2026年02月15日「『人の手で造った神」ではない神」

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聖書の言葉

使徒言行録 19章21節~40節

メッセージ

2026年2月15日(日)熊本伝道所 朝拝説教

使徒言行録19章21節~40節「「手で造った神」ではない神」

1、

 父なる神と御子イエス・キリストの恵みと平和が豊かにありますように。主イエスの御名によって祈ります。アーメン。

現在わたしたちが読み進めています使徒言行録第19章には、初代教会の指導者、使徒パウロの第三次宣教旅行、その中のエフェソでの伝道のことが記されています。使徒パウロはアジア州最大の町エフェソで2年ないし3年という、とびぬけて長い期間とどまって福音を伝えました。使徒言行録は、そのエフェソの町でパウロたちが遭遇した三つのエピソードを記しています。今朝は、その三つ目の出来事、23節には「ただならぬ騒動」と記されているのですが、銀細工人デメトリオとの闘いについての御言葉に聴きましょう。

 新約聖書の中にパウロがエフェソの教会に向けてしたためましたエフェソの信徒への手紙というものがあります。実はその手紙からパウロのエフェソ伝道について知ることはあまり期待できせん。パウロのコリント伝道が、コリントの信徒への手紙Ⅰ、Ⅱによってよくわかる、そういうようには記録されていないのです。エフェソの信徒への手紙は、どちらかと言えば当時の宣教地の教会のどれにでも当てはまるような普遍的な勧めや励ましが中心である、そう言っても良いのです。エフェソ教会やエフェソ伝道に関わる具体的なことはあまり記されていないのですね。ですから、パウロのエフェソ伝道についての主な資料は使徒言行録が中心であるということになります。

パウロのエフェソ伝道を振り返ります。使徒言行録によれば、まず天幕職人のアキラとプリスキラ夫婦がパウロに先立ってエフェソで働きました。この二人は、18章の第二伝道旅行の際にコリントに長くとどまって伝道していたパウロと出会って行動を共にするようになります。そしてエフェソでこの夫婦と雄弁な伝道者アポロとの出会いが与えられます。そして、コリントへ向かったアポロと入れ替わるようにしてパウロがエフェソに入ってきたのです。パウロは、はじめユダヤ教の会堂シナゴーグで福音を語りました。しかし、反対にあってそこを追い出され、近くにあるティラノの講堂に移りました。そこで2年にわたって長く伝道したと19章10節に記されています。

初めに言いましたように19章で取り上げられてるエピソードは、三つで、バプテスマのヨハネの弟子のような12人の洗礼の恵み、次に7人のユダヤ人祈祷師たちの回心の物語、そして今朝のみ言が記しているデメトリオ事件です。

当時のエフェソの町のシンボルは巨大な女神像のあるアルテミス神殿です。エフェソは、現在のトルコの西の方にあり、トルコ語でエフェスと呼ばれているそうです。パウロの時代には、アジア州の中心的な町、州都として栄えていました。地中海世界の商業、経済の要所であり、同時にそこには紀元前2世紀、すでに世界の七不思議のひとつとして有名になっていた巨大な神殿、アルテミス神殿が建てられていました。この神殿は、今は廃墟になっていますが、119本の巨大な柱とそれに支えられた大屋根があり、目を見張る大神殿でありました。一見するとグロテストともいえる豊穣と繁栄の女神アルテミスの像が安置され、また天から降ってきたご神体と呼ばれている、おそらく隕石のような遺物が祭られておりました。

 調べてみますと、このアルテミスの女神は、もともとは当時のギリシャ神話とは別の、さらに古い土着宗教の女神とギリシャ神話の女神とが合体した不思議な存在のようです。祭りごとには多くの巡礼者が、さながら江戸時代の日本のお伊勢参りのようにアジア州全体だけでなく周辺の国々から集まってくる、いわゆる、観光と信仰を兼ね備えている、エフェソにとっては大切な女神であったようです。

