聖書の言葉 使徒言行録 7章44節~53節 メッセージ 2024年12月29日(日)熊本伝道所礼拝説教 使徒言行録7章44~53節「神の憩う場所」 1、 御子イエス・キリストの恵みと平和とが豊かにありますように。主の御名によって祈ります。アーメン。 今朝、わたしたちはクリスマスの喜びの余韻を感じながら、2024年最後の主の日の礼拝を捧げております。今年は、水曜日の1月1日、元旦の朝に新年礼拝を捧げる予定ですが、それは、あと三日後であります。この三日間の間に2024年が終わり新しい年が始まります。あらためて私たち一人一人の信仰の旅路が守られますようと祈ります。 7章1節から使徒の補佐役であり奉仕者、伝道者であるステファノの説教を読み続けて来ました。使徒言行録の中でも特別に長いステファノの説教を4回に分けて学んできたのですが、今朝はその最終回となります。 ステファノがユダヤ人たちに捕らえられました理由は、もちろん彼と彼が所属しているキリスト教会の主張が、当時のユダヤ教の指導者たちにとって受け入れることが出来ないからでありました。つまりステファノが、主イエス様の弟子であり、またイエス様を救い主として宣伝していることがエルサレムのユダヤ教当局にとっては受け入れられないことでした。けれども、この裁判におけるステファノの罪状は、表向きそのことではなく、ステファノたちが、モーセ律法と神殿をけなしているということでした。 ユダヤ教の当局者にとっても、実は主イエス様がメシアであるかどうかということは、5章の律法学者ガマリエルの演説を見てもわかりますが、そう簡単に決められないことだと思われていました。けれども、モーセに背き、エルサレムの神殿を否定するということなら、ユダヤ人である限り、誰も認めることも許すことも出来ないと思われたからです。裁判長の大祭司アンナスが最初にステファノに問いただした罪状は、その前の6章14節に記されております。 「わたしたちは、彼がこう言っているのを聞きました。『あのナザレの人イエスは、この場所を破壊し、モーセが我々に伝えた慣習を変えるだろう』」 大祭司は、まず、訴えの通りかと口火を切ったのです。偽の証言者の証言がある、その通りかと問いました。これに対抗するステファノの弁明、あるいは説教が延々と続いてきたのです。 この裁判の席でのステファノの弁明は次第に熱を帯びてきました。そしていよいよ最終段階に至りまして、ユダヤ人たちを厳しく告発します。あなた方は聖霊に逆らい、正しい方イエスを裏切り殺したと明言します。自分自身が告発されているはずのステファノでありますけれども、反対にユダヤ人たちを告発し、裁判にかけられるべきは本来はあなたがただと対決姿勢をとって、説教を終えたのです。 もちろん、説教の最初にこのようなことを語ってしまったなら、すぐに発言中止となってはずですが、ステファノはそうはしないで、まずは旧約聖書のアブラハム、ヤコブの物語から始めたのでした。そして、モーセからヨシュアと神の救いの歴史を語って、少しずつ話の核心部へと入って行ったのです。 ステファノは、ここに至るまで、モーセの伝えた律法、これは旧約聖書の全体を指す言葉でもありますが、その本来の目的に目を留めるべきであると訴えました。しして主イエス・キリストと我らキリスト教会は、決して律法を軽んじているのでなく、反対にこれを完成成就するのだと語ってきました。 2. 今朝のみ言葉の44節からは、もう一つのこと、つまり神殿のことについて語り始めます。「この男は神殿をけなし、ついには破壊しようとしている」というユダヤ教側の訴えに反論するのです。当時のユダヤ人にとってエルサレム神殿は、聖なる場所であり、心のよりどころでもありました。今日でも、エルサレムは聖地と呼ばれており、神が臨在される場所であるとされています。もちろん、今や神殿はありません。紀元70年のローマ軍によるエルサレム壊滅の際に破壊されてしまい、その跡地しか残っていません。今日ではそこに岩のドームと言うスラム教寺院が建てられていますが、その一角、エルサレム旧市街の西側にかつて破壊されたエルサレム神殿の城壁が残っていて、嘆きの壁と呼ばれています。