どの聖書も「うろこのようなもの」と訳しますが、原文でも、「うろこ」と言う言葉が使われます。ただし、そのギリシャ語には、薄い切片、と言う意味もありますから、サウロの目から落ちたものは、魚のうろこそのものではない、うろこのような薄い切片であり、これまでサウロの目をふさいで見えなくしていたものでした。それは、何か自然界のものではなく、主イエス様ご自身がサウロに与えたものでありました。それが落ちることによって、サウロは見えるようになったのです。三省堂の新明解国語辞典で「目からうろこが落ちる」という言葉を引きますと「何かがきっかけになって、今までよくわからなかったことが突然はっきりとわかるようになる。出典は新約聖書」と書いてありました。これは聖書にもとづく英語の慣用句「the scales fall from one’s eyes 」の翻訳なのです。まるで物理的に目から何かが落ちるようにして、はっきりと真理を見えるようなるのです。サウロは、その心において、霊において、主イエス様が見えるようになりました。その目に見える「しるし」としてこのことが起きたということが出来ます。アナニアの祈りに対して主イエス様が答えて下さったのです。サウロは、アナニアから主イエス様の弟子になったしるしとして、おそらく近くの川辺で洗礼を受けました。旧約聖書の神の約束通りに、今、救い主が来られたことを信じ、メシアであるイエス。イエス・キリストを信じたので、洗礼を受けたのです。
2025年2月16日(日)熊本伝道所礼拝説教
使徒言行録9章10節~19節「目からうろこが!」
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御子イエス・キリストの恵みと平和とが豊かにありますように。主の御名によって祈ります。アーメン。
ただいまお読みしました使徒言行録の10節から19節は、サウロの回心物語の後半部です。サウロは、熱心なファリサイ派ユダヤ教徒でした。イエス・キリストが神の子であり、神であると主張するキリスト教会、使徒たち、弟子たちに強い敵意を持っていました。サウロは、主イエスの弟子たちを捕らえ、牢に入れ、裁判にかけて死刑にする、そのことによって、キリスト教の成長を阻止することに命をかけていたといっても大げさではありません。少なくとも人生をかけていました。最初はエルサレムを舞台に、そして次には、大祭司から特別な許可証を得て、地中海各地の離散ユダヤ人たちの住むところでその働きをしたいと願っていました。その手始めはダマスコという離散ユダヤ人の住む町でした。彼は東奔西走、まさに迫害に息を弾ませながら迫害に励んでいました。そのサウロに復活の主イエス様が現れて下さって、彼の生き方が180度変わってしまうのです。
サウロは、天からの光に照らされ地に倒れ伏しました。そして「なぜ私を迫害するのか」という主イエス様の声を聞き、目がまったく見えなくなりました。同じよう光を受けた同行の者たちは、目が見えなくなるということはありませんでした。これはサウロだけに特別に下された主イエス様のお取り扱いと言えると思います。
つい先ほどまでは、迫害のために意気揚々と入って行こうとしていた、そのダマスコの町に、実際には「うなだれ手を引かれながら」というみじめな姿で入ることになりました。主イエス様のサウロへの命令は、なすべきことはダマスコの町で知らされるのでそこで待つようにということでした。
今朝のみ言葉は、前回から引き続いてサウロの物語ですが、実は、もう一人の主役がいます。アナニアです。少なくとも、今朝のみ言葉はサウロの物語と言うよりは、アナニアの物語と言う方が正確です。10節から17節まで、アナニアは、アナニアは、というように主語はすべてアナニアとなっています。
新約聖書には、三人のアナニアが登場します。使徒言行録5章で献金のことで嘘偽りを言ったために神様によって打たれてしまうアナニアとサフィラという夫婦の夫であるアナニア、そして今朝のみ言葉のアナニア、三人目は後にパウロと呼ばれるようになるサウロを取り調べた大祭司アナニアです。アナニアと言う名は、間違いなくユダヤ人の名前で、しかもそれ程珍しい名前ではなかったことがわかります。しかし、今朝の御言葉に登場しているアナニアは、聖書の中でも重要な人物であると言えます。彼がいなければ、また彼の信仰的決断が無ければ、その後のパウロの人生は、これほどまで素晴らしい伝道者としての人生にはなりえかったと思います。