 今朝のみ言葉は、このエフェソの町のアルテミス神殿によって生活している銀細工人デメトリオが起こした騒動の一部始終であります。

信仰生活は、わたしたちが神様に従い、またより頼んで、真実で喜ばしい生活を送る、あるいは困難な中にあっても力と励ましを頂く、そういう道です。けれども、デメトリオたちの信仰の生活は、信仰と呼んでよいのかわかりませんが、いわば逆立ちした形になっています。つまり彼ら自身の物質的な繁栄というものがまずは前提であって、そのための手段としてアルテミスの女神が存在していたのであります。ご利益のあるお守りとしての銀の細工、いわば手で造った神々を作り、それで生活していました。

 この騒動は、パウロたちが主イエス様の恵みと神様の愛を宣べ伝えたことによって引き起こされました。多くの人々が、パウロの語る神の御言葉を信じたことによって、人間中心の宗教、アルテミスの御利益に関心を向けなくなる、そういう現象が、目に見える形で起きてきたのです。別の言葉で言えば、福音宣教の前進が、これまでの古い宗教、人間のための宗教を衰えさせて行った、そのことによって起きた騒動でありました。

2、

 エフェソの信徒への手紙が、エフェソ伝道それ自体のことを記さないのに対して、コリントの信徒への手紙の中には、エフェソ伝道のことが断片的ですが記されている個所があります。第一コリント15章32節「わたしはエフェソで野獣と戦った」、16章8節「しかし、五旬節まではエフェソに滞在します」。この野獣とは、エフェソの町のパウロの敵対者、迫害者を指すという解釈と、いや彼は実際に当時のローマ帝国の残酷な迫害、つまり見世物としてのライオンとの格闘をさせられたのだという二つの解釈があります。しかし、使徒言行録を読む限りは、後のほうではなく前のほうの解釈がふさわしいと思います。デメトリオのことを野獣と表現しているのかもしれませんし、使徒言行録に記されない別の迫害のことかも知れません。しかし、長いエフェソ伝道のエピソードとしてデメトリオ事件が選ばれていることからみれば、この事件はエフェソ伝道で欠くことのできない大事件でありました。

 さてこの事件が起こる前にパウロは一つの決心をしています。3年近くが経ち、パウロは、エフェソを離れようと決めたようであります。21節によりますと、パウロは、エフェソを離れて、マケドニア、つまりフィリピ教会やテサロニケ教会を通って、アカイア州、つまりコリントをもう一度訪ね、そしてエルサレムに行く計画を立てました。

 これは、パウロ自身の決心と言うよりは聖霊の促しによるものであります。「決心し」と訳されている言葉は、直訳すると「霊にあって思った」という言葉です。口語訳聖書では「御霊に感じて」、新改訳聖書では「御霊の導きにより」と訳されています。

それは確かにパウロの決心、思い、ですけれども、同時にそれは聖霊の導きによるものなのです。「そこに行った後、ローマをも見なくてはならない」という言葉の中に、神様のご計画をあらわす「ねばならない」というギリシャ語の言葉が使われている、そのことからも明らかです。

パウロの定期的なエルサレム行きは、使徒たちとの交わりのためでありましたし、また、経済的に困窮しているエルサレム教会に献金を届けるためでもありました。伝道することそれ自体が中心とはいえ、エルサレム教会に定期的に献金を届けることも旅行の意義でもあったと言えます。そしてここで、はじめて、パウロのローマ行きの計画が明らかになっています。

使徒言行録全体のゴールはパウロのローマ滞在です。すべての道はローマに通じると言われた、ローマ帝国の都、当時の世界的な巨大都市ローマでの伝道がここでパウロの心に浮かび上がってきたのです。

パウロは、しばらくエフェソにとどまりましたが、マケドニアにテモテとエラストの二人の弟子を先遣隊として派遣します。そのときにデメトリオの騒動が起こったのです。

23節に「この道のことで」と書かれています。この道とは、ほかのどの道でもないイエス・キリストの道です。主イエス様は、ヨハネによる福音書14章6節、「わたしは道であり真理であり、命である。わたしを通らなければ誰も父の元へ行くことが出来ない」と宣言なさいました。信仰とは、イエス・キリストという道を歩いてゆく人生のことです。主イエス様ご自身が神への確かな道です。イエス・キリストによって間違いなく神のもとにたどり着くのです。23節によれば、この信仰の道に関わることとして「ただならぬ騒動」、つまり普通でない大事件が起こりました。イエス・キリストの道は恵みと平安に満ちた道ですけれども、同時に試練や苦難が全くない道ではありません。

