主イエス•キリストの権威 ウイリアム・モーア宣教師
◆汚れた霊に取りつかれた男をいやす
21:一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。 22:人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。23:そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。24:「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」 25:イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、 26:汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。27:人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」28:イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。
【時は満ち、神の国は近づいた】
主イエスが御自分の地上の働きを始めたばかりの時でした。バプテスマのヨハネによって洗礼を受け、そして、荒れ野で40日間誘惑を受けましたが、悪魔に負けませんでした。それから主は弟子達を選び始め、伝道活動を開始しました。主は国を巡回して、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言うメセージを述べ伝えました。
【権威ある者として】
ある日、イエスは弟子と共にカファルナウムと言う町に着きました。そして、安息日にシナゴーグ、すなわちユダヤ教の会堂に入って、巡回教師としてイエスは人々を教え始められました。その聖日に与えられた聖書の朗読と主イエスのお話の内容も記されていませんが、御言葉によりますと、「人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者として教えになった」と書いてあります。イエスは権威ある者として教えましたので、人々は驚きました。そのお話の内容は重要でしたが、内容よりも、その話し方が人々にとって印象的でした。つまり、イエスは神と救いについて発言する権利があったようにお話をなさいました。やはり、主は神の独り子としてそう言う権利と資格があったからこそ、権威ある者として人々に教えることが出来ました。
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2008年04月27日 | カテゴリー: マタイによる福音書 , マルコによる福音書 , ヨハネによる福音書 , 新約聖書
主イエスの食べ物 ウイリアム・モーア宣教師
ヨハネによる福音書4章27−42
27:ちょうどそのとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話をしておられるのに驚いた。しかし、「何か御用ですか」とか、「何をこの人と話しておられるのですか」と言う者はいなかった。28:女は、水がめをそこに置いたまま町に行き、人々に言った。29:「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」 30:人々は町を出て、イエスのもとへやって来た。 31:その間に、弟子たちが「ラビ、食事をどうぞ」と勧めると、32:イエスは、「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。 33:弟子たちは、「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言った。 34:イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしにな った方の御心を行い、その業を成し遂げることである。35:あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、36:刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。37:そこで、『一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。38:あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。」39:さて、その町の多くのサマリア人は、「この方が、わたしの行ったことをすべて言い当てました」と証言した女の言葉によって、イエスを信じた。40:そこで、このサマリア人たちはイエスのもとにやって来て、自分たちのところにとどまるようにと頼んだ。イエスは、二日間そこに滞在された。41:そして、更に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。42:彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当 に世の救い主であると分かったからです。」
【主イエスの福音宣教】
今日の御言葉は主イエスと弟子達の旅での事件を語ります。主は出来るだけ沢山の人々に福音を伝える為、巡回伝道師の生活をしていて、 家と呼ぶ所がない程、常に移動しました。その時代、一般の人は旅をする時、歩いて行きました。ローマ帝国の役人やお金持ちなどは馬車か馬やロバに乗って旅をしましたが、平民は自分の足に頼らなければなりませんでした。
【サマリア人の町シカル】
今日の個所は、主が弟子達と共に都エルサレムから出身地のガリラヤ地方までの約120キロの旅中の事件を記録しています。彼等はお昼頃、シカルと言う町に着いて、そこで食事を食べ、旅の疲れから少し休もうとしました。ところで、シカルはサマリア地方の町でした。そこに住むサマリア人はユダヤ人から軽蔑され、長年お互いの恨みをいだいてしまいました。その理由はおもに宗教上でした。
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漁に行こう ウイリアム・モーア宣教師
ヨハネによる福音書21章1−14
◆イエス、七人の弟子に現れる
1:その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。2:シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が 一緒にいた。3:シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。4:既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。5:イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。6:イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれ るはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。7:イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をま とって湖に飛び込んだ。8:ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。9:さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。10:イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。11:シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。12:イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。
13:イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。14:イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。
【スーザン•ボイル】
最近、ほんの一週間の間に、声楽の世界に新しいスターが生まれました。スーザン•ボイルと言う英国の小さな田舎町出身の歌手が、全世界のセンセーションになりました。先週、彼女は「アメリカン・アイドル」と言う人気テレビ番組の英国版に初めて舞台を踏みました。それは観衆を驚かせる歌唱力でした。そして、マスコミの力でスーザン•ボイルは一夜にして全世界中に知られ、話題になりました。
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主イエスによって永遠の命を得る ウイリアム・モーア宣教師
ヨハネによる福音書3章1−17
◆イエスとニコデモ 1:さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。 2:ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」3:イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」4:ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」5:イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。6:肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。7:『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。8:風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」9:するとニコデモは、「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。10:イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありなが ら、こんなことが分からないのか。11:はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。 12:わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろう。13:天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。14:そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。 15:それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。16:神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。17:神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によ って世が救われるためである。
【あなたがどんな人であっても救われます】
ある学者が名門の神学校の学長に選ばれ、学校のPRと紹介の為に色んな所へ巡回して挨拶をしました。ある日、都会にあるロータリークラブに招かれました。集まっていた皆を笑わせようと、面白いと思ったエピソードを語り始めました。その日、彼はロータリークラブの会場まで 地下鉄に乗って来ました。地下鉄から出るとそこには救世軍が貧しい者の為に募金をしていました。そして、クリスマス時期なので学長は献金箱にお金を少し入れました。そうすると献金箱を見ていた救世軍のボランテイアが突然、「あなたは救われていますか」と彼に聞きました。神学長がその出しゃばりを聞くとびっくりして、はっきりした返事をしませんでした。そしたら、ボランテイアさんは、「イエス・キリストを救い主として信じ、主に従っていますか」と新たに尋ねました。そう言う質問を聞かれると、彼は自分の身分をボランテイアに教えようとしました。 誇りを持っていた彼は、「本当は、私は有名な神学校の学長ですよ」と自分の地位を明かしました。きっと、その事を聞くと、しつこいボランテイアは静かになるだろうと思いましたが、またこう言われました。「そんな事は気にしないで下さい。あなたがどんな人であっても、どんな事をしても、今でも救われますよ。」
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主はわたしの嘆きを聞き ウイリアム・モーア宣教師
詩編6篇1−11
1:【指揮者によって。伴奏付き。第八調。賛歌。ダビデの詩。】 2:主よ、怒ってわたしを責めないでください/憤って懲らしめないでください。3:主よ、憐れんでください/わたしは嘆き悲しんでいます。主よ、癒してください、わたしの骨は恐れ 4:わたしの魂は恐れおののいています。主よ、いつまでなのでしょう。5:主よ、立ち帰り/わたしの魂を助け出してください。あなたの慈しみにふさわしく/わたしを救ってください。 6:死の国へ行けば、だれもあなたの名を唱えず/陰府に入れば/だれもあなたに感謝をささげません。7:わたしは嘆き疲れました。夜ごと涙は床に溢れ、寝床は漂うほどです。 8:苦悩にわたしの目は衰えて行き/わたしを苦しめる者のゆえに/老いてしまいました。 9:悪を行う者よ、皆わたしを離れよ。主はわたしの泣く声を聞き10:主はわたしの嘆きを聞き/主はわたしの祈りを受け入れてくださる。11:敵は皆、恥に落とされて恐れおののき/たちまち退いて、恥に落とされる。
【重い病に苦しむダビデ】
今日、与えられた詩編第六編は重い病に苦しんでいる者の嘆きと信仰を力強く表現します。その病気の名前は分かりませんが、イスラエルの王ダビデはこの御言葉を通して遠慮なく自分の心を主なる神に打ち明けました。「主よ、憐れんでください、わたしは嘆き悲しんでいます。主よ、癒してください。わたしの骨は恐れ、わたしの魂は恐れおののいています。主よ、いつまでなのでしょう」とダビデは必死に神に祈りました。肉体的な苦しみは結構酷かったのだと思います。「わたしの骨は恐れ」と言う表現はその痛みを現します。又、その苦しみの故にダビデは寝る事がなかなか出来ませんでした。
7節を見ますと、こう書いてあります。
「わたしは嘆き疲れました。夜ごと涙は床に溢れ、寝床は漂うほどです。」
実は、ダビデは自分の命が危ないと信じ、神の救いがなければ近いうちにきっと死ぬだろうと思いました。
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