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10節を改めてお読みします。「ダマスコにアナニアと言う弟子がいた。幻の中で主が「アナニア」と呼びかけるとアナニアは、「主よ、ここにおります」と答えた。
このあとの使徒言行録22章のパウロの証しでは、「この人は、律法に従って生活する信仰深い人で、そこに住んでいるすべてのユダヤ人の中で評判の良い人でした。」と紹介されます。ダマスコの町のユダヤ人社会の中で評判の良い人であり、しかも「弟子」と紹介されますから、主イエス様を信じる弟子の一人であります。幾人かの注解者は、ダマスコの町のキリスト教会、おそらく家の教会の指導者だったのではないかと言っています。
今日、ダマスコ、つまりシリアのダマスクスですが、その街に行きますと、今も、このあとの11節に出る「直線通り」、新改訳聖書の訳では「まっ直ぐと呼ばれる通り」ですが、その通りが今も存在しているそうです。そこに聖アナニア教会という古い教会があり、言い伝えでは、はじめはアナニアの家であったものが、後に教会となったということです。直線通りは、ダマスクスの町を東西に横切る長い通りで、車が一台通れるかとどうかという古い道だそうです。古代から変わらない町並みで、そこは聖書に記される直線通りに間違いないと考えられます。
神様は、劇的な回心を経験したサウロを弟子の一人として迎え入れるために、ダマスコの町で教会の指導者であるアナニアを用いられたのであります。逆に言えば、このような働きが出来るのはアナニアしかいなかったとも言えるのです。
アナニアにとって、サウロはどういう人だったでしょうか。13節でアナニア自身が告げています。「主よ、わたしはそのひとがエルサレムで、あなたの聖なるものたちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました」、14節「ここでも御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています」
アナニアは、エルサレムに住む弟子ではなく、地中海の各地に離散した離散ユダヤ人、デアスポラユダヤ人でした。それで彼自身は、サウロに会ったこともないし、彼の迫害を目の当たりにしたこともなかったと思います。けれども、大勢の人から、サウロという人物について聞いていたのです。サウロは、エルサレムで迫害の立役者だったこと、そして、このダマスコにも、迫害のために、権限を受けてやってきたこともアナニアは知らされていたのです。つまりアナニアにとっては、あの悪名高いサウロです。
アナニアは、13節ではクリスチャンのことを「聖なるものたち」と呼びます。また14節では「御名を呼び求めるもの」と呼んでいます。「聖なるもの」というのは、神様によって選ばれ、取り分けられたものという意味であり、今でいう聖徒です。ときどき、ある牧師たちは教会員のことを「信徒」ではなく「聖徒たち」と呼ぶことがあります。聖なるという語を聞くと、聖人の意味で受け取ることがあるので、日本では信徒と言う名の方が良く使われます。しかし。韓国では、もっぱら聖徒、ソンド、と言う言葉が普通に使われます。決して、その人の生活状態が聖なるものだという意味ではなくて、神様によって選ばれ取り分けられた人です。私たちも聖徒なのです。
アナニアは、教会員たちを「御名を呼び求める人」とも呼んでいます。主の御名を呼ぶ、つまりイエスキリストの名を呼んで、この方に祈り願い、このお方を崇め礼拝する人と言うことです。
主イエス様は、幻の中で、アナニアに向かって、すぐに直線通りに行くように、そしてユダの家にサウロを訪ねるようにと命じました。それどころか、11節と12節で、彼は今祈っているので、そのサウロの上に手を置いて、目が見えるようにしなさいと命じました。
このことは、アナニアだけ告げられたのではなく、アナニアを迎えるサウロの方にも前もって伝えられていることも、アナニアに明らかにされます。主イエス様は、恵みを与えるアナニアにも、恵みを受けるサウロにも、これから起こることを幻の中で伝えてくださるというねんごろで用意周到な手はずを整えられるのです。
3、
しかし、アナニアは、すぐに従いません。13節を改めて見ますと、これは「イエス様、お言葉ですが、そんなことはとてもできません」と答えます。断りの返事です。