ユダヤ人たちが、この壁に顔をうずめるようにして祈る姿は、時折、テレビなどで放映されています。 使徒言行録の時代には、ソロモンが建立したもともとの神殿はすでにありません。バビロン捕囚の際に破壊されており、そのあと紀元前6世紀に再建された第二神殿が建てられていました。この第二神殿は、ヘロデ王の時代に大幅に改築、整備されましたのでヘロデの神殿とも呼ばれていました。ステファノは、ユダヤ人であるにも関わらず、この神殿をけなし、また破壊されるだろうと主張した罪で裁かれているのです。 わたしたちプロテスタントのキリスト教会には、ユダヤ教のエルサレム神殿、嘆きの壁に匹敵するような聖地というものはありません。カトリックの総本山バチカンのような本山もプロテスタント教会にとってはありえないことです。時折、聖地旅行などと言いますが、聖地と言う言葉についてはよく吟味して使わなければならないと思います。もちろん、有名なドラマの撮影地をそのファンにとっての聖地と呼ぶように、比喩的な使い方もありますので、絶対に使ってはいけないということではありません。 わたしたちにとっては、特定の場所だけが聖なる地ではなく、神様がいてくださるところのすべてが聖なる地です、特に主の日礼拝において、そこに複数の信者が集い、神の言葉が語られ、礼拝が捧げられ、聖礼典が正しく執行されるときにキリストは特別な臨在を約束して下さっています。わたしたちはそのことを信じて、礼拝を捧げます。主の日のことをわたしたちは安息日と呼びます。神の安息にわたしたちも入れていただけることによりわたしたちに安息が訪れます。今朝のみ言葉の中の49節と50節は、旧約聖書イザヤ書の66章の引用ですが、そこに安息と言う言葉が使われています。 49節「おまえたちは、わたしにどんな家を建ててくれると言うのか。わたしの憩う場所はどこにあるのか」この憩う場所と訳されている言葉が、安息する場所という言葉です。神が安息する場所、それが神殿だというのです。もとのギリシャ語は、創世記2章2節、「第七の日に神はご自分の仕事を完成された。第七の日に神はご自分の仕事を離れ安息なさった。」というみ言葉のギリシャ語訳旧約聖書で使われる、「安息なさった」という言葉です。神の聖なる安息にわたしたちも入れていただく、これこそが主の日の礼拝です。 3、 ステファノの説教は、エルサエム神殿のそもそも始まりと、その最初の目的とを語り始めます。その始まりは、モーセの時代の証しの幕屋であって、神の指示によって造られました。ステファノは、この、幕屋と、その後の神殿とを区別しているように思われます。 まず、幕屋の建設は、神が見たままのかたちに作るようにとモーセに言われたことによって始まります。これは旧約聖書の出エジプト記25章9節に書かれていることです。神はモーセにこう言われました。「わたしの聖なるところを彼らに造らせなさい。わたしが示す造り方に従って幕屋とそのすべての祭具を造りなさい」わたしが示す造り方、わたしが示す型、そのままに造りなさいと言う意味です。 確かに、神様がモーセに幕屋建設の指示を出しました時に、出エジプト記25章から27章にかけて、幕屋の材質やサイズ、内部の調度品や装飾に至るまで事細かに指示されました。モーセはその通りに民に命じて、荒れ野に幕屋を立てました。その目的は、神様から授かった律法の石の板を保管するためでありました。十戒は神様の契約のしるしであり、その証です。従って、証しを安置する幕屋、証しの幕屋と呼ばれたのです。 40年の間、イスラエルの荒れ野の旅とともの幕屋も旅をしました。そして、ついにカナンの地に神様が招き入れてくださると同時に、幕屋も約束の地に運び込まれたのです。「ダビデの時代までそこにありました」とステファノは言いますが、実際には、エルサレムではなく、シロという場所に幕屋は建てられていました。「僕聴きます、主よお語りください」と言う聖句で有名なサムエルは、幼いころに祭司エリのもとで、契約の箱の側で寝起きしていました。ですから、士師記の時代を経て預言者サムエルの時代には、幕屋と言うよりも神殿に近い建物になっていた可能性があります。 