聖書の言葉 使徒言行録 24章10節~23節 メッセージ 2026年6月14日(日)熊本伝道所朝拝説教 使徒言行録24章11節~23節「この道に従って」 1. お集まりの方々お一人お一人の上に、主イエス・キリストの恵みと平和が豊かにありますように。主の名によって祈ります。アーメン。 さて、先ほどお読みしました聖書のみ言葉は、初代教会の伝道者、宣教師である使徒パウロがエルサレムを管轄するローマ総督フェリクスの前で裁判にかけられている場面です。ここに至る22章から23章には、この裁判に先立って開かれましたエルサレム最高法院での裁判の様子が記されていました。いわば第一審に当たるこの裁判は、パウロが死者の復活、そしてイエス・キリストの復活を主張したことによって混乱の内に終わりました。翌日には、パウロ殺害の陰謀が発覚したので、千人隊長クラウディウス・リシアは、パウロがローマ市民であったことから、パウロを守るためエルサレムからカイザリアに護送しました。カイザリアに駐在しているローマ総督の判断に委ねるためでした。 最高法院の代表、つまり大祭司アナニア、長老たち、そして彼らが雇った弁護士テルティロがカイザリアにやって来てパウロを訴えました。その告訴の内容が24章1節から10節に記されています。「このものはナザレ人の分派の首謀者であり世界中のユダヤ人の間に騒動を引き起こしている疫病のような人間である。さらにエルサレム神殿を汚す罪を犯した」というのです。総督フェリクスは、いわばローマ皇帝カエザルの代理として絶大な権限を持っています。駐屯しているローマ軍の最高指揮官であり行政・司法の最高責任者です。大祭司アナニヤや、ローマが任命するユダヤの王の上に君臨しています。 わたくしが好んで見るテレビ番組は最近は刑事ものが多いのですが以前は水戸黄門とか時代劇を良く見ました。時代劇でも裁判、つまりお裁きの場面が良くあります。盗みや殺人事件の犯人は、「御用だ、御用だ」と捕らえられ、奉行所でお奉行様の裁きを受けます。奉行は殿様の代理です。ローマ総督フェリクスは、ローマ皇帝からユダヤの総督として任命されたいわば代官であり奉行です。ユダヤの国では絶大な権限を持ちました。一般のユダヤ人であれば、死刑など一部の罪を除いて基本的にはエルサレムの最高法院、つまりユダヤ人の法廷でことが済むのですが、パウロがローマの市民権を持っていたために総督のもとでの裁判となりました。今朝の御言葉は、この法廷におけるパウロの弁明の一部始終です。 パウロは、弁明の最後に総督フェリクスの前でこう語っています。「わたしは彼らの中に立って「死者の復活のことで、わたしは今日、裁判にかけられている」こう叫んだだけなのです。」 さらに、こうも語っています。「わたしは彼らが『分派』と呼んでいるこの道に従って信仰の生活を送っています。」ここで「分派」と訳されている元の言葉は、「選ぶ」と言う動詞の名詞形で学派、学説と訳すことも出来ます。教会の歴史が進んで行く中で、この分派という言葉は異端的な教えの意味を持つようになりますが、この時点では、特別に否定的な意味はありませんでした。当時はユダヤ教の中のサドカイ派、ファリサイ派、エッセネ派などのグループを指していて主イエス・キリストを信じる初代教会は、その中のナザレ派と呼ばれる分派の一つであったのです。しかし、パウロが、ここで「この道」と呼ぶ信仰は特別な意味を持つようになります。つまりユダヤ教から完全に分かれてキリスト教、キリスト教会の信仰生活を指すようになります。それは主イエス様ご自身が、ヨハネ福音14章で「わたしは道であり、真理であり、命である」と言われた通りなのです。 2 パウロと言う人は、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。一家はあるときエルサレムに移り住みます。その時パウロは、ユダヤ教の有名なラビであるガマリエルに弟子入りして旧約聖書の律法を学んでユダヤ教の教師になりました。そのころ活動を活発化させていたのがナザレ人の分派と呼ばれていたキリスト者たちでした。パウロにとって、キリスト者はイエス・キリストが神の子、神であると信じていることから、赦すことが出来ない異端であり、撲滅すべき存在でした。パウロは、キリスト者たちを迫害するためにガリラヤ湖の遥か北にあるダマスコまで出かけていく途中で復活のイエス・キリストに出会いました。復活の主エス様が現れ、パウロの心を捕らえ、パウロを召し出しました。パウロは、キリスト教の迫害者から一転してキリスト教会の伝道者となりました。 