夢をかなえる本気のクリスマス ウイリアム・モーア宣教師
ヨハネによる福音書1章1−18◆言が肉となった
1:初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
2:この言は、初めに神と共にあった。
3:万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
4:言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
5:光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
6:神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。
7:彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。
8:彼は光ではなく、光について証しをするために来た。
9:その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。
10:言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。
11:言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。
12:しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。
13:この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。
14:言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
15:ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」
16:わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。
17:律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。
18:いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子で ある神、この方が神を示されたのである。
【クリスマス】
今年もいよいよクリスマスが近づいて参ります。丁度一週間後、私達の西谷聖書集会ではクリスマス礼拝を守って、共にイエス・キリストの御降誕をお祝います。その為に私達は色んな準備をしています。子供達は一生懸命にクリスマスのクラフトを作ったりクリスマスの歌を練習したりしています。そして、私達大人も来る日曜日の礼拝と祝会の準備をしています。
デパートに入り、また商店街を歩くと、クリスマスの準備をしている大勢の人々のばたばたしているのが目につきます。クリスマスプレゼントと飾りを買って、クリスマスケーキを注文し、そして、クリスマスデイナーのメニューを考えます。そのように準備をして皆は何よりも楽しく、恵まれたクリスマスを過ごしたいと思います。
【夢をかなえる本気のクリスマス】
この間、書店へ行って雑誌の所を見ると私の目が関西ウオーカーと言う雑誌に留まりました。何故かと言うと、その雑誌の表紙に大きな字でこう書いてありました。「夢をかなえる本気のクリスマス」。それはなかなか良い説教題だと思いました。と言うのはクリスマスの出来事は愛である全能の神こそが私達人間の最大の夢を叶えるからです。御子イエス・キリストの御降誕を通して唯一の真の神、全地万物の造り主が人間と共に宿り御自分の愛をはっきりと現し、そして私達を神に和解して、永遠の命の道を広く開いて下さいました。それは何よりも夢をかなえる本気のクリスマスです。神は一番必要なもの、一番祝福になるものを私達に授けて下さったからです。ですから、私達はイエス・キリストの御降誕の記念日を心から祝うべきです。従って、その準備もとても大事であります。
私は関西ウオーカーを開いて、夢をかなえる本気のクリスマスについて学んで見ようと思いました。その記事は結構長く、全部で66ページでした。 何所へ行けば超人気のイルミネーションとクリスマスツリーが見られるか。クリスマスの一番素敵な夜景ドライブコースも薦めて下さいました。特別なクリスマスイベントと2008年注目のクリスマスケーキも紹介しました。更に、関西ウオーカーは「本気のクリスマスデイナー」を提供するレストランなどの紹介もあました。そして、最後に「幸せなクリスマスを彩(いろど)る最愛ジュエリーコレクション」もあったのです。
関西ウオーカーの御指導を受けると、本当に華(はな)やかなクリスマスの準備が出来るようでした。イエス・キリストの御降誕を何よりも祝うべきものですから、関西ウオーカーのお勧めも参考になるかも知れません。しかし、そのような準備だけをするならば、いくらゴージャスであっても夢をかなえる本気のクリスマスを経験する事は難しくなります。実は、本気のクリスマスの為には最も必要な準備があります。
【クリスマスは誰のバースデイパーテイーか?】
第一に、クリスマスは誰のバースデイパーテイーであるかを思い起こすべきです。言うまでもなく、クリスマスにイエス・キリストの御降誕を祝います。それこそがクリスマスの目的です。2000数年前にベツレヘムと言う町で愛する神は御自分の約束を守りました。それは人類に救い主を賜る事です。そして、時が満ちて全能の神は御独り子主イエスを人間の母親を通して、この世に遣わされました。ですから、クリスマスに私達は大きな喜びを持って主イエスの誕生日をお祝います。主イエスを送る事によって神は人類の一番大きな夢を叶えて下さいましたので、私達は主の誕生日を覚え、喜びを持って守ります。その故にクリスマスの準備に当たって、私達は第一にイエス・キリストを御自分のバースデイパーテイーに招待すべきではないかと思います。