わたしたちが歩んでいる主イエス様の道は、多くの人々が歩いているこの世の道とは違う道です。それは目に見える利益や目的に左右される道ではないのです。見えない価値、変わることのない真実により頼んで生きる道なのです。天地万物を造られた神がわたしたちを愛して下さっている、このお方が、独り子の主エス様の命によってわたしたちの罪を赦し、永遠の命をくださった、今も下さっているという恵みを信じて生きる道です。世の人々と価値観が違うならば摩擦も起こらざるを得ません。それにもかかわらず、神様を信じて生きるとき、試練や迫害に出会ったとしても主の守りと支えがあり、逃れの道も必ず与えられるのです。手で造った神々ではない、まことの神が共にいて下さるのです。

3、

デメトリオという銀細工師、かれはアルテミス神殿の模型を作る人でした。自分自身が職人であっただけでなく、おそらく大規模な工房を経営し職人たちを抱えて仕事をしていたのです。さらに、同業の者たちのなかのまとめ役、組合長のような存在でした。デメトリオは、同業者の集会で、パウロたちの福音伝道が自分たちの仕事に悪い影響を及ぼしている、このままでは我々の仕事の評判がわるくなり、銀細工が売れなくなってしまうと訴えました。これは何とかしなければならないというのです。さらに自分たちの生活の基盤であるアルテミス神殿が廃れてしまったらどうするのかと演説したのです。確かにアルテミス神殿あってのエフェソの町であり人々の生活もそれによって支えられていることは間違いありません。

同業の人々は、意気統合し、町中を巻き込んだ大集会を開きました。計画的集会ではなく、いわば自然発生的な市民集会、市民議会ともいうべきものでした。この市民議会でパウロの同行者であるガイオとアリスタルコという二人の伝道者が捕らえられます。そして、皆が一団となって「エフェソの町のアルテミスはえらい方」と叫びながら野外劇場になだれ込みました。この言葉は、当時の町の人々の合言葉のような決まり文句であったと思われます。

「えらい方」と訳されている言葉は、この世のものを超えた偉大な方、権威あるお方と言う意味があります。「エフェソの町のアルテミスはえらい方」、これはアルテミスの女神を神的な存在として賛美するために歌われた一種の讃美歌の一節です。アルテミス神殿の礼拝儀式で、イスラム教の礼拝音楽のように歌われていたと思われます。その一節が合言葉のように叫ばれました。「エフェソ人のアルテミスはえらい方」「偉大なるかなエフェソ人のアルテミス」。捕らえられた、二人の伝道者、ガイオとアリスタルコはどうなることでしょうか。

ここで初めてパウロが登場します。しかしその姿は現れません。以前の第一次伝道旅行のとき、リストラで人々がパウロをゼウスと呼び、バルナバをヘルメスと呼んで花輪をささげようとしたときに、パウロは群衆の中に飛び込んでゆき、なぜこんなことをするのですかと叫びました。そのときのように、今度もガイオとアリスタルコを守ろうと野外劇場の群衆の中に入ろうとしたパウロだったのですが、弟子たちはパウロを守って必死で引きとめました。

パウロは、それでも行こうとしたのでしょう。パウロの友人であるアジア州の祭儀をつかさどる高官たちが、遣いをやって劇場に入ってはいけないとパウロに頼みました。アジア州の祭儀の中心はもちろん、アルテミス神殿の祭儀です。その祭りをつかさどる高官はいわば州の高級官僚でありました。ところがパウロは彼らと友人関係であったことは驚きであります。このことはパウロがもっていたローマの市民権と関係があると考えられます。

エフェソの町始まって以来の大きな騒ぎが起こりました。群衆はあれやこれやとわめき、大多数の人々は何ために集まっているのかさえ分からないという混乱ぶりです。人々が、多く集まる、そこで一同によって合言葉が叫ばれる、次第に興奮が高まり、もはやだれにも制御できないほどの騒ぎになる、これは今日の社会の中でも時に見られることではないでしょうか。