主イエス様の弟子たちは皆生粋のユダヤ人です。エルサレムから見ると田舎のガリラヤ湖の周辺の漁師も多かったのですけれども、パウロの場合には、都エルサレムで旧約聖書の専門的な学びをしたユダヤ人です。また、キリキア州と言う異邦人の地区で生まれ育ちましたので、ギリシャ語が達者であり、かつギリシャ人の文化や生活も良く知っている人でした。主イエス様のご命令は、パウロがその賜物と経歴を生かして、地中海世界で広く伝道する国際的な宣教師となることでした。 神様の導きによって、パウロは、当時のキリスト教の本山とでもいうべきエルサレム教会でお行われた会議で、地中海世界を巡回して伝道する宣教師としての働きを許されました。そして三度にわたる宣教旅行を行い、神様の恵みによって各地に教会が立ちました。パウロの伝道のやり方は、たいていは、まずはその町のユダヤ教の会堂、シナゴーグに行って、旧約聖書からイエス・キリストの福音を語るものです。それから次第にその町の異邦人たちへと伝道して行きました。各地のユダヤ教の会堂、シナゴーグに集まるユダヤ人たちからも、イエス様を旧約聖書が告げ知らせているメシア、救い主と信じる者が多く与えられたのです。エルサレムのユダヤ教の本部、つまり大祭司や律法学者たちにしてみますと、パウロは自分たちの仲間から一転して敵陣に寝返った仇のような存在であります。 パウロは、総督フェリクスの前で、ユダヤ教最高法院代表の告発に対して反論しています。パウロの弁明の言葉を見てまいりましょう。まず10節に記されているパウロの第一声は、総督への挨拶の言葉でした。「わたしは、閣下が多年この国民の裁判を司るお方であることを、存じ上げておりますので、わたくし自身のことを喜んで弁明いたします」 実は、ユダヤ教側の告発の第一声も2節3節に記されていますが、これは、お読みしませんけれども、歯の浮くような総督へのお世辞であふれていました。それに比べるとパウロの挨拶はまことにシンプルなものです。 つづいて、ユダヤ教側の告発に沿うようにしてひとつずつ反論しています。「この男は、世界中のユダヤ人の間で騒動を起こしている」という告発に対しては、それは何の証拠もないことだと言い、事実、エルサレムでも騒動を起こしていないと語ります。また、ナザレ人の分派、別名「この道」について誤解を解こうとしています。わたしたちは第一に、律法と預言者の書、つまり旧約聖書に書かれていることを信じています。第二に、復活の希望を抱いています、これらはユダヤ教の教えと一致しており、何ら責められるところはない、こう言うのです。そして最後に、エルサレム神殿を汚した事実もないと主張して、弁明を終えています。 3、 このパウロの弁明の中で、私たちの興味を引くことは、パウロが、数ある主イエス様についての教えの中で、ここでは特に「復活」の希望を語っていることです。この弁明の最後の個所でもパウロはこう言っています。わかりやすく言い換えるとこうです。「ユダヤ人たちが突然騒ぎ出したのは、あの最高法院の裁判の中で、わたしパウロは、「死者の復活のことで裁判にかけられている」と叫んだことによってです。」 確かに、最高法院の裁判では、パウロは死者の復活について語りました。この「死者の復活」ということを巡って、最高法院の中でパリサイ派とサドカイ派の分裂が生じたことも事実です。けれども、それはパウロが、最高法院の中にわざと分裂を起こして自分の裁判を有利にしようとするためではありませんでした。「死者の復活」こそ、パウロにとって大切な希望だったのです。それは主イエス・キリストの復活によって裏付けられた大切な教えであり、主イエス様が命と呼んだ道です。パウロにとって、この「道」の希望は主イエス様によって開かれた復活の道でした。 パウロは、このあと、カイザリアで二年間牢に入れられ、次の総督フェスティスによって、再び裁判にかけられます。パウロはローマ総督フェスティスや、当時のユダヤの王、アグリッパ王の前でも証しをするのですが、そこでもやはり復活を語っています。 この後の使徒言行録26章23節ですけれども、パウロはアグリッパ王に自分が何を語りたいのか、語ったのかを告げます。「預言者たちやモーセが語ったこと以外には、何一つ述べていません。つまりわたしは、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです」 わたしたちは、古代とはくらべものにならないほど進歩発展した、高度の科学技術の中で生きております。そうしますと、死者が復活する、人は死んで終わりではない、というキリスト教会の主張は、おとぎ話のように見えるかも知れません。