2026年06月28日「総督フェリクスとキリストの道」

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聖書の言葉

使徒言行録 24章24節~27節

メッセージ

2026年6月28日(日)熊本伝道所朝拝説教

使徒言行録24章24節~27節「総督フェリクスとキリストの道」

1.

 お集まりの方々お一人お一人の上に、主イエス・キリストの恵みと平和が豊かにありますように。主の名によって祈ります。アーメン。

 最初にみ言葉をお読みしましたが、お聞きになった皆様の中には、今朝のみ言葉はずいぶん短いなあと思われた方もおられると思います。共に聴きました聖書のみ言葉は、使徒言行録24章14節から27節まで、4節だけのみ言葉であります。今朝は、あえて、このような短い聖書のみ言葉に耳を傾けることといたしました。

 その短いみ言葉の中では、初代教会の大伝道者、指導者であります使徒パウロが、当時のローマ総督フェリクスと向かい合っています。フェリクスは、ローマ皇帝からユダヤの国に派遣された総督、いわば植民地ユダヤの行政長官であり、ローマ皇帝の代理という地位にあります。一方、使徒パウロは、このとき一介の囚人、囚われ人でありました。この世的にみるならば大きな身分の違いがあります。しかし、このとき使徒パウロは、主イエス・キリストの特命全権大使であると自覚しています。ローマ皇帝の代理である総督に対して、格下でも格上でもなく、同等の立場で渉りあっているのであります。

 私たち日本キリスト改革派教会の源流であります戦前の日本基督教会の草創期の指導者は、植村正久という牧師です。この人は、明治維新で没落した旗本の出身です。植村家は代々徳川家の直参で、禄高は1500石であったということです。およそ1500人を養うことが出来る禄高であります。明治維新によって禄高を失い、植村は英語を学ぶために宣教師と交流をはじめました。ついには洗礼を受け、牧師となりました。植村正久は、自身が旗本であったことから、明治維新後に華族の地位を与えられた徳川家への伝道に熱心であったと言います。また当時の華族たちも、社交ダンスとパーティーに明け暮れた鹿鳴館に代表される文明開化の風潮の中で、キリスト教に興味を持っていました。また植村の娘である植村環は、日本で二人目の女性牧師となりますが、父植村の華族伝道を引き継ぎ、さらに戦後は、当時の皇后の意向で、内親王たちへの聖書講義を依頼され、喜んでこれを行ったそうです。時には、昭和天皇もその聖書講義に同席することがあったということです。その時にキリスト教信仰について天皇とどのような会話があったのかは、知ることが出来ません。しかし私たちは、今朝のみ言葉から、使徒パウロと総督フェリクスとの会話の一端を知ることが出来るのであります。

2、

 フェリクスは、当時のローマ帝国第四代皇帝ティベリウス・クラウディウス・ネロによってユダヤの総督に任じられました。彼の兄であるマルクス・アントニウス・パッラスと言う人が大変優秀な人で、解放奴隷出身であったにもかかわらず、皇帝クラウディウスの寵愛を受けました。フェリクスは、その兄のお陰で総督に任じられたと言われています。しかし兄とは違ってその人物は残忍無慈悲であり、ユダヤ総督として非常に評判が悪かったそうです。

 今朝のみ言葉では、もっぱらその総督フェリクスが主役であります。総督フェリクスを主語とする文章ばかりが連続しています。総督フェリクスを主語としている文章を抜き出しますと次の四つになります。それぞれ、24節から27節までの四つの節に対応しています。

① 24節、フェリクスは、パウロを呼びだし、イエス・キリストを信じる信仰について話を聞いた。

② 25節、フェリクスは、話を聞いて恐ろしくなり、「今回はここまで、またの機会に聞こう」と話を打ち切った。

③ 26節、フェリクスは、その後も度々パウロを呼び出した。

そしてこれが最後になりますが

④ 27節、フェリクスは、二年間パウロを監禁したままにしておいた。

わたくしは、この四つの節を読む中で、唯一使徒パウロが主語となっているみ言葉に引きつけられました。それは、25節の主文に連なるいわゆる従属文です。次のみ言葉です。「しかし、パウロが正義や節制や来るべき裁きについて話すと」「しかし、パウロが正義や節制や来るべき裁きについて話すと」