この契約の箱は、サウル王の時代にペリシテ人に奪われ、ダビデがこれを奪還して、ダビデの街エルサレムに置かれます。ダビデは、本格的な神殿建立を願いましたが、神様はその子のソロモンにこれを実行させます。 ソロモンの神殿は、モーセの幕屋のように、神様が事細かに指図して作らせたものではないのですが、しかしダビデ王が「聖霊に導かれて設計した」と歴代誌上の28章12節に書かれています。神殿完成の時には、神はソロモンを祝福してくださいました。 ステファノの説教を聞いていますと、あたかも幕屋には、神様はそこにいて下さったけれども、立派な神殿がソロモンによって建ったあとは、神はそこを離れさってしまったと言っているように見えます。しかし、「いとたかき方は人の手でつくったようなものにはお住みになりません」というステファノの言葉をそのままにとるならば、幕屋も神殿も設計は神様によるものですが、建設建築は、間違いなく人手で造ったものでありますし、神様がそこにおられない理由にはなりません。 ステファノの言いたいことは、むしろ、幕屋、あるいは神殿でなされていることの中身に関わることだと思います。 イザヤ書の最後の章である第66章1節2節が引用されます。天はわたしの王座、地はわたしの足台と言いますのは、神様にとって、天地創造の七日目の安息における神様の祝福と恵みが一体全体、神の家とされる幕屋や神殿にあるのかないのかということなのです。イザヤ書66章の子の引用聖句の直後の2節後半をお読みします。「何がわたしの安息の場となりえるか。これらはすべてわたしの手が造り、これらはすべて、それゆえに存在すると主は言われる。わたしが顧みるのは苦しむ人、霊の砕かれた人、わたしの言葉におののく人」 ステファノは、説教の最後の51節から53節で、世世の預言者の名においてイスラエルの罪を告発します。「あなた方はいつも聖霊に逆らっています。」 イザヤをはじめ、旧約聖書の預言書に登場する預言者の使命は、神の民イスラエルの罪を暴き、悔い改めに導き、神に立ち返せることでした。しかし、この預言者の語る神の言葉にも関わらず、イスラエルは偶像礼拝を止めず、また、力あるものは弱いものを助けず、正義はないがしろにされたのです。そして今、あなた方は、神様が遣わした正しい方、義人中の義人、イエス・キリストを殺してしまった。こういうのです。 いわば神様の最後通牒を突き付けるように、ステファノはみ言葉を語りました。説教の語り初めに皆の視線が一斉にステファノに向けられた時、ステファノの顔はさながら天使の顔のようであったと記されています。聖霊によって、ステファノは預初めから終わりまで、預言者の語る言葉として、説教したと言えるでしょう。 4、 わたしたちは、この熊本帯山の地に建てられました教会堂で毎週礼拝を捧げています。この建物の前を行き来する人々は、もしかしたら、心の中でこう言うかもしれません。「ここに神はおられるのか」 わたしたちは、答えます。確かに間違いなく、ここに神はおられます。神は、もちろんどこにでもおられるお方です。しかし、主の日の礼拝において、神の民の間に特別な仕方で御臨在くださるのです。 すなわちわたしたちが人間的な理由ではなく、主の名によって共に集い、そこで聖書のみ言葉が神の言葉と信じられ、語られ、また聴かれているなら神は間違いなくそこにいて下さいます。そして何よりも、ここでわたしたちの罪が告白され、イエス・キリストの赦しが信じられ、互いに新しく生まれたものとして謙遜になって祈り合い助け合うとき、そこに教会があるのだと思います。神がいて下さるのです。まったく不十分であるかもしれませんが、そのような足りない私たちを神ご自身が愛してくださる、だからこそ、わたしたちはこの神を礼拝するのです。神は、ご自身のもとに来るものを決して拒まれることはありません。 神の祝福された世界を取り戻し、七日目の本来の安息に入れられて、わたしたち自身が安息をいただく場所、これこそが主の家であり。教会の姿です。 ステファノは、我こそは律法を守っている、戒律を行っていると主張する祭司や律法学者たちに向かって、こう言いました。 