聖書の言葉 使徒言行録 7章37節~43節 メッセージ 2024年12月15日(日)熊本伝道所礼拝説教 使徒言行録7章37~43節「神に背く神の民」 Rev.SHOICHI NEZU 1、 御子イエス・キリストの恵みと平和とが豊かにありますように。主の御名によって祈ります。アーメン。 ここまで読み進めてきました使徒言行録の1章から7章に、エルサレムに生まれた初代教会の成長と迫害の様子が記されていました。教会の規模が大きくなるにつれて、12使徒を補佐する奉仕者が必要になり教会は新たに7人の奉仕者を選びます。彼らは、これまでの12使徒の中にはいなかったギリシャ語を話すユダヤ人の中から選ばれ、彼らの活躍もあって教会はますます成長していったのであります。 12使徒たちの補佐役として立てられた7人の奉仕者たちの中でもっとも目立った働きをしておりましたのはステファノでした。このリーダー格の働き手であったステファノを捕らえて教会に打撃を与えようとしたのが、エルサレム神殿を中心とした従来の正統派ユダヤ人たちです。ステファノはユダヤ人に捕らえられ、裁判にかけられました。場所は、エルサレム神殿の近くにある最高法院、ユダヤ人の議会であります。 7章1節から続く、この裁判の席でのステファノの説教を学んでいます。このステファノの長い説教は、使徒言行録でもっとも長いものです。使徒言行録の第一部と言ってよい、エルサレム時代の締めくくりとなっています。7章の最後に、ステファノがリンチ同然に処刑される記事があります。ステファノの処刑、教会の側からいえば殉教が記されて、8章から、舞台は一転してエルサレムの外の地域、さらには異邦人世界へと移って行くのです。そのような節目の位置にある説教です。 今朝は、このステファノの説教の3回目です。最初の回の1節から16節までは、アブラハム、ヤコブ、そしてヨセフと旧約聖書の創世記がぎゅっと要約して語られました。そして前回の17節から36節では、モーセによる出エジプトの出来事が語られました。ここまでは、いわば旧約聖書の最初の五つの書物の三分の一くらいを語っています。一ついえることは、ステファノは、単に旧約聖書のイスラエルの救いの歴史をまとめてみているのではなく、一つの主張をもって説教していると言うことです。 ステファノの主張の第一点は、12人のヤコブの息子たちの下から二人目のヨセフこそがヤコブ一族、のちのイスラエルを救った人であること、そして、この人のようにイエス・キリストが民を救うということであります。第二点は、モーセの物語です。モーセによる出エジプトの働きもまたイエス・キリストの救いを指し示すということなのです。はっきり言いますと、ユダヤ人たちの旧約聖書の解釈に、主イエス・キリストと言う新しい光を与える読み方を示したのであります。 さて今朝の部分は、モーセが主役であるというよりも、モーセに背き、神のみ言葉に背くイスラエルの民が主役となっています。 最初の37節と38節は、モーセが主語です。そのあと、イスラエルの先祖たちの反抗のありさまが続きます。39節と40節の主語は、先祖たち、原語に即して訳せば「わたしたちの先祖たち」です。つまりギリシャ語を話すユダヤ人であったステファノと目のまえにいる正統派のユダヤ人の共通の先祖たちです。彼らは、荒れ野で指導者アロンにこう言いました。次の41節も、また彼らが雄牛の像を造ったと続きます。アロンと言う人はモーセの兄であり、モーセともに出エジプトのために働いた人です。 ステファノも目の前の最高法院の議員たちも皆、ユダヤ人であり、旧約聖書を幼いころから読み続けて育っています。それに引き換えて、わたしたちの多くは、そうではありません。礼拝説教でも新約聖書の方が多く読まれるのだと思います。日曜学校の生徒として、あるいは先生として聖書物語に親しまれた方々は、モーセの人物像や出エジプトのことも記憶に残っている事でしょう。しかし、旧約聖書に対する親しみと言う点では当時のユダヤ人たちとは比べることが出来ません。例えば、37節にこうあります。「この人が、つまりモーセですが、この人がエジプトの地でも紅海でも、また40年の間、荒れ野でも不思議な業としるしを行って人々を導き出しました」 当時のユダヤ人たちは、このフレーズを聞いただけで旧約聖書の様々な情景が心に浮かんでくるのです。