多くの人が一緒に行動すること自体には間違いなく魅力があります。ヒトラーの独裁政治もそこから発生したといっても間違いではないように思います。わたくしは、宗教や信仰も、このような現象と紙一重のような気がしてなりません。同じような現象をあらわすということがあるのです。カルト宗教が無くなることがないのも、そのような人間心理にマッチしているからではないでしょうか。何を信じているのかと言うことよりも、皆が同じ行動をしていること自体が人々にとって魅力になるのです。人間が作り出した神の恐ろしさを感じます。

16世紀17世紀の宗教改革の指導者であったルターやカルヴァンは、信仰の熱心を求めましたけれども、信仰の熱狂主義は断固として排除しました。知識と意志と感情のバランスの取れた信仰生活が求められたのです。

4、

 さて、この劇場集会で最初に前に出てきたのはアレクサンドロスというユダヤ人でした。彼は自分から出て行ったのではなく、ユダヤ人たちに押し出されてきたと書かれています。アルテミス神殿を擁護しようとする群衆に向かって、おそらく、自分たちはユダヤ人ではあるけれども、あのパウロたちとは関係がないと弁明しようとしたのでしょう。しかし、人々は、彼が話をすることを許さず、再び「アルテミス讃美の合言葉」を叫びました。二時間も叫び続けと言うことですから、人々の熱狂は最高潮に達しました。

 ついに登場したのが、町の書記官でした。彼はまずエフェソの町の守り神としてのアルテミス神殿の地位は揺るがないと言って、人々を静かにさせようとしました。「決して無謀なことをしてはならない」と人々を制御しました。

 そしてここに連れてこられたパウロの仲間について、こう言っています。「彼らは神殿を荒らしたのでもないし、女神を冒涜したのでもない」

彼は町の書記官として、あくまで冷静で中立的な立場を取ろうとしています。彼らを訴えたいのならば裁判所もあるし、地方総督もいる。このような混乱の中でリンチを行ったり、騒ぎを起こしたりしてはならないと警告します。これは正式の会議とは認められない、このままでは、われわれは暴動の罪に問われることになると続けます。

 これ以前のパウロの伝道地では、しばしば町の当局者が、パウロたちの敵対者と一緒になって、パウロたちを捕らえたり追放したりするということが起きていましたが、ここエフェソではそうはなりませんでした。三年という長期にわたる伝道の中で、パウロたちは街の当局者たちとも、あるいはアジア州の高級官僚たちとも良い関係を築いてきたことがうかがわれるのです。

パウロは、確かに「人の手で造った神々」の無力さを訴え、目に見えない天の父なる神と一人子イエス・キリストの力と恵みを伝え続けてきました。しかし、同時に、その町にすでに存在する他の信仰者や神殿を冒涜したり、傷つけたりすることが決してなかったのではないでしょうか。

わたしたちもまた、この日本と言う、まだまだ開拓伝道が続いている国で伝道して行く時、手で造った神々ではなく、人の手によらない真の神、天地創造の神をはっきりと伝えたいと思います。そして同時に、他の宗教を信じている人々を貶めたり、傷つけたりすることをしてはならないのです。

人の手で造った神々でない神、本当の神は、世界の造り主です。わたしたちよりも大きな方であり、力あるお方です。そして神様は傲慢なものを退け、謙遜なものに恵みをくださるお方です。キリスト教会の中の他の教派教団の人々とは、主にある兄弟姉妹として愛し協力することが出来ます。そうではない他の宗教を信じている人々もまた、主イエス様が自分を愛するように愛しなさいと命じて下さるわたしたちの隣人なのです。

わたしたちが信じる主イエス・キリストの神は、わたしたち自身の思いや存在を遥かに超えるお方です。互いに争うのではなく、このお方に希望を置いて歩んでゆこうではありませんか。祈りを致します。

祈り

 パウロたちが第三次伝道旅行で最初に長く滞在したエフェソの町での出来事を学びまし

た。12人の洗礼者ヨハネの弟子たちが聖霊を受けたこと、またユダヤ人の祈祷師を巡る悪霊の働き、アルテミス神殿での騒動などにおいて、パウロは力強い神さまの助けと恵みを受けました。また町の高官たちと良好な関係を築いていたことも知ることが出出来ました。一つの町で長くとどまって伝道するわたしたちの教会もまた神様が力を与えて下さように、またわたしたち自身が熱狂的にならず、街の人々との関係を大切に出来ますよう、お導きをお願いいたします。主の名によって祈ります。アーメン。