【クリスマスの主人公は?】
考えて見て下さい。もし家族の者か友人があなたの誕生日会の準備をしたのに、あなたが自分のバースデイパーテイーに招待されなかったら、どう思われますか。非常に可笑しいと思うでしょう。やはりバースデイの御本人がいないと本来の意味がありません。ですから、第一に本気のクリスマスの準備をする時には、イエス・キリストを御自分のバースデイパーテイーに招待すべきであります。つまり、私達はイエス・キリストをクリスマスの中心に置く必要があります。イエス・キリストの御降誕がもたらした多くの恵みを覚え、心から神に感謝する事です。
【「言」であるイエス・キリスト】
今日の聖書の朗読にその恵みがはっきりと教えられています。今日の個所はイエス・キリストを「言」と呼んでいます。つまり、主は神の言です。神は独り子イエス・キリストを通し御自分の事を現し、私達に語る訳です。ヨハネによる福音書1章1の所を見て下さい。「初めに言ばあった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」と記されています。
神の御子イエス・キリストは初めから父なる神と共にあって、神と全く等しいお方です。そして、子なる神イエス・キリストは万物を創造しました。さらに、キリストには真の命があって、その命を私達人間に照らして下さいます。
【言は肉となって】
14節を見ますと、「その言は肉となって、私達の間に宿られた。私達はその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」2000数年前の初めのクリスマスに言は肉となりました。つまり、完全に神でありながら、同時に完全に人間になりました。そして、主イエスは私達と共に生活をしました。人間が経験することを全部経験され、人間の喜びも悲しみも深く味わいました。
【言は信じる者に神の子となる資格を与えた】
神の御子は私達と共に宿った事だけではなく、その上、神の救いを提供して下さいました。12節を見て下さい。「言は自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである」と記されています。御自分の十字架の贖い死を通してイエス・キリストは私達の罪を償い、私達に「神の子となる資格を与え」て下さいました。そして神の子となった私達は救われ、現在から永遠まで神の豊かな恵みを頂きます。ですから、第一にクリスマスにはイエス・キリストの御降誕がもたらした素晴らしい恵みを覚え、心から神に感謝します。それはクリスマスの本当の喜び、その為にクリスマスをお祝います。
ですから、私達のクリスマスの準備にイエス・キリストの恵みを新たに思い起こして見て下さい。主イエスは「私」の為に何をして下さったかを覚えて下さい。そうすると、クリスマスはキリスト中心になり、本気のクリスマスはどういう事であるかピントが合って来ます。主の御降誕を心から祝う事が出来ます。
【クリスマス・プレゼント】
第二に、クリスマスの準備にプレゼントの事を忘れてはいけません。クリスマスの際に私達は神から最も貴重な賜物を頂きました。「言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた」と記されています。神はそのプレゼントを全ての人々に提供しますが、私達の方からそれを受け取る必要があります。そのプレゼントを自分のものにする為、救い主として主イエスを受け入れる事です。そうすると私達は神の家族に入り、神御自身の子供としての全ての特権と権利が与えられます。
【ただドアを開けて入ればよい】
日本に来たばっかりの時です。御影駅で風が強く寒い冬に、4歳の長男と家内と私は電車を待っていました。私達は寒く震えていたのですが、他の人々は駅の小さいルームに皆入っていました。私達は知らないので、ただ外で待っていましたが、ある時に気がつきました。それは誰でも利用出来る待合室だったですね。私達もただドアを開け、暖かいルームに入り、椅子に座れば良かったのです。福音とは足が疲れている時に、すぐ側においてある椅子に腰掛ければ良いのです。主イエスはこう言われました。「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。休ませて上げよう。私は柔和で謙遜な者だから、私の軛を追い、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、私の荷は軽いからである。」(マタイによる福音書11章28−30)
今年のクリスマスには神からのプレゼントをまだ受け取らなかった方、立ちっぱなしで疲れている方などいらっしゃいませんか。どうぞ受け取って見て下さい。そうすると夢がかなえられ、永遠の命に至る本気のクリスマスになります。
【主イエスに贈るプレゼントは何?】
今年のクリスマスに私達は主から素晴らしいプレゼントを頂きます。皆さんは準備を整えていますか。クリスマスプレゼントを受け取る為に主の御前に出る準備はいかかでしょうか。そして、結局、クリスマスは主のバースデイパーテイーですから主の為のプレゼントを準備すべきです。どんなプレゼントが良いのでしょうか。実は、主は何よりも「私」を願っております。私の信頼、私の服従、私の愛を求められています。そして、不思議にそのものを主に捧げる程に、神の恵みが増え、神御自身の希望と喜びと力が私達を満たして下さいます。
愛する兄弟姉妹、クリスマスの準備が出来ましたか。夢をかなえる本気のクリスマスを祝うために、イエス・キリストをクリスマスの中心に置き、イエス・キリストの御降誕がもたらした多くの恵みを覚え、心から神に感謝しましょう。そして、更に、クリスマスプレゼントとして主イエスに私の信頼と服従と愛を捧げましょう。そうすると、きっと今年のクリスマスこそは夢をかなえる本気のクリスマスになります。(おわり)
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