アナニアの知っている、エルサレムのあの弟子も、この弟子も、サウロによってとらえられて牢に入れられた。エルサレムの離散ユダヤ人のリーダーであるステファノは、石打の刑によって殺され、そのときもサウロは、この処刑に賛成し、意思を投げる人の上着の番をしていたのです。サウロが、ステファノ先生の殺害に加担し、上着の番をしていたことをアナニアが知っていたかどうかはわかりません。しかし、サウロは、アナニアにとっては赦すことのできないユダヤ教側の迫害の最前線にいた人です。この人のために手を置いて祈ること、その人を助けることは、とてもできない、主イエス様、それはできませんと言っているのです。
すると主イエス様は答えてくださいました。それは、改めてアナニアに働きを命じる言葉でした。主イエス様はまず言われました。「行け」。口答えせずにサウロのところに行きなさい。というのです。そしてこう言われました。
15節です。「あの者は、異邦人の王たち、またイスラエルの子らに、わたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう」
ユダヤ人ではなく、もともと神様を知らない、旧約聖書も知らない異邦人の王たちに主イエス様を宣べ伝えることは、おそらく、とてつもない困難な仕事であり、もしかするとその権力によって命さえも失う可能性があります。また、ステファノを殺害し、大迫害によって弟子たちを蹴散らしたイスラエルの子たちにも御名を伝えることは、とても出来そうもないことだと言えるでしょう。しかし、サウロはそのために選ばれた器であるというのです。
器とは、入れ物であり道具です。主イエス様の御名を、主イエス様ご自身を持ち運ぶ器、それがサウロ本人であるというのです。
サウロは、エルサレムの弟子たちを大いに苦しめました。その苦しみを良く知っているアナニアにとって、サウロが彼らに与えた傷と苦しみをサウロ自身が贖うかのように苦しみを受ける、主イエス様がそれを味わわせるという言葉は、ああそうなのかと得心を与えるものであったかもしれません。
けれども、キリストの名のために苦しむことは、サウロだけに与えられていることでは決してないと思います。主イエス様は、マタイによる福音書5章の山上の説教の中で、こう言われました。「義のために迫害されるものたちは幸いである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことで悪口を浴びせられるとき、あなた方は幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも同じように迫害されたのである。」
アナニアは、ダマスコの教会の人であり、キリストの弟子です。そうであれば、サウロに予告されている苦しみは同時に、アナニア自身が覚悟している苦しみ、苦難でもあります。つまりサウロもあなたの仲間になる、しかも、「どんなに苦しまなくてはならないかを」といわれるほど、もっと大きな苦しみを受ける、そのためにサウロを選んだと主イエス様はいうのです。
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わたしたちは、信仰生活の中で、主イエス様のゆえに苦しみを受ける、あるいは受けるかもしれない、と言う場面に遭遇することがあります。
戦国時代から江戸時代のキリシタン迫害や、明治から戦争中にかけての天皇崇拝抵抗者への迫害、それほどではなくても、今の日本の世の中で、変り者と見られ、仲間なずれにされるとうことは十分にあることです。その時、そのような場面をうまくすり抜けて、無傷に過ごすこともできるかもしれません。けれども、主の名による苦しみがあるからこそ、主の名による喜びもあるのではないでしょうか。
この世の喜びも、わたしたちにしばしの幸い、幸福をもたらします。しかし主の名による喜びは、永遠に変わることない喜びです。
サウロは、後にパウロと呼ばれるようになります。彼は、コリントの信徒への手紙12章16節でこのように記しています。「それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら私は弱い時こそ強いからです」
アナニアは、サウロを助ける決心をしました。主イエス様のみ言葉に従い、自分がしたくなかったこともしようと決心したのです。
アナニアは出かけて行って、ユダの家に入りました。そこにはサウロが待っていました。サウロは三日間、断食しながら祈っていました。悔い改めと罪の赦しの祈り、そして見えなくされた目の癒しを願う祈りです。二人の間にどんな会話があったのかは詳しくは書かれていません。
アナニアは言いました「兄弟、サウロ。」「主イエスが、わたしをお遣わしになったのです」「あなたが元通り見えるようになるために、そして聖霊で満たされるために」