わたしたちの周りの人々を思い浮かべると、「死んでしまったら後は何もない」こう信じている人の方が圧倒的に多いような気がいたします。 わたしたちは死者を葬りますが、目で見る限り、そのなきがらは、もちろん生きてはいません。もはや動くこともなく、起き上がることもありません。放置しておくなら腐敗して土にかえることでしょう。そういう意味では、体は、無くなってしまう、けれども、しかし霊魂といいますか、魂についてはどうでしょうか。霊魂、魂というものはあるのではないかと思う人は意外と多いのではないかと思うのです。本来の仏教は、そういったことに興味を示さなかったのです。けれども、日本の仏教は、石にも木にも山にも霊魂が宿っているという古代からのアミニズムを取り入れました。これは仏教と言うよりも神道的なものと言ってよいかもしれません、今のお坊さんたちは、成仏させる、死者の霊を静めるとか、霊が帰ってくるのでお供えをしてお迎えするとか言ったことに心を向けます。目に見える体と目に見えない霊魂とを分けて考えると、科学文明との衝突はなくなるのかも知れません。 わたくしが、心配しているのは、天地の創り主なる神様を信じ、イエス様を信じる日本のクリスチャン、キリスト者でも、一皮むきますと、そういった日本的な、「からだ」と「霊」とを分けて考える理解に影響されているということがあるのではないかということです。9月のお盆のころに、教会堂一杯に亡くなった人の写真を飾って、召天者記念礼拝をする、そのときに、何か死者の霊が慰められる、それによって遺族の心が安らかになるといった気持ちはないのでしょうか。それは本来の教会の信仰に反することです。 しかし、パウロが告げている希望は、体は滅んでも天国で霊が安らいでいるというような希望ではないと思うのです。そうではなくて、パウロは「復活の希望」と言っております。言うまでもなく、この復活は、体の復活、肉体の復活です。 実は、「体の復活」の希望をわたしたちに告げているのはパウロだけではありません。使徒言行録2章に使徒ペトロの説教が記されています。これはペトロのペンテコステ説教と呼ばれている有名な説教で、初代教会最初のキリスト教の説教です。ペトロは、何よりも主イエス様の復活を語ります。使徒言行録2章30節から33節をかいつまんで言うとペトロはこう語っています。「旧約聖書のダビデは、詩編19編で、キリストの復活を予言しています。その預言は、実現しました。わたしたちはその証人です」。 主イエス様が十字架に付けられ、墓に葬られてしまったとき、弟子たちはとても悲しみ、落胆しました。これまで主イエス様に従って来た自分たちの働きはもはや終わったと思ったからです。しかし、三日目に主イエス様がお蘇りになりました。主イエス様は、最初に墓を訪れた女性たちに、そして男の弟子たちもまた、その復活のお姿を現してくださいました。触ることが出来る「からだ」です。言葉を語り、歩き、魚を食べられる、そのような体を持った主イエス様とお会いしたのです。 パウロは、そのときには主イエス様の弟子ではありませんでした。しかし、何年かあとに、パウロもまたはっきりと復活の主イエス様とお会いしました。 4、 パウロは、主イエス様の復活を、死者の中からの「最初の復活」と言っています。わたしたちの復活がその後に続くのです。わたしたちの地上の肉体は、だんだん年をとって行く「からだ」です。あるいは、途中で病気になったり、不慮の災害によって損傷を受けたりする、言い換えると壊されてゆく体だと思います。そして、その果てに、死があります。 ある人はこういうかも知れません。人が老化したり死んだりすることは全くの自然現象であり、すべてはDNAに組み込まれていることだ、遺伝子によって決定していることだと。しかし、わたしはその先を問いたいのです。では、どうしてそのようなDNA、遺伝子の構造になっているのですか。自然界のすべての生き物は、どうして死ぬように定まっているのですかと。被造物はどうして呻き苦しんでいるのですか。 もちろん聖書は、DNAとか遺伝子について語ることはありません。聖書は科学の教科書ではないからです。しかし、聖書は、人が死ぬことの根本の原因を語ります。 開きませんけれども、ローマの信徒への手紙5章12節には、こう書かれています。お聞きください。「このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです、すべての人が罪を犯したからです。」 