ステファノは、そのいろいろな情景の中で自分がもっとも言いたいことを語ります。 モーセが、エジプトの地で何をしたのか、それは出エジプト記の1章から13章までに記されております。紅海の出来事と言いますのは、出エジプト記14章、イスラエルの民が杖をかざして海を割り、葦の海を歩いて渡っていったこと、そして40年の間の出来事は、出エジプト記の後半とレビ記、民数記、申命記に記されている荒れ野でのイスラエルの旅の間に起きたことです。 ステファノが、これらのモーセ物語の最後の部分として凝縮して語ることは、第一に、モーセは来るべき預言者、救い主のひな型であったことです。37節の全体をお読みします。 「このモーセがイスラエルの子らにこう言いました。『神はあなた方の兄弟の中から、わたしのような預言者を立てられる』 これは旧約聖書申命記18章15節の引用です。この個所は、使徒ペトロも美しの門の奇跡の時の神殿説教で引用しています。モーセは、イスラエル12部族にとって、まさに救い主であり解放者でありました。モーセに匹敵する預言者がこれまで現れなかった、しかし今主イエスが遣わされたというのです。このように、あのモーセが神から頂いたみ言葉の通りに、主イエス・キリストが到来したではないかとステファノも、ペトロも語るのです。 主イエス様とモーセには共通点があります。それは、神の民と神様の間に立ち、命の言葉を受けて、それを伝えたことです。命の言葉、それはモーセにおいては十戒をはじめとする律法でした。旧約聖書の律法には、十戒のように多くの禁止命令とならんで、幕屋の儀式や祭りを行いなさいという命令もあります。それらはすべて、エジプトから救われて神の民とされたイスラエルにとって、命に至る「命の言葉」でありました。 主イエス様もわたしたちに、命の言葉を伝えてくださいました。主イエス様は、わたしは律法を廃棄するために来たのではなく、律法を完成するために来たと明言されています。主イエス様の存在と働きそのものが命の言葉であります。そして主エイス様の愛の言葉の一つ一つが命の言葉であります。 わたしたちは、礼拝のたびごとに十戒を朗読します。これは十戒を守ることによって天国に行くことが出来るという意味では決してありません。主イエス様によって罪を赦され救われたものの生活の指針として読んでいます。イスラエルが、エジプトの奴隷の家から解放された後に、十戒が与えられたように、十戒は、主イエス様の愛の戒めであり、救いを受けたものの信仰と生活の道しるべなのです。 2、 ステファノもペトロも、旧約聖書の主人公であったモーセとヨセフが、実は来るべき救い主、イエスキリストのひな型であったと語ります。そして、もうひとつ別の意味のひな型があるということを次の39節から示します。それは、救い主に反抗する神の民の姿です。ステファノはこう続けます。 「けれども先祖たちはこの人に従おうとせず、彼を退け、エジプトを懐かしく思いアロンに言いました。『わたしたちの先に立って導いてくれる神々を造ってください。エジプトの地から導きだしてくれたモーセの身の上に何が起こったか分からないからです。』 この事件は、出エジプト記32章に記されるアロンの金の子牛事件と呼ばれるものです。モーセは、エジプト脱出してから三か月目にシナイ山のふもとに民を導き、神様は、シナイ山のいただきでモーセと語られました。その時に最初に授かりましたのが出エジプト記20章の十戒の言葉です。モーセは一旦山を下りて、この十戒を民に伝えます。そして再び主のもとに上って行き20章中ほどから31章まで続く様々な社会的律法と呼ばれる戒めを神様から受け、最後に十戒を記した言われる二枚の石の板を授けられました。 この時、山のふもとでモーセの帰りを待っていたイスラエルの民は、モーセが中々降りてこないことにしびれを切らし、指導者アロンに我々に向かって、自分たちに先立って進む神々を造ってほしいと願い出すのです。そしてアロンの指導によって、民が身の着けていた金の耳輪を集めて溶かし、若い雄牛の像を造り、自分たちの神としたのです。 彼らはこの像に捧げものを捧げ、座って飲み食いし、立ってたわむれたと出エジプト記32章6節に記されています。 神輿を担ぎ、お神酒などを捧げ、そのあとで宴会をして楽しむというのは、いわゆる日本古来の祭りの姿です。