「心と耳に割礼を受けていない人たち」 外見的な意味では、ユダヤ人の律法に従って割礼を受けていても、その心はどうか、その耳はどうかと問うのです。 心に割礼を受けることは、神様との新しい契約に入ることです。わたしたちの信仰に従えば洗礼を受けて神の家族となることです。耳に割礼を受けるとは、神のみ言葉を信じ受け入れ、これを行う生活をすることです。これこそ聖霊に従う生活です。 譬え、その規模が大きくない、ささやかな、小さな教会であっても、こここそが神の家であり、主のおられるところです。この週も、また新しい年も、わたしたちはみ言葉に従う生活をさせていただき、また主の日ごとに心からの礼拝を捧げ、神様の求めておられる生活を送ることが出来ますよう導いてください。主の名によって祈ります。アーメン。
2024年12月29日(日)熊本伝道所礼拝説教
使徒言行録7章44~53節「神の憩う場所」
1、
御子イエス・キリストの恵みと平和とが豊かにありますように。主の御名によって祈ります。アーメン。
今朝、わたしたちはクリスマスの喜びの余韻を感じながら、2024年最後の主の日の礼拝を捧げております。今年は、水曜日の1月1日、元旦の朝に新年礼拝を捧げる予定ですが、それは、あと三日後であります。この三日間の間に2024年が終わり新しい年が始まります。あらためて私たち一人一人の信仰の旅路が守られますようと祈ります。
7章1節から使徒の補佐役であり奉仕者、伝道者であるステファノの説教を読み続けて来ました。使徒言行録の中でも特別に長いステファノの説教を4回に分けて学んできたのですが、今朝はその最終回となります。
ステファノがユダヤ人たちに捕らえられました理由は、もちろん彼と彼が所属しているキリスト教会の主張が、当時のユダヤ教の指導者たちにとって受け入れることが出来ないからでありました。つまりステファノが、主イエス様の弟子であり、またイエス様を救い主として宣伝していることがエルサレムのユダヤ教当局にとっては受け入れられないことでした。けれども、この裁判におけるステファノの罪状は、表向きそのことではなく、ステファノたちが、モーセ律法と神殿をけなしているということでした。
ユダヤ教の当局者にとっても、実は主イエス様がメシアであるかどうかということは、5章の律法学者ガマリエルの演説を見てもわかりますが、そう簡単に決められないことだと思われていました。けれども、モーセに背き、エルサレムの神殿を否定するということなら、ユダヤ人である限り、誰も認めることも許すことも出来ないと思われたからです。裁判長の大祭司アンナスが最初にステファノに問いただした罪状は、その前の6章14節に記されております。
「わたしたちは、彼がこう言っているのを聞きました。『あのナザレの人イエスは、この場所を破壊し、モーセが我々に伝えた慣習を変えるだろう』」
大祭司は、まず、訴えの通りかと口火を切ったのです。偽の証言者の証言がある、その通りかと問いました。これに対抗するステファノの弁明、あるいは説教が延々と続いてきたのです。
この裁判の席でのステファノの弁明は次第に熱を帯びてきました。そしていよいよ最終段階に至りまして、ユダヤ人たちを厳しく告発します。あなた方は聖霊に逆らい、正しい方イエスを裏切り殺したと明言します。自分自身が告発されているはずのステファノでありますけれども、反対にユダヤ人たちを告発し、裁判にかけられるべきは本来はあなたがただと対決姿勢をとって、説教を終えたのです。
もちろん、説教の最初にこのようなことを語ってしまったなら、すぐに発言中止となってはずですが、ステファノはそうはしないで、まずは旧約聖書のアブラハム、ヤコブの物語から始めたのでした。そして、モーセからヨシュアと神の救いの歴史を語って、少しずつ話の核心部へと入って行ったのです。
ステファノは、ここに至るまで、モーセの伝えた律法、これは旧約聖書の全体を指す言葉でもありますが、その本来の目的に目を留めるべきであると訴えました。しして主イエス・キリストと我らキリスト教会は、決して律法を軽んじているのでなく、反対にこれを完成成就するのだと語ってきました。
2.