 このとき使徒パウロは、キリスト・イエスへの信仰について話すことを求められて、総督フェリクスに向き合いました。この25節では、そのとき彼は、「正義、節制、来るべき裁き」について語ったと書かれています。もちろん、そのほか、この道、つまりキリスト教信仰の大切なことも同時に語ったに違いありません。旧約聖書で預言されているメシアとしてのイエス・キリストについて、またイエス・キリストの十字架と復活、悔い改めと罪の赦しについても語ったはずです。それはほかの個所に記されているパウロの説教を見ればわかります。しかし、ここでクローズアップされていることは、それらではなく、正義と節制、そして来るべき裁きです。これを聞いたときにフェリクスは恐ろしくなったと書かれています。

 フェリクスは、主イエス・キリストの特命全権大使である使徒パウロから、「正義と節制と来るべき裁き」のみ言葉を聞きました。現在、わたしたちは、直接に使徒たちからイエス・キリストの御言葉を聞くことはできません。使徒たちが書き記した聖書によってイエス・キリストの言葉、神の言葉に触れることが出来ます。わたしたちは、聖書を読んで、主イエス様の愛と慰め、恵みを受けますが、それだけではなく使徒パウロがここで語りました、「正義と節制、そして来るべき裁きについて」私たちもまた聞かなくてはならないのだと思います。

3、

 実は、フェリクスがパウロを呼び出して話を聞いたときに、その妻であるドルシラと一緒であったことには隠された意味があります。この女性もまた、フェリクス同様に、ユダヤ人たちから良くない評判を得ている人物でした。

 ドルシラという人については、榊原康夫先生がその説教の中で詳しく語っています。彼女はユダヤ王家であるヘロデ家の人物です。ヘロデ大王の孫、ヘロデ・アグリッパ王の娘です。ドルシラの父ヘロデ・アグリッパ1世は、使徒言行録12章に登場します。ユダヤ教の大祭司のもとにある保守的なユダヤ人たち人たちを喜ばせるために、生まれて間もないキリスト教会を迫害しました。ヨハネの兄弟ヤコブを殺害し、使徒ペトロを投獄しました。またドルシラの兄である、ヘロデ・アグリッパ2世はユダヤの王となり、次の25章と26章に登場し、やはり使徒パウロと相対しています。

ドルシラは、際立って美しい女性であったと言うことです。一度は、シリアの小国であるエメサの王アジザスの妻となりましたが、彼女に夢中になったフェリクスのたっての働きかけより離婚し、ユダヤに帰って来て総督フェリクスの妻となりました。ユダヤの王家の娘ですから、本来は異邦人に嫁ぐことは許されません。もしも夫となる人がユダヤ人でない場合には、その人は割礼を要求されました。前の夫のアジザスは、これを満たしていたのですが、やがて不仲となりました。ドルシラは、フェリクスからの求愛を受けたとき、フェリクスが割礼を拒否しているにも関わらず、これ幸いと承諾して総督婦人となったのです。

 一方、フェリクスの方も、この結婚が三回目でありました。次々と妻を取り換えて平然としていました。このようなフェリクスとその妻ドルシラの言動は、信仰深い保守派のユダヤ教徒たちには、至って不評でありました。熱心党やシカリ派といった超保守派は彼の暗殺を企てていたということです。使徒パウロは、この二人を前にして、神の正義と節制、そして来るべき裁きを語りました。まさしく歯に衣着せずに、神の前にフェリクスとその妻の不道徳な行いを指摘したのではないでしょうか。