神のための礼拝ではなく、人が楽しむため、あるいは楽しみの理由にするための礼拝なのです。およそ、まことの神を知らない人間と言うものが、それでも神なしでは生きられない寂しさ辛さを紛らわすために自分たちで作った神を神とするのです。神はこの時、モーセにすぐに下山し民を裁く、つまり滅ぼすようにと命じました。しかし、モーセが執り成したので、神はアブラハムとの契約に免じて思いなおすと言われました。 ーセが下山したとき、人々はアロンの子牛を礼拝し、つまり偶像を礼拝し踊ったり飲み食いしていました。モーセは、その歓楽的な有様を見て、烈火のごとく怒って、民を戒めたのでした。いったん民は悔い改めるのですが、しかし、その後も何回も彼らは荒れ野での生活に不平を言い、エジプトを恋しく思って、モーセに反抗するのです。 3 この様子は、その後の多くの預言者によってイスラエルの滅亡の原因として、繰り返し語られます。その中でステファノが取り上げていますのは、アモス書の5章25節から27節です。 「イスラエルの家よ、お前たちは荒れ野にいた40年の間、わたしにいけにと供え物を捧げたことがあったか。」これは、「決してなかったではないか」という否定の結語を省略した疑問文です。もちろん、イスラエルの民は、荒れ野の40年の間、移動式の幕屋と祭壇を携えて旅を続け、とどまるたびに規定通りの犠牲を捧げています。しかし、アモスが、この5章の前半で語りました神の言葉は、わたしはお前たちの祭りを憎み、退ける、ということなのです。そして言うのです。「正義を洪水のように、恵みを大河のように尽きることなく流れさせよ。」確かに、イスラエルの民は、見かけの上では祭壇に犠牲を捧げ、幕屋礼拝をしていた、しかし、その心はどうであったか、神の御心に適う正義の御業、恵みの業を伴う生活であったのかと問いかけるのです。一体何のための礼拝なのか、本当に神を崇め、捧げものを心から捧げたか、これが神様のいいたいことなのです。アモス書の引用の最後は、こうです。「だからわたしはお前たちをバビロンの彼方へ移住させる」 このステファノの引用文と、実際のアモス書の本文はかなり違っています。これには、いくつかの理由があります。まずわかりやすいのは翻訳の問題、旧約聖書のアモス書5章25節から27節、これはヘブライ語を日本語に訳したものです。一方、使徒言行録はギリシャ語を日本語に訳しているということです。第二に、実は、ステファノが引用しているのは、ギリシャ語で生活するユダヤ人として親しんできた当時のギリシャ語訳旧約聖書であるという点です。これは、ヘブライ語聖書と違うところがあります。実は、現存するヘブライ語旧約聖書の最古の写本は11世紀のレニングラード写本です。一方で、ギリシャ語訳旧約聖書、セプチュアギンタの最古の写本は3世紀と考えられるシナイ写本、やその他の同時代の写本もあります。そうしますと、ギリシャ語訳旧約聖書の方が古い時代の、いわば、写本伝承上の誤りを免れたものである可能性もまたあるのです。そして三つめは、ステファノ自身が、引用文を意図的に変えている部分があるということです。特に、最後のバビロンというところは、アモス書ではどの訳文もダマスコとなっています。これは、ダマスコのかなた、つまりアッシリアに移された北イスラエル、ユダとベニヤミン以外のいわゆる失われた十部族のことです。しかし、ステファノは、バビロンに移されたユダ族を前に説教しているので場にロンと言い換えています。 いずれにしても、モーセに背き、救い主に背き、神に背く、この荒れ野の民は、あなた方のひな型であるとステファノは言いたいのです。このままでは、ユダ王国がバイロン捕囚によって滅亡したように、あなたがたも滅びる。だから、主イエス様を救い主として受け入れてもらいたい、こう語るのです。 4 日本の地は、伝道地であり、客観的に見れば教会の力は微々たるものです。わたしたちの周りには多くの宗教が存在し人々は、それぞれに自分の好むままにそれらを拝んでいます。様々な御利益が与えられたり、病や災いから逃れたりことがその動機です。いわば人間中心の宗教ですけれども、もちろん、その動機自体を否定することは出来ません。けれども、一体何を神としているのかが大問題なのです。聖書の神は、人が造った神ではなく人と世界を造られた神です。そして、わたしたちに語りかけてくださる神です。