このパウロの言葉は、旧約聖書の創世記3章のアダムの堕落物語に基礎を置いています。人の死と人の罪との間には、切っても切れない関係があります。わたくしは、創世記のアダムの物語は、ある意味、哲学的な物語であると理解しています。アダムは、すべての人の代表者であります。その代表者が神様との約束を破り、神様に背いたのです。そのためにすべての人は罪の元におかれました。神の怒りはすべての人に及び、人と世界に死が入り込みました。すべての人もまた罪を犯しています。この、人の不義への怒りは、神ご自身が遣わされた一人の人、神のひとり子である神、イエス・キリストによって解決されました。このとき、イエス・キリストは、主イエス様を信じるすべての人の代表として、罪を償ってくださったのです。罪のない、清い完全なご生涯と十字架の死とが、私たちの救いとなりました。 主イエス様が、そのようにして死を解決し克服してくださったからこそ、主イエス様の復活は、最初の復活と呼ばれるのです。主イエス様の復活は、次々と穂を出す麦畑の最初の穂、初穂としての復活でした。 パウロの言葉を更に追ってみましょう。コリントの信徒への手紙1、15章20節です。「しかし実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人の初穂となられました。」 わたしたちが死者のなきがらを前にして復活を想像するのは難しいことかもしれません。しかし、私たちは主イエス様の恵みによって神の御国において、新天新地において必ず復活します。ヨハネによる福音書11章25節に、「信じる者は死んでも生きる」と書かれています。主イエス様こそ、私たちの復活であり、命であります。わたしたちが歩んでいる「この道」、キリストの命の道なのです。信じる者の幸い、祝福はなんと大きいことでしょうか。このお方を信じて、希望を抱いて今のときを歩んで行きたいと思います。祈りを致します。 主イエス・キリストの父なる神様。パウロが告げる復活の希望の道、イエス・キリストの道を、どうか今信じさせてください。主イエス様の神の国で、わたしたちが体をもって、永遠の喜びに生きることを信じて感謝いたします。主の名によって祈ります。アーメン。
2026年6月14日(日)熊本伝道所朝拝説教
使徒言行録24章11節~23節「この道に従って」
1.
お集まりの方々お一人お一人の上に、主イエス・キリストの恵みと平和が豊かにありますように。主の名によって祈ります。アーメン。
さて、先ほどお読みしました聖書のみ言葉は、初代教会の伝道者、宣教師である使徒パウロがエルサレムを管轄するローマ総督フェリクスの前で裁判にかけられている場面です。ここに至る22章から23章には、この裁判に先立って開かれましたエルサレム最高法院での裁判の様子が記されていました。いわば第一審に当たるこの裁判は、パウロが死者の復活、そしてイエス・キリストの復活を主張したことによって混乱の内に終わりました。翌日には、パウロ殺害の陰謀が発覚したので、千人隊長クラウディウス・リシアは、パウロがローマ市民であったことから、パウロを守るためエルサレムからカイザリアに護送しました。カイザリアに駐在しているローマ総督の判断に委ねるためでした。
最高法院の代表、つまり大祭司アナニア、長老たち、そして彼らが雇った弁護士テルティロがカイザリアにやって来てパウロを訴えました。その告訴の内容が24章1節から10節に記されています。「このものはナザレ人の分派の首謀者であり世界中のユダヤ人の間に騒動を引き起こしている疫病のような人間である。さらにエルサレム神殿を汚す罪を犯した」というのです。総督フェリクスは、いわばローマ皇帝カエザルの代理として絶大な権限を持っています。駐屯しているローマ軍の最高指揮官であり行政・司法の最高責任者です。大祭司アナニヤや、ローマが任命するユダヤの王の上に君臨しています。
わたくしが好んで見るテレビ番組は最近は刑事ものが多いのですが以前は水戸黄門とか時代劇を良く見ました。時代劇でも裁判、つまりお裁きの場面が良くあります。盗みや殺人事件の犯人は、「御用だ、御用だ」と捕らえられ、奉行所でお奉行様の裁きを受けます。奉行は殿様の代理です。ローマ総督フェリクスは、ローマ皇帝からユダヤの総督として任命されたいわば代官であり奉行です。ユダヤの国では絶大な権限を持ちました。一般のユダヤ人であれば、死刑など一部の罪を除いて基本的にはエルサレムの最高法院、つまりユダヤ人の法廷でことが済むのですが、パウロがローマの市民権を持っていたために総督のもとでの裁判となりました。今朝の御言葉は、この法廷におけるパウロの弁明の一部始終です。