 同じように、権力者の不道徳を面と向かって糾弾したのは、主イエス様の道備えをした洗礼者ヨハネ、バプテスマのヨハネでした。マタイによる福音書14章には、ヘロデ大王の息子であるヘロデ・アンティパスが、洗礼者ヨハネを投獄したことが記されています。それは当時のユダヤで預言者として重んじられていた洗礼者ヨハネが、面と向かってヘロデ・アンティパスにその罪を指摘したからです。それは、ヘロデ王が、異母兄弟のヘロデ・フィリポの妻ヘロデヤを気に入り、無理矢理自分の妻にしたからです。ユダヤ教の禁じる近親結婚に当たるだけでなく、ヨハネは、他人の妻を奪うような強欲を批判したのです。妻のヘロデヤは、ヘロデの誕生日パーティーの余興で見事なダンスをした娘のサロメへの褒美として、迷うことなく、娘サロメに、洗礼者ヨハネの首を所望するように指示しました。王は、ユダヤ民衆の怒りを恐れて迷いながらも獄中の洗礼者ヨハネの首を撥ね、盆にのせて、宴会場に運ばせたのです。

 この残虐な物語は、当時のユダヤにおいても語り伝えられていたはずですし、使徒パウロも知っていたと思われます。しかし、それにもかかわらず、パウロはフェリクスとドルシラに正義と節制と来るべき裁きを語ったのです。

4、

 神の裁きを語ると言うとき、それは人々を怒らせ躓かせることにもなります。もう15年以上も前のことです。ある日曜日の午後のことでした。朝の礼拝が終わり、皆で食事をしておりますと、初老の男性が、教会の中を見渡しながら入ってこられました。お見受けするところ、何か切羽詰まったように殺気立った険しい表情をしておられます。そして牧師と話がしたいといわれたので、わたくしと二人で会堂の奥の部屋で話を伺いました。

 その方は、近々、エルサレムに旅行することになっていて、今準備をしているとのことでした。参加する旅行は、ある有名な牧師が指導している団体が企画したもので、イスラエルに行く前に、キリスト教の勉強をしているということでした。自分なりに聖書を読んだり、その有名な先生の本を読まれたりしているそうですが、そのうちにどうしてもこれは許せないと思うことに出会ったというのです。

 それは最後の審判のことでした。その方が、決して受け入れることが出来ない、怒りを覚えると言われたのは、エルサレム旅行前の勉強会で、聞いたことでした。最後の審判のとき、イエス・キリストを信じるものは、天国に行き、イエス・キリストを信じないものは皆地獄に堕ちて永遠の刑罰を受けると教えられたことでありました。これは脅迫ではないかと怒りが収まらず、とうとう教会に来て、牧師にその怒りをぶつけたかったのだとおっしゃいました。そして私の顔をにらみつけてこう言われました。「最後の審判のときに、信者は皆天国に行き、イエス・キリストを信じないものは皆滅びるというのは本当ですか?そんなことが聖書に書いてあるのですか?」

 わたくしは、どうこたえようかと困りましたが、こうお答えしました。

「最後の審判」と言う言葉自体は聖書には書かれていません。しかし、神が、定められた日に、すべての人を御前に集めて裁きを行われることは聖書にはっきりと記されています。これはおそらく、キリスト教だけでなく、いわゆる世界宗教と呼ばれるすべての宗教のどれもが共通してその教えに含んでいることです。例えば、閻魔大王の話がありますようね。

聖書もまた、善なる人は救われ、悪は退けられることを教えています。たとえ、この世では悪が栄えて、善が苦しめられるということがあっても、神様の前では決してそうではない、それを最後の審判と言っているのです。しかし、聖書の信仰が際立っているのは、神様の前では全くの善人、或いは聖人、罪とがのない人は誰もいないと断言していることです。修行しても勉強しても自力で神様の救いを勝ち取ることは誰も出来ないのです。人は、ただ神の恵み、救い主の恵みによって救われる、その救い主がイエス・キリストなのです。そのような教えが何か脅迫のように聞こえたのだとすると申し訳ないことです。

 その方の怒りはどうやら収まったようですが、まだよくわからないという顔で帰って行かれました。あの方は、今どうしておられるかな、教会に行って下さったらよいなあと今も思います。