命の道、命の言葉を語ってくださるのです。神を神としていなかった生き方を悔い改めて、真に人間らしい神の喜ばれる生き方へとわたしたちを導いてくださるのです。 ステファノの説教に戻りますが、ステファノは、あなたがたは、救い主である主イエスとこのお方を十字架に付けた上に、その弟子たちをも迫害していると言います。その姿は、かつて預言者の言葉を聞き入れず、彼らを迫害したユダヤの民の姿ではないかと問うのです。あなたがたの姿は、モーセに背き、神に背く荒れ野の民の姿と重なるというのであります。 荒れ野の民と重なるのは、決してステファノを取り囲んでいるユダヤ人だけではないと思うのです。自分たちの手で、都合のよい神を造り、これを拝み、そして人間が楽しむために礼拝する世の人々、そして、そこにはかつてのわたしたちも含まれています。 さらに言えば、荒れ野のイスラエルの民が、形式上は規則通りの礼拝、捧げものをしていても、神の目には、それが本物と認められなかったその姿はどうでしょうか。それは、心からの礼拝ではなく、人間中心のような礼拝をしている教会のひな型でもあり得るのです。クリスマスを控えたこの時、わたしたちは改めて自分自身の姿を見つめなおしたいと思います。 私たちの信仰、また現実の生き方はまことに不十分です。しかし主イエス・キリストは、そのようなわたしたちのもとに、またこの人間世界の中に来てくださいました。そして今も、真実の礼拝、イエス・キリストの命の言葉に生きるようにとわたしたちを招いていてくださいます。このお方に従ってまいりましょう。 祈ります。 天におられる主イエス・キリストの父なる神、父子御霊の三位一体の神、あなたのご存在と御業を讃美します。あらためて旧約のイスラエルの姿、また、初代教会からその信仰を問われたユダヤ教の指導者たちの姿を見せられ、悔い改めへと導かれましたことを感謝します。ステファノの言葉は、わたしたちに向けられた言葉でもありますから、絶えず悔い改めてあなたに立ち帰ることが出来るよう導いてください。主の御名によって祈ります。アーメン。
2024年12月15日(日)熊本伝道所礼拝説教
使徒言行録7章37~43節「神に背く神の民」
Rev.SHOICHI NEZU
1、
御子イエス・キリストの恵みと平和とが豊かにありますように。主の御名によって祈ります。アーメン。
ここまで読み進めてきました使徒言行録の1章から7章に、エルサレムに生まれた初代教会の成長と迫害の様子が記されていました。教会の規模が大きくなるにつれて、12使徒を補佐する奉仕者が必要になり教会は新たに7人の奉仕者を選びます。彼らは、これまでの12使徒の中にはいなかったギリシャ語を話すユダヤ人の中から選ばれ、彼らの活躍もあって教会はますます成長していったのであります。
12使徒たちの補佐役として立てられた7人の奉仕者たちの中でもっとも目立った働きをしておりましたのはステファノでした。このリーダー格の働き手であったステファノを捕らえて教会に打撃を与えようとしたのが、エルサレム神殿を中心とした従来の正統派ユダヤ人たちです。ステファノはユダヤ人に捕らえられ、裁判にかけられました。場所は、エルサレム神殿の近くにある最高法院、ユダヤ人の議会であります。
7章1節から続く、この裁判の席でのステファノの説教を学んでいます。このステファノの長い説教は、使徒言行録でもっとも長いものです。使徒言行録の第一部と言ってよい、エルサレム時代の締めくくりとなっています。7章の最後に、ステファノがリンチ同然に処刑される記事があります。ステファノの処刑、教会の側からいえば殉教が記されて、8章から、舞台は一転してエルサレムの外の地域、さらには異邦人世界へと移って行くのです。そのような節目の位置にある説教です。
今朝は、このステファノの説教の3回目です。最初の回の1節から16節までは、アブラハム、ヤコブ、そしてヨセフと旧約聖書の創世記がぎゅっと要約して語られました。そして前回の17節から36節では、モーセによる出エジプトの出来事が語られました。ここまでは、いわば旧約聖書の最初の五つの書物の三分の一くらいを語っています。一ついえることは、ステファノは、単に旧約聖書のイスラエルの救いの歴史をまとめてみているのではなく、一つの主張をもって説教していると言うことです。