今朝のみ言葉の44節からは、もう一つのこと、つまり神殿のことについて語り始めます。「この男は神殿をけなし、ついには破壊しようとしている」というユダヤ教側の訴えに反論するのです。当時のユダヤ人にとってエルサレム神殿は、聖なる場所であり、心のよりどころでもありました。今日でも、エルサレムは聖地と呼ばれており、神が臨在される場所であるとされています。もちろん、今や神殿はありません。紀元70年のローマ軍によるエルサレム壊滅の際に破壊されてしまい、その跡地しか残っていません。今日ではそこに岩のドームと言うスラム教寺院が建てられていますが、その一角、エルサレム旧市街の西側にかつて破壊されたエルサレム神殿の城壁が残っていて、嘆きの壁と呼ばれています。ユダヤ人たちが、この壁に顔をうずめるようにして祈る姿は、時折、テレビなどで放映されています。
使徒言行録の時代には、ソロモンが建立したもともとの神殿はすでにありません。バビロン捕囚の際に破壊されており、そのあと紀元前6世紀に再建された第二神殿が建てられていました。この第二神殿は、ヘロデ王の時代に大幅に改築、整備されましたのでヘロデの神殿とも呼ばれていました。ステファノは、ユダヤ人であるにも関わらず、この神殿をけなし、また破壊されるだろうと主張した罪で裁かれているのです。
わたしたちプロテスタントのキリスト教会には、ユダヤ教のエルサレム神殿、嘆きの壁に匹敵するような聖地というものはありません。カトリックの総本山バチカンのような本山もプロテスタント教会にとってはありえないことです。時折、聖地旅行などと言いますが、聖地と言う言葉についてはよく吟味して使わなければならないと思います。もちろん、有名なドラマの撮影地をそのファンにとっての聖地と呼ぶように、比喩的な使い方もありますので、絶対に使ってはいけないということではありません。
わたしたちにとっては、特定の場所だけが聖なる地ではなく、神様がいてくださるところのすべてが聖なる地です、特に主の日礼拝において、そこに複数の信者が集い、神の言葉が語られ、礼拝が捧げられ、聖礼典が正しく執行されるときにキリストは特別な臨在を約束して下さっています。わたしたちはそのことを信じて、礼拝を捧げます。主の日のことをわたしたちは安息日と呼びます。神の安息にわたしたちも入れていただけることによりわたしたちに安息が訪れます。今朝のみ言葉の中の49節と50節は、旧約聖書イザヤ書の66章の引用ですが、そこに安息と言う言葉が使われています。
49節「おまえたちは、わたしにどんな家を建ててくれると言うのか。わたしの憩う場所はどこにあるのか」この憩う場所と訳されている言葉が、安息する場所という言葉です。神が安息する場所、それが神殿だというのです。もとのギリシャ語は、創世記2章2節、「第七の日に神はご自分の仕事を完成された。第七の日に神はご自分の仕事を離れ安息なさった。」というみ言葉のギリシャ語訳旧約聖書で使われる、「安息なさった」という言葉です。神の聖なる安息にわたしたちも入れていただく、これこそが主の日の礼拝です。
3、
ステファノの説教は、エルサエム神殿のそもそも始まりと、その最初の目的とを語り始めます。その始まりは、モーセの時代の証しの幕屋であって、神の指示によって造られました。ステファノは、この、幕屋と、その後の神殿とを区別しているように思われます。
まず、幕屋の建設は、神が見たままのかたちに作るようにとモーセに言われたことによって始まります。これは旧約聖書の出エジプト記25章9節に書かれていることです。神はモーセにこう言われました。「わたしの聖なるところを彼らに造らせなさい。わたしが示す造り方に従って幕屋とそのすべての祭具を造りなさい」わたしが示す造り方、わたしが示す型、そのままに造りなさいと言う意味です。
確かに、神様がモーセに幕屋建設の指示を出しました時に、出エジプト記25章から27章にかけて、幕屋の材質やサイズ、内部の調度品や装飾に至るまで事細かに指示されました。モーセはその通りに民に命じて、荒れ野に幕屋を立てました。その目的は、神様から授かった律法の石の板を保管するためでありました。十戒は神様の契約のしるしであり、その証です。従って、証しを安置する幕屋、証しの幕屋と呼ばれたのです。
40年の間、イスラエルの荒れ野の旅とともの幕屋も旅をしました。そして、ついにカナンの地に神様が招き入れてくださると同時に、幕屋も約束の地に運び込まれたのです。「ダビデの時代までそこにありました」とステファノは言いますが、実際には、エルサレムではなく、シロという場所に幕屋は建てられていました。「僕聴きます、主よお語りください」と言う聖句で有名なサムエルは、幼いころに祭司エリのもとで、契約の箱の側で寝起きしていました。ですから、士師記の時代を経て預言者サムエルの時代には、幕屋と言うよりも神殿に近い建物になっていた可能性があります。