パウロは、弁明の最後に総督フェリクスの前でこう語っています。「わたしは彼らの中に立って「死者の復活のことで、わたしは今日、裁判にかけられている」こう叫んだだけなのです。」
さらに、こうも語っています。「わたしは彼らが『分派』と呼んでいるこの道に従って信仰の生活を送っています。」ここで「分派」と訳されている元の言葉は、「選ぶ」と言う動詞の名詞形で学派、学説と訳すことも出来ます。教会の歴史が進んで行く中で、この分派という言葉は異端的な教えの意味を持つようになりますが、この時点では、特別に否定的な意味はありませんでした。当時はユダヤ教の中のサドカイ派、ファリサイ派、エッセネ派などのグループを指していて主イエス・キリストを信じる初代教会は、その中のナザレ派と呼ばれる分派の一つであったのです。しかし、パウロが、ここで「この道」と呼ぶ信仰は特別な意味を持つようになります。つまりユダヤ教から完全に分かれてキリスト教、キリスト教会の信仰生活を指すようになります。それは主イエス様ご自身が、ヨハネ福音14章で「わたしは道であり、真理であり、命である」と言われた通りなのです。
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パウロと言う人は、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。一家はあるときエルサレムに移り住みます。その時パウロは、ユダヤ教の有名なラビであるガマリエルに弟子入りして旧約聖書の律法を学んでユダヤ教の教師になりました。そのころ活動を活発化させていたのがナザレ人の分派と呼ばれていたキリスト者たちでした。パウロにとって、キリスト者はイエス・キリストが神の子、神であると信じていることから、赦すことが出来ない異端であり、撲滅すべき存在でした。パウロは、キリスト者たちを迫害するためにガリラヤ湖の遥か北にあるダマスコまで出かけていく途中で復活のイエス・キリストに出会いました。復活の主エス様が現れ、パウロの心を捕らえ、パウロを召し出しました。パウロは、キリスト教の迫害者から一転してキリスト教会の伝道者となりました。
主イエス様の弟子たちは皆生粋のユダヤ人です。エルサレムから見ると田舎のガリラヤ湖の周辺の漁師も多かったのですけれども、パウロの場合には、都エルサレムで旧約聖書の専門的な学びをしたユダヤ人です。また、キリキア州と言う異邦人の地区で生まれ育ちましたので、ギリシャ語が達者であり、かつギリシャ人の文化や生活も良く知っている人でした。主イエス様のご命令は、パウロがその賜物と経歴を生かして、地中海世界で広く伝道する国際的な宣教師となることでした。
神様の導きによって、パウロは、当時のキリスト教の本山とでもいうべきエルサレム教会でお行われた会議で、地中海世界を巡回して伝道する宣教師としての働きを許されました。そして三度にわたる宣教旅行を行い、神様の恵みによって各地に教会が立ちました。パウロの伝道のやり方は、たいていは、まずはその町のユダヤ教の会堂、シナゴーグに行って、旧約聖書からイエス・キリストの福音を語るものです。それから次第にその町の異邦人たちへと伝道して行きました。各地のユダヤ教の会堂、シナゴーグに集まるユダヤ人たちからも、イエス様を旧約聖書が告げ知らせているメシア、救い主と信じる者が多く与えられたのです。エルサレムのユダヤ教の本部、つまり大祭司や律法学者たちにしてみますと、パウロは自分たちの仲間から一転して敵陣に寝返った仇のような存在であります。
パウロは、総督フェリクスの前で、ユダヤ教最高法院代表の告発に対して反論しています。パウロの弁明の言葉を見てまいりましょう。まず10節に記されているパウロの第一声は、総督への挨拶の言葉でした。「わたしは、閣下が多年この国民の裁判を司るお方であることを、存じ上げておりますので、わたくし自身のことを喜んで弁明いたします」
実は、ユダヤ教側の告発の第一声も2節3節に記されていますが、これは、お読みしませんけれども、歯の浮くような総督へのお世辞であふれていました。それに比べるとパウロの挨拶はまことにシンプルなものです。