ステファノの主張の第一点は、12人のヤコブの息子たちの下から二人目のヨセフこそがヤコブ一族、のちのイスラエルを救った人であること、そして、この人のようにイエス・キリストが民を救うということであります。第二点は、モーセの物語です。モーセによる出エジプトの働きもまたイエス・キリストの救いを指し示すということなのです。はっきり言いますと、ユダヤ人たちの旧約聖書の解釈に、主イエス・キリストと言う新しい光を与える読み方を示したのであります。
さて今朝の部分は、モーセが主役であるというよりも、モーセに背き、神のみ言葉に背くイスラエルの民が主役となっています。
最初の37節と38節は、モーセが主語です。そのあと、イスラエルの先祖たちの反抗のありさまが続きます。39節と40節の主語は、先祖たち、原語に即して訳せば「わたしたちの先祖たち」です。つまりギリシャ語を話すユダヤ人であったステファノと目のまえにいる正統派のユダヤ人の共通の先祖たちです。彼らは、荒れ野で指導者アロンにこう言いました。次の41節も、また彼らが雄牛の像を造ったと続きます。アロンと言う人はモーセの兄であり、モーセともに出エジプトのために働いた人です。
ステファノも目の前の最高法院の議員たちも皆、ユダヤ人であり、旧約聖書を幼いころから読み続けて育っています。それに引き換えて、わたしたちの多くは、そうではありません。礼拝説教でも新約聖書の方が多く読まれるのだと思います。日曜学校の生徒として、あるいは先生として聖書物語に親しまれた方々は、モーセの人物像や出エジプトのことも記憶に残っている事でしょう。しかし、旧約聖書に対する親しみと言う点では当時のユダヤ人たちとは比べることが出来ません。例えば、37節にこうあります。「この人が、つまりモーセですが、この人がエジプトの地でも紅海でも、また40年の間、荒れ野でも不思議な業としるしを行って人々を導き出しました」
当時のユダヤ人たちは、このフレーズを聞いただけで旧約聖書の様々な情景が心に浮かんでくるのです。ステファノは、そのいろいろな情景の中で自分がもっとも言いたいことを語ります。
モーセが、エジプトの地で何をしたのか、それは出エジプト記の1章から13章までに記されております。紅海の出来事と言いますのは、出エジプト記14章、イスラエルの民が杖をかざして海を割り、葦の海を歩いて渡っていったこと、そして40年の間の出来事は、出エジプト記の後半とレビ記、民数記、申命記に記されている荒れ野でのイスラエルの旅の間に起きたことです。
ステファノが、これらのモーセ物語の最後の部分として凝縮して語ることは、第一に、モーセは来るべき預言者、救い主のひな型であったことです。37節の全体をお読みします。
「このモーセがイスラエルの子らにこう言いました。『神はあなた方の兄弟の中から、わたしのような預言者を立てられる』
これは旧約聖書申命記18章15節の引用です。この個所は、使徒ペトロも美しの門の奇跡の時の神殿説教で引用しています。モーセは、イスラエル12部族にとって、まさに救い主であり解放者でありました。モーセに匹敵する預言者がこれまで現れなかった、しかし今主イエスが遣わされたというのです。このように、あのモーセが神から頂いたみ言葉の通りに、主イエス・キリストが到来したではないかとステファノも、ペトロも語るのです。
主イエス様とモーセには共通点があります。それは、神の民と神様の間に立ち、命の言葉を受けて、それを伝えたことです。命の言葉、それはモーセにおいては十戒をはじめとする律法でした。旧約聖書の律法には、十戒のように多くの禁止命令とならんで、幕屋の儀式や祭りを行いなさいという命令もあります。それらはすべて、エジプトから救われて神の民とされたイスラエルにとって、命に至る「命の言葉」でありました。
主イエス様もわたしたちに、命の言葉を伝えてくださいました。主イエス様は、わたしは律法を廃棄するために来たのではなく、律法を完成するために来たと明言されています。主イエス様の存在と働きそのものが命の言葉であります。そして主エイス様の愛の言葉の一つ一つが命の言葉であります。
わたしたちは、礼拝のたびごとに十戒を朗読します。これは十戒を守ることによって天国に行くことが出来るという意味では決してありません。主イエス様によって罪を赦され救われたものの生活の指針として読んでいます。イスラエルが、エジプトの奴隷の家から解放された後に、十戒が与えられたように、十戒は、主イエス様の愛の戒めであり、救いを受けたものの信仰と生活の道しるべなのです。
