2007年6月

洗礼の恵み ウイリアム・モーア宣教師

マタイによる福音書28章16−20節
(川合兄弟姉妹受洗をまえに)
 
【大きい鍋】
ある小学校の先生はクラスでshow&tell、すなわち「見せて語る」為、生徒達に、それぞれの家族に宗教の代表的物を学校へ持って来るようにと言いました。そして、翌日ある男の子はダビデの星を持って来て、ユダヤ教徒にとってその意味と重要性を説明しました。今度はイスラム教の生徒は新月旗を持って、そのシンボルについて語りました。また、ある仏教の子供は教室の前に来て、小さい仏像を皆に見せて、その意味を説明しようとしました。そして最後に、ある女の子は台所の大きい鍋を持って来て、皆に見せたのです。生徒達も先生もその鍋を見て驚きました。
 
それはどう言う宗教の代表的物がさっぱり分かりませんでした。女の子はこう説明しました。「我々キリスト者は洗礼を大事にするから、教会にある洗礼盤を持って来ようとしました。しかし、それはあんまり貴重な物だと言われ、持って来られなかったから次善の物、この鍋を皆に見せる為、持って来ました」と言いました。
 
ここ西谷集会で2003年クリスマス礼拝時に森田兄弟姉妹の洗礼式を行い、皆がクリスマスの大きなプレゼントだと大喜びしたのをよく覚えています。それからもはや三年半になりました。そして、ここ西谷集会にまた神からの大きな喜びが与えられました。今日は川合御夫妻が洗礼をこの礼拝中に受けます。川合御夫妻が今日の日の為に祈りを持って一日一日を待っていらっしゃった事を私はよく知っています。私達も皆この日の為祈って、嬉しく待ち望んで待って参りました。
 
先程のストーリの女の子が言われた通りです。我々キリスト者は洗礼を大事にします。今日、川合兄弟姉妹は洗礼を受ける際に、私達既に洗礼を受けた者も、まだ受けてない者もその礼典の恵みと意味を新たに学びたいと思います。それによって、私達皆は今日の洗礼式の恵みをよりもっと経験出来ると思っております。

2007年06月24日 | カテゴリー: マタイによる福音書 , ヨハネの手紙一 , ローマの信徒への手紙 , 新約聖書

『悔い改めにふさわしい実を結べ』吉田 謙千里摂理教会牧師


*聖書 マタイによる福音書3章1節~12節
 
【そのころ、洗礼者ヨハネが現れて】
今、朗読いたしました記事は、

「そのころ、洗礼者ヨハネが現れて」

という言葉で始まっています。では、ここで言われている「そのころ」とは、いったい、いつ頃のことなのでしょうか。4つの福音書の全てが、今日の洗礼者ヨハネの登場を告げていますけれども、その中でも歴史家とも言われる福音書記者ルカは、洗礼者ヨハネの登場をこのように述べています。

「皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコン地方の領主、リサニアがアビレネの領主、アンナスとカイアファとが大祭司であったとき、神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った。そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。これは、預言者イザヤの書に書いてあるとおりである。」

( ルカによる福音書3章1~4節)。

2007年06月17日 | カテゴリー: マタイによる福音書 , マラキ書 , ルカによる福音書 , 新約聖書

霊の結ぶ実:親切 ウイリアム・モーア宣教師

ルカによる福音書6章32−36

「自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。また、自分によくしてくれる人に善い事をしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人も同じ事をしている。返して貰う事を当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返して貰おうとして、罪人に貸すのである。しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善い事をし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、沢山の報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」


ガラテヤの信徒への手紙5:22−23

【小さな親切】
ある青年が自分の高校の時の体験談を語りました。「私は高校一年生の時、学校から家へ帰る途中、同級生ヘンリーを見かけました。週末の初め、金曜日なのに、彼は山程の教科書を手で運んで歩いていましたので、ヘンリーは余程ガリ勉屋だと思いました。私は週末にはいつもパーテイーとスポーツで楽しい予定がありましたから、勉強する余裕がありませんでした。突然、不良連中がヘンリーの方へ走って行って、何も言わずに彼が持っている教科書を取って地面に投げ捨てました。そして、彼等はヘンリーを強く蹴って倒しました。彼の眼鏡は数メートルまで飛んで行って芝生に落ちました。連中が去ってからヘンリーが顔を上げた時、私は彼の目に恐ろしい悲しみを見ました。

2007年06月10日 | カテゴリー: マタイによる福音書 , ルカによる福音書 , 新約聖書

霊の結ぶ実:寛容 ウイリアム・モーア宣教師

マタイによる福音書18章21−35(本文参照)
 
ガラテヤの信徒への手紙5章22−23

霊の結ぶ実は愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。

 
【些細な事を許せない!】
読売新聞によりますと、最近、行儀が悪い人に対して暴力事件が増えて来ているそうです。関東の方ですけれども、ある28歳の高校先生は電車に乗って、足を組んで座っている青年の足に触れられました。先生はその事で怒り出し、青年を大声で叱って、頭を殴りました。
 
又、他の事件で57歳の警察官が逮捕されました。それは、彼は山の手線に乗っている若い女性の髪の毛を強く引っ張ったからです。尋問されると、警察官はこのように自分の行為を説明しました。「彼女は携帯電話でうるさく長話をして、態度が悪かったんです。」
 
又、28歳の女性の人も逮捕されました。彼女は空気銃で人の車を撃ちました。信号待ちの時、その車が彼女の車の前へ割り込んだからです。

2007年06月03日 | カテゴリー: ペトロの手紙二 , マタイによる福音書 , 新約聖書 , 旧約聖書 , 詩篇