイデルベルク信仰問答104を、参考のために見ておきます。

 問「第五戒で、神は何を望んでおられますか。」

答「私が、私の父や母、また全て私の上に立てられた人々に、あらゆる敬意と愛と誠実とを示し、全ての良い教えや懲らしめには、相応しい従順をもって服従し、彼らの欠けをさえ忍耐すべきである、ということです。何故なら、神は彼らの手を通して、私達を治めようとなさるからです。」

 よく教えられています。そして、これから約80年後の1647年にイングランドで作成されましたウェストミンスター小教理問答を見ますと、更によく教えられていることが分ります。

 問64「第五戒が求めていることは、あらゆる人が目上、目下、対等という色々の地位と関係において持つ名誉を守り、義務を果たすことです。」

 今、申し上げたことを更に確認し、第五戒の重要性と素晴らしさを一層よく理解するために、今度はウェストミンスター大教理問答の問124~126を、宮崎彌男訳で読んでおきます。少し長いですが、とても参考になります。

 問124「第五の戒めの父母とは、誰のことを指していますか。」

 答「第五の戒めの父母とは、本来の両親ばかりでなく、全て年齢や賜物において目上の人、特に家庭、教会、国家のいずれにおいても、神の定めにより、権威を帯びて、私たちの目上にある人のことを指しています。」

 問125「何故、目上の人が『父』『母』と呼ばれているのですか。」

 答「目上の人が『父』『母』と呼ばれているのは、彼らが目下の人に対する全たちの義務において、本来の両親のように、夫々の関係に応じて愛と優しさを示すことを教えるためであり、また目下の人が目上の人に対する義務を果たす場合に、自分の両親に対してするように、一層自発的に喜んでするように、目下の人を促すためです。」

 問126「第五の戒めが包括的に目指していることは、何ですか。」

 答「第五の戒めが包括的に目指していることは、私たちが目下の人、目上の人、また対等な人として、夫々の関係において互いに負っている義務を果たすことです。」

 第五戒の御言葉は短いです。簡潔です。しかし、これに込められた、私たちへの神の愛の広さ、長さ、高さ、深さ、そして私たちを祝福し、真(まこと)の幸せに導こうとされます神の知恵に改めて驚かされ、神を賛美しないではおられません。まさしく詩篇119:105の通りです。「あなたの御言葉は、私の足の灯、私の道の光です!」

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