2、
ステファノもペトロも、旧約聖書の主人公であったモーセとヨセフが、実は来るべき救い主、イエスキリストのひな型であったと語ります。そして、もうひとつ別の意味のひな型があるということを次の39節から示します。それは、救い主に反抗する神の民の姿です。ステファノはこう続けます。
「けれども先祖たちはこの人に従おうとせず、彼を退け、エジプトを懐かしく思いアロンに言いました。『わたしたちの先に立って導いてくれる神々を造ってください。エジプトの地から導きだしてくれたモーセの身の上に何が起こったか分からないからです。』
この事件は、出エジプト記32章に記されるアロンの金の子牛事件と呼ばれるものです。モーセは、エジプト脱出してから三か月目にシナイ山のふもとに民を導き、神様は、シナイ山のいただきでモーセと語られました。その時に最初に授かりましたのが出エジプト記20章の十戒の言葉です。モーセは一旦山を下りて、この十戒を民に伝えます。そして再び主のもとに上って行き20章中ほどから31章まで続く様々な社会的律法と呼ばれる戒めを神様から受け、最後に十戒を記した言われる二枚の石の板を授けられました。
この時、山のふもとでモーセの帰りを待っていたイスラエルの民は、モーセが中々降りてこないことにしびれを切らし、指導者アロンに我々に向かって、自分たちに先立って進む神々を造ってほしいと願い出すのです。そしてアロンの指導によって、民が身の着けていた金の耳輪を集めて溶かし、若い雄牛の像を造り、自分たちの神としたのです。
彼らはこの像に捧げものを捧げ、座って飲み食いし、立ってたわむれたと出エジプト記32章6節に記されています。
神輿を担ぎ、お神酒などを捧げ、そのあとで宴会をして楽しむというのは、いわゆる日本古来の祭りの姿です。神のための礼拝ではなく、人が楽しむため、あるいは楽しみの理由にするための礼拝なのです。およそ、まことの神を知らない人間と言うものが、それでも神なしでは生きられない寂しさ辛さを紛らわすために自分たちで作った神を神とするのです。神はこの時、モーセにすぐに下山し民を裁く、つまり滅ぼすようにと命じました。しかし、モーセが執り成したので、神はアブラハムとの契約に免じて思いなおすと言われました。
ーセが下山したとき、人々はアロンの子牛を礼拝し、つまり偶像を礼拝し踊ったり飲み食いしていました。モーセは、その歓楽的な有様を見て、烈火のごとく怒って、民を戒めたのでした。いったん民は悔い改めるのですが、しかし、その後も何回も彼らは荒れ野での生活に不平を言い、エジプトを恋しく思って、モーセに反抗するのです。
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この様子は、その後の多くの預言者によってイスラエルの滅亡の原因として、繰り返し語られます。その中でステファノが取り上げていますのは、アモス書の5章25節から27節です。
「イスラエルの家よ、お前たちは荒れ野にいた40年の間、わたしにいけにと供え物を捧げたことがあったか。」これは、「決してなかったではないか」という否定の結語を省略した疑問文です。もちろん、イスラエルの民は、荒れ野の40年の間、移動式の幕屋と祭壇を携えて旅を続け、とどまるたびに規定通りの犠牲を捧げています。しかし、アモスが、この5章の前半で語りました神の言葉は、わたしはお前たちの祭りを憎み、退ける、ということなのです。そして言うのです。「正義を洪水のように、恵みを大河のように尽きることなく流れさせよ。」確かに、イスラエルの民は、見かけの上では祭壇に犠牲を捧げ、幕屋礼拝をしていた、しかし、その心はどうであったか、神の御心に適う正義の御業、恵みの業を伴う生活であったのかと問いかけるのです。一体何のための礼拝なのか、本当に神を崇め、捧げものを心から捧げたか、これが神様のいいたいことなのです。アモス書の引用の最後は、こうです。「だからわたしはお前たちをバビロンの彼方へ移住させる」