三日間飲まず食わずで、断食して祈っていたサウロ、そのときに主イエス様ご自身が告げて下さった、アナニアと言う人の来訪、その言葉通りに、二人は初めて出会いました。そして、アナニアの口から、自然に出てきた言葉は「兄弟、サウロ」という言葉です。これまで同僚たちを苦しめてきた、悪名高いサウロ、そのサウロに対する憎しみは、今や全く消えていたのです。アナニアもまた主イエス様の言葉によって変えられたのです。彼がサウロに手を置いたのは、任命や按手の意味ではなく、主イエス様のいやしを求めて祈る、そのために手を置いて祈ったのでしょう。
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18節からは、はじめてサウロが主語となります。「するとたちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元通り見えるようになった」
どの聖書も「うろこのようなもの」と訳しますが、原文でも、「うろこ」と言う言葉が使われます。ただし、そのギリシャ語には、薄い切片、と言う意味もありますから、サウロの目から落ちたものは、魚のうろこそのものではない、うろこのような薄い切片であり、これまでサウロの目をふさいで見えなくしていたものでした。それは、何か自然界のものではなく、主イエス様ご自身がサウロに与えたものでありました。それが落ちることによって、サウロは見えるようになったのです。三省堂の新明解国語辞典で「目からうろこが落ちる」という言葉を引きますと「何かがきっかけになって、今までよくわからなかったことが突然はっきりとわかるようになる。出典は新約聖書」と書いてありました。これは聖書にもとづく英語の慣用句「the scales fall from one’s eyes 」の翻訳なのです。まるで物理的に目から何かが落ちるようにして、はっきりと真理を見えるようなるのです。サウロは、その心において、霊において、主イエス様が見えるようになりました。その目に見える「しるし」としてこのことが起きたということが出来ます。アナニアの祈りに対して主イエス様が答えて下さったのです。サウロは、アナニアから主イエス様の弟子になったしるしとして、おそらく近くの川辺で洗礼を受けました。旧約聖書の神の約束通りに、今、救い主が来られたことを信じ、メシアであるイエス。イエス・キリストを信じたので、洗礼を受けたのです。
主イエス様は、マタイによる福音書28章で12使徒に命じられました。いわゆる大宣教命令と言われるものです。「だからあなたがたは、行ってすべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなた方に命じて置いたことをすべて守るように教えなさい」「わたしは世の終わりまでいつもあなた方と共にいる」
サウロにアナニアが授けた洗礼も、父と子と聖霊の名による洗礼であったことは間違いありません。
サウロにとっては、すべて主の言われたとおりのことでした。そうであれば、もはや断食して祈る理由はなくなりました。サウロは、食事をとり、元気を取り戻すことが出来ました。このあと、サウロは、ダマスコの町で主イエス様を宣べ伝え始めます。「主イエス・キリスト、このお方こそ生ける神の子、救い主、メシアである」
あちらこちらの会堂でと書かれているのは、キリスト教の会堂ではなく、シナゴーグ、ユダヤ教の会堂でしょう。ユダヤ教の会堂でイエス・キリストを宣べ伝えることはサウロにとっては、何の不思議も問題もないことでした。旧約聖書が告げ知らせているメシア、イエスこそが、このお方だと宣べ伝えることだからです。
このあとのサウロのはたらきは、次回に学ぶことといたします。お祈りを致します。
天の父なる神、主イエス・キリストの父なる神、あなたは次々と福音宣教のための働き人を選び、福音を運ぶ器とされました。新約聖書の最大の伝道者、使徒パウロの回心もまた、主イエス様の御心によって起こされ、彼は異邦人のための使徒、伝道の器とされました。神様はわたしたちにも、不可能とも思える回心と悔い改め、また新しい使命を与えてくださいます。わたしたち一人一人に、気が付かないうちに目からうろこが落ちる体験を与え、この世界とわたしたち自身の救いの道を新しく見せてくださったことを感謝いたします。そうぞ。教会がこれからも忍耐強く、ただあなたの恵みにより頼んで福音を伝えて行くことが出来ますよう力を与えてください、主の名によって祈ります。アーメン。