5、

 フェリクスは、パウロの話を聞いて恐ろしくなったと記されています。自分がしてきたことにその思い至ったからでしょう。自らの権力と欲望のままに欲しいものをみな得て来たこと、かすかに感じていた良心の咎めをはっきりと覚えたのだと思います。このことはフェリクスの人生にとって大きなチャンスでありました。ここでフェリクスが、悔い改めと神への信仰、罪の赦しと喜びの人生のためにイエス様の十字架の恵みを入れられたなら何と素晴らしかったことでしょう。しかし、そうはなりませんでした。彼はパウロに言いました。「今回はこれで帰ってよろしい。また適当な時に呼び出すことにする」

 そして、このあと、たびたびパウロを呼び出したと27節に記されています。しかし、それは求道のためではなく、パウロがどうやら裕福なローマ市民らしいと思ったのか、あるいはエルサレムへの献金を持ってきていると聞いたためかも知れません。つまり釈放をほのめかして賄賂を得るためであったのです。

このとき、妻のドルシラのほうがフェリクス以上に、パウロの言葉に反発し、パウロを釈放しないようにフェリクスに願ったという言い伝えがあるそうです。パウロはそのまま二年間つながれたままでありました。そして二年後、フェリクスは、別の不正案件をユダヤ人たちがローマ皇帝へひそかに訴えたことにより、ユダヤ総督を解任されローマに召喚されました。悔い改めてイエス・キリストの福音を信じることを先延ばしにしたため、神様がパウロによって備えて下さったせっかくの機会を彼は逃したのです。詩編95編7節に効果変えています。「主はわたしたちの神、わたしあっちは主の民、主に養われる群れ、今日こそ、主の声に聴き従わなければならない」。「今日こそ、主の声に聴き従わなければならない」

 この世に起こり来ることは、必ずしもすべてが道理にかなったことばかりではありません。フェリクスのような権力者が栄えて、弱い者はいつも苦しめられるようなことは今の時代にあっても起こっています。わたしたちは、そのような世の中に順応し、私たちもまた不道徳に目をつぶるべきでしょうか。私たちは何を頼りに人生を生きてゆくのでしょうか。

 使徒パウロは、この同じ24章の16節で、フェリクスの前に向かってすべての人が復活して神の前に裁きを受けることを述べた後に、こう告白しています。「こういうわけで、わたしは神に対しても、人に対しても、責められることのない良心を絶えず保つように努めています」

 良心という言葉は、日本語では良い心と書きます。しかし、パウロは、誰にでも良い心が必ずある、その声に従えばよいと言っているのではないのです。そうではなく、どんな時も正しいお方、神様がおられる、この方の前で、自分自身を吟味するもう一人の自分を見出す、それを良心と言っているのです。パウロにとっては、まさしくその神はイエス・キリストの神でした。確かに現実の世界では、腑に落ちないことも多くあります。嘘やごまかしが勝つと思われる時もあるかも知れません。しかし、確かに神様は生きておられます。神様の御心にしたがって生きること、正義と節制が無駄になることは決してないのです。

今朝のみ言葉の前の個所、24章15節でパウロは、裁判と言う公の場でこう語りました。「わたしは律法に即したことと預言者の書に書いてあることをことごとく信じています。更に、正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を神に対して抱いています」。

わたしたちには主イエス様による正しい裁きが行われるという希望があります。最後に神様は、必ず報いをくださいます。定められた日、つまり主イエス様の再臨のときに、完全な裁きが行われます。その裁き主は、私たちを愛し、十字架におかかりになり、復活してくださった救い主イエス・キリストです。この世界に希望がないかのように見える時があります。しかし、このお方に希望があります。祈ります。

祈り

恵み深い天の父なる神、主イエス・キリストの父なる神、御名を崇めます。パウロがどのようなときも神様の御前に歩んでいたことを改めて覚えます。わたしたちがこの世で生きて行く時、いつも神様に期待し、失望せず、希望を持って歩んで行くことが出来ますように。主イエス様は私たちを愛して、世の終わりの定められた日の裁きに耐える様に恵みを注いでください。主の御名によって祈ります。アーメン。