このステファノの引用文と、実際のアモス書の本文はかなり違っています。これには、いくつかの理由があります。まずわかりやすいのは翻訳の問題、旧約聖書のアモス書5章25節から27節、これはヘブライ語を日本語に訳したものです。一方、使徒言行録はギリシャ語を日本語に訳しているということです。第二に、実は、ステファノが引用しているのは、ギリシャ語で生活するユダヤ人として親しんできた当時のギリシャ語訳旧約聖書であるという点です。これは、ヘブライ語聖書と違うところがあります。実は、現存するヘブライ語旧約聖書の最古の写本は11世紀のレニングラード写本です。一方で、ギリシャ語訳旧約聖書、セプチュアギンタの最古の写本は3世紀と考えられるシナイ写本、やその他の同時代の写本もあります。そうしますと、ギリシャ語訳旧約聖書の方が古い時代の、いわば、写本伝承上の誤りを免れたものである可能性もまたあるのです。そして三つめは、ステファノ自身が、引用文を意図的に変えている部分があるということです。特に、最後のバビロンというところは、アモス書ではどの訳文もダマスコとなっています。これは、ダマスコのかなた、つまりアッシリアに移された北イスラエル、ユダとベニヤミン以外のいわゆる失われた十部族のことです。しかし、ステファノは、バビロンに移されたユダ族を前に説教しているので場にロンと言い換えています。
いずれにしても、モーセに背き、救い主に背き、神に背く、この荒れ野の民は、あなた方のひな型であるとステファノは言いたいのです。このままでは、ユダ王国がバイロン捕囚によって滅亡したように、あなたがたも滅びる。だから、主イエス様を救い主として受け入れてもらいたい、こう語るのです。
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日本の地は、伝道地であり、客観的に見れば教会の力は微々たるものです。わたしたちの周りには多くの宗教が存在し人々は、それぞれに自分の好むままにそれらを拝んでいます。様々な御利益が与えられたり、病や災いから逃れたりことがその動機です。いわば人間中心の宗教ですけれども、もちろん、その動機自体を否定することは出来ません。けれども、一体何を神としているのかが大問題なのです。聖書の神は、人が造った神ではなく人と世界を造られた神です。そして、わたしたちに語りかけてくださる神です。命の道、命の言葉を語ってくださるのです。神を神としていなかった生き方を悔い改めて、真に人間らしい神の喜ばれる生き方へとわたしたちを導いてくださるのです。
ステファノの説教に戻りますが、ステファノは、あなたがたは、救い主である主イエスとこのお方を十字架に付けた上に、その弟子たちをも迫害していると言います。その姿は、かつて預言者の言葉を聞き入れず、彼らを迫害したユダヤの民の姿ではないかと問うのです。あなたがたの姿は、モーセに背き、神に背く荒れ野の民の姿と重なるというのであります。
荒れ野の民と重なるのは、決してステファノを取り囲んでいるユダヤ人だけではないと思うのです。自分たちの手で、都合のよい神を造り、これを拝み、そして人間が楽しむために礼拝する世の人々、そして、そこにはかつてのわたしたちも含まれています。
さらに言えば、荒れ野のイスラエルの民が、形式上は規則通りの礼拝、捧げものをしていても、神の目には、それが本物と認められなかったその姿はどうでしょうか。それは、心からの礼拝ではなく、人間中心のような礼拝をしている教会のひな型でもあり得るのです。クリスマスを控えたこの時、わたしたちは改めて自分自身の姿を見つめなおしたいと思います。
私たちの信仰、また現実の生き方はまことに不十分です。しかし主イエス・キリストは、そのようなわたしたちのもとに、またこの人間世界の中に来てくださいました。そして今も、真実の礼拝、イエス・キリストの命の言葉に生きるようにとわたしたちを招いていてくださいます。このお方に従ってまいりましょう。
祈ります。
天におられる主イエス・キリストの父なる神、父子御霊の三位一体の神、あなたのご存在と御業を讃美します。あらためて旧約のイスラエルの姿、また、初代教会からその信仰を問われたユダヤ教の指導者たちの姿を見せられ、悔い改めへと導かれましたことを感謝します。ステファノの言葉は、わたしたちに向けられた言葉でもありますから、絶えず悔い改めてあなたに立ち帰ることが出来るよう導いてください。主の御名によって祈ります。アーメン。