つづいて、ユダヤ教側の告発に沿うようにしてひとつずつ反論しています。「この男は、世界中のユダヤ人の間で騒動を起こしている」という告発に対しては、それは何の証拠もないことだと言い、事実、エルサレムでも騒動を起こしていないと語ります。また、ナザレ人の分派、別名「この道」について誤解を解こうとしています。わたしたちは第一に、律法と預言者の書、つまり旧約聖書に書かれていることを信じています。第二に、復活の希望を抱いています、これらはユダヤ教の教えと一致しており、何ら責められるところはない、こう言うのです。そして最後に、エルサレム神殿を汚した事実もないと主張して、弁明を終えています。
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このパウロの弁明の中で、私たちの興味を引くことは、パウロが、数ある主イエス様についての教えの中で、ここでは特に「復活」の希望を語っていることです。この弁明の最後の個所でもパウロはこう言っています。わかりやすく言い換えるとこうです。「ユダヤ人たちが突然騒ぎ出したのは、あの最高法院の裁判の中で、わたしパウロは、「死者の復活のことで裁判にかけられている」と叫んだことによってです。」
確かに、最高法院の裁判では、パウロは死者の復活について語りました。この「死者の復活」ということを巡って、最高法院の中でパリサイ派とサドカイ派の分裂が生じたことも事実です。けれども、それはパウロが、最高法院の中にわざと分裂を起こして自分の裁判を有利にしようとするためではありませんでした。「死者の復活」こそ、パウロにとって大切な希望だったのです。それは主イエス・キリストの復活によって裏付けられた大切な教えであり、主イエス様が命と呼んだ道です。パウロにとって、この「道」の希望は主イエス様によって開かれた復活の道でした。
パウロは、このあと、カイザリアで二年間牢に入れられ、次の総督フェスティスによって、再び裁判にかけられます。パウロはローマ総督フェスティスや、当時のユダヤの王、アグリッパ王の前でも証しをするのですが、そこでもやはり復活を語っています。
この後の使徒言行録26章23節ですけれども、パウロはアグリッパ王に自分が何を語りたいのか、語ったのかを告げます。「預言者たちやモーセが語ったこと以外には、何一つ述べていません。つまりわたしは、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです」
わたしたちは、古代とはくらべものにならないほど進歩発展した、高度の科学技術の中で生きております。そうしますと、死者が復活する、人は死んで終わりではない、というキリスト教会の主張は、おとぎ話のように見えるかも知れません。わたしたちの周りの人々を思い浮かべると、「死んでしまったら後は何もない」こう信じている人の方が圧倒的に多いような気がいたします。
わたしたちは死者を葬りますが、目で見る限り、そのなきがらは、もちろん生きてはいません。もはや動くこともなく、起き上がることもありません。放置しておくなら腐敗して土にかえることでしょう。そういう意味では、体は、無くなってしまう、けれども、しかし霊魂といいますか、魂についてはどうでしょうか。霊魂、魂というものはあるのではないかと思う人は意外と多いのではないかと思うのです。本来の仏教は、そういったことに興味を示さなかったのです。けれども、日本の仏教は、石にも木にも山にも霊魂が宿っているという古代からのアミニズムを取り入れました。これは仏教と言うよりも神道的なものと言ってよいかもしれません、今のお坊さんたちは、成仏させる、死者の霊を静めるとか、霊が帰ってくるのでお供えをしてお迎えするとか言ったことに心を向けます。目に見える体と目に見えない霊魂とを分けて考えると、科学文明との衝突はなくなるのかも知れません。
わたくしが、心配しているのは、天地の創り主なる神様を信じ、イエス様を信じる日本のクリスチャン、キリスト者でも、一皮むきますと、そういった日本的な、「からだ」と「霊」とを分けて考える理解に影響されているということがあるのではないかということです。9月のお盆のころに、教会堂一杯に亡くなった人の写真を飾って、召天者記念礼拝をする、そのときに、何か死者の霊が慰められる、それによって遺族の心が安らかになるといった気持ちはないのでしょうか。それは本来の教会の信仰に反することです。
しかし、パウロが告げている希望は、体は滅んでも天国で霊が安らいでいるというような希望ではないと思うのです。そうではなくて、パウロは「復活の希望」と言っております。言うまでもなく、この復活は、体の復活、肉体の復活です。