この契約の箱は、サウル王の時代にペリシテ人に奪われ、ダビデがこれを奪還して、ダビデの街エルサレムに置かれます。ダビデは、本格的な神殿建立を願いましたが、神様はその子のソロモンにこれを実行させます。
ソロモンの神殿は、モーセの幕屋のように、神様が事細かに指図して作らせたものではないのですが、しかしダビデ王が「聖霊に導かれて設計した」と歴代誌上の28章12節に書かれています。神殿完成の時には、神はソロモンを祝福してくださいました。
ステファノの説教を聞いていますと、あたかも幕屋には、神様はそこにいて下さったけれども、立派な神殿がソロモンによって建ったあとは、神はそこを離れさってしまったと言っているように見えます。しかし、「いとたかき方は人の手でつくったようなものにはお住みになりません」というステファノの言葉をそのままにとるならば、幕屋も神殿も設計は神様によるものですが、建設建築は、間違いなく人手で造ったものでありますし、神様がそこにおられない理由にはなりません。
ステファノの言いたいことは、むしろ、幕屋、あるいは神殿でなされていることの中身に関わることだと思います。
イザヤ書の最後の章である第66章1節2節が引用されます。天はわたしの王座、地はわたしの足台と言いますのは、神様にとって、天地創造の七日目の安息における神様の祝福と恵みが一体全体、神の家とされる幕屋や神殿にあるのかないのかということなのです。イザヤ書66章の子の引用聖句の直後の2節後半をお読みします。「何がわたしの安息の場となりえるか。これらはすべてわたしの手が造り、これらはすべて、それゆえに存在すると主は言われる。わたしが顧みるのは苦しむ人、霊の砕かれた人、わたしの言葉におののく人」
ステファノは、説教の最後の51節から53節で、世世の預言者の名においてイスラエルの罪を告発します。「あなた方はいつも聖霊に逆らっています。」
イザヤをはじめ、旧約聖書の預言書に登場する預言者の使命は、神の民イスラエルの罪を暴き、悔い改めに導き、神に立ち返せることでした。しかし、この預言者の語る神の言葉にも関わらず、イスラエルは偶像礼拝を止めず、また、力あるものは弱いものを助けず、正義はないがしろにされたのです。そして今、あなた方は、神様が遣わした正しい方、義人中の義人、イエス・キリストを殺してしまった。こういうのです。
いわば神様の最後通牒を突き付けるように、ステファノはみ言葉を語りました。説教の語り初めに皆の視線が一斉にステファノに向けられた時、ステファノの顔はさながら天使の顔のようであったと記されています。聖霊によって、ステファノは預初めから終わりまで、預言者の語る言葉として、説教したと言えるでしょう。
4、
わたしたちは、この熊本帯山の地に建てられました教会堂で毎週礼拝を捧げています。この建物の前を行き来する人々は、もしかしたら、心の中でこう言うかもしれません。「ここに神はおられるのか」
わたしたちは、答えます。確かに間違いなく、ここに神はおられます。神は、もちろんどこにでもおられるお方です。しかし、主の日の礼拝において、神の民の間に特別な仕方で御臨在くださるのです。
すなわちわたしたちが人間的な理由ではなく、主の名によって共に集い、そこで聖書のみ言葉が神の言葉と信じられ、語られ、また聴かれているなら神は間違いなくそこにいて下さいます。そして何よりも、ここでわたしたちの罪が告白され、イエス・キリストの赦しが信じられ、互いに新しく生まれたものとして謙遜になって祈り合い助け合うとき、そこに教会があるのだと思います。神がいて下さるのです。まったく不十分であるかもしれませんが、そのような足りない私たちを神ご自身が愛してくださる、だからこそ、わたしたちはこの神を礼拝するのです。神は、ご自身のもとに来るものを決して拒まれることはありません。
神の祝福された世界を取り戻し、七日目の本来の安息に入れられて、わたしたち自身が安息をいただく場所、これこそが主の家であり。教会の姿です。
ステファノは、我こそは律法を守っている、戒律を行っていると主張する祭司や律法学者たちに向かって、こう言いました。
「心と耳に割礼を受けていない人たち」
外見的な意味では、ユダヤ人の律法に従って割礼を受けていても、その心はどうか、その耳はどうかと問うのです。
心に割礼を受けることは、神様との新しい契約に入ることです。わたしたちの信仰に従えば洗礼を受けて神の家族となることです。耳に割礼を受けるとは、神のみ言葉を信じ受け入れ、これを行う生活をすることです。これこそ聖霊に従う生活です。
譬え、その規模が大きくない、ささやかな、小さな教会であっても、こここそが神の家であり、主のおられるところです。この週も、また新しい年も、わたしたちはみ言葉に従う生活をさせていただき、また主の日ごとに心からの礼拝を捧げ、神様の求めておられる生活を送ることが出来ますよう導いてください。主の名によって祈ります。アーメン。