実は、「体の復活」の希望をわたしたちに告げているのはパウロだけではありません。使徒言行録2章に使徒ペトロの説教が記されています。これはペトロのペンテコステ説教と呼ばれている有名な説教で、初代教会最初のキリスト教の説教です。ペトロは、何よりも主イエス様の復活を語ります。使徒言行録2章30節から33節をかいつまんで言うとペトロはこう語っています。「旧約聖書のダビデは、詩編19編で、キリストの復活を予言しています。その預言は、実現しました。わたしたちはその証人です」。
主イエス様が十字架に付けられ、墓に葬られてしまったとき、弟子たちはとても悲しみ、落胆しました。これまで主イエス様に従って来た自分たちの働きはもはや終わったと思ったからです。しかし、三日目に主イエス様がお蘇りになりました。主イエス様は、最初に墓を訪れた女性たちに、そして男の弟子たちもまた、その復活のお姿を現してくださいました。触ることが出来る「からだ」です。言葉を語り、歩き、魚を食べられる、そのような体を持った主イエス様とお会いしたのです。
パウロは、そのときには主イエス様の弟子ではありませんでした。しかし、何年かあとに、パウロもまたはっきりと復活の主イエス様とお会いしました。
4、
パウロは、主イエス様の復活を、死者の中からの「最初の復活」と言っています。わたしたちの復活がその後に続くのです。わたしたちの地上の肉体は、だんだん年をとって行く「からだ」です。あるいは、途中で病気になったり、不慮の災害によって損傷を受けたりする、言い換えると壊されてゆく体だと思います。そして、その果てに、死があります。
ある人はこういうかも知れません。人が老化したり死んだりすることは全くの自然現象であり、すべてはDNAに組み込まれていることだ、遺伝子によって決定していることだと。しかし、わたしはその先を問いたいのです。では、どうしてそのようなDNA、遺伝子の構造になっているのですか。自然界のすべての生き物は、どうして死ぬように定まっているのですかと。被造物はどうして呻き苦しんでいるのですか。
もちろん聖書は、DNAとか遺伝子について語ることはありません。聖書は科学の教科書ではないからです。しかし、聖書は、人が死ぬことの根本の原因を語ります。
開きませんけれども、ローマの信徒への手紙5章12節には、こう書かれています。お聞きください。「このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです、すべての人が罪を犯したからです。」
このパウロの言葉は、旧約聖書の創世記3章のアダムの堕落物語に基礎を置いています。人の死と人の罪との間には、切っても切れない関係があります。わたくしは、創世記のアダムの物語は、ある意味、哲学的な物語であると理解しています。アダムは、すべての人の代表者であります。その代表者が神様との約束を破り、神様に背いたのです。そのためにすべての人は罪の元におかれました。神の怒りはすべての人に及び、人と世界に死が入り込みました。すべての人もまた罪を犯しています。この、人の不義への怒りは、神ご自身が遣わされた一人の人、神のひとり子である神、イエス・キリストによって解決されました。このとき、イエス・キリストは、主イエス様を信じるすべての人の代表として、罪を償ってくださったのです。罪のない、清い完全なご生涯と十字架の死とが、私たちの救いとなりました。
主イエス様が、そのようにして死を解決し克服してくださったからこそ、主イエス様の復活は、最初の復活と呼ばれるのです。主イエス様の復活は、次々と穂を出す麦畑の最初の穂、初穂としての復活でした。 パウロの言葉を更に追ってみましょう。コリントの信徒への手紙1、15章20節です。「しかし実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人の初穂となられました。」
わたしたちが死者のなきがらを前にして復活を想像するのは難しいことかもしれません。しかし、私たちは主イエス様の恵みによって神の御国において、新天新地において必ず復活します。ヨハネによる福音書11章25節に、「信じる者は死んでも生きる」と書かれています。主イエス様こそ、私たちの復活であり、命であります。わたしたちが歩んでいる「この道」、キリストの命の道なのです。信じる者の幸い、祝福はなんと大きいことでしょうか。このお方を信じて、希望を抱いて今のときを歩んで行きたいと思います。祈りを致します。
主イエス・キリストの父なる神様。パウロが告げる復活の希望の道、イエス・キリストの道を、どうか今信じさせてください。主イエス様の神の国で、わたしたちが体をもって、永遠の喜びに生きることを信じて感謝いたします。主の名によって祈ります。アーメン。