2021年10月31日「良い方を選んだマリア」

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良い方を選んだマリア

日付
説教
木村恭子 牧師
聖書
ルカによる福音書 10章38節~42節

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一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。
彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」

日本聖書協会『聖書 新共同訳』
ルカによる福音書 10章38節~42節

原稿のアイコンメッセージ

<説教要約> ルカによる福音書10章38-42節「良い方を選んだ、マリア」
今日の聖書テキストは「マルタとマリア」の所です。多くの方がよくご存知の話しだと思います。
この話は、直前にある「善きサマリア人」の話しと共に、ルカ福音書だけに記されているイエスの教えです。二つの話には別々の背景があるのですが、しかし無関係ではありません。大切なつながりがあるのです。ですから、「マルタとマリア」の話に入る前に、10章25-37節、「善きサマリア人のたとえ」との関係ついて見たいと思います。

直前の「善きサマリア人のたとえ」は、一人の律法の専門家がイエスにした質問から始まります。彼は律法をよく勉強し、熟知しているつもりでした。その彼がイエスを試そうとして、質問をしたのです。それが25節後半
25節 「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」
イエスは、この質問は的外れだと考えておられます。
「何かをすれば、永遠の命が得られる」という律法理解が間違っているのです。
それで、イエスはあえて彼に質問なさいました。
26節「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と。
この質問を聞いて律法の専門家の頭には先ず、レビ記18章5節が浮かびました。
レビ 18:5「 わたしの掟と法とを守りなさい。これらを行う人はそれによって命を得ることができる。」
彼は、神の律法を守れば永遠の命が得られると考えた、あるいはそう教えられていたのです。
そして、守るべき「神の律法」をきちんとまとめています。
申命記6:5 「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」
さらにもう一つのこと、
レビ19:18「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。」
律法の規定は細部にわたりいろいろありますが、中心は「神への愛と隣人への愛」。
実は、他の箇所でイエス様ご自身もそう教えておられます。マルコによる福音書
12章28-34節を確認してください。

彼は、「神への愛と隣人への愛」という律法の中心を守ることで永遠の命が得られる、と自信満々に答えたのです。
そこでイエスは、あなたの答えは正しいから、それを実行するようにと言われました。
しかし、そこには大きな問題が残ります。それは、罪ある人間が、本当の意味で神を愛し、隣人を愛して生きることができるのか、という問題です。
イエスはそのことを、「善きサマリア人」のたとえを使ってお示しになったのです。
イエスは、このたとえをお語りになった最後に「行って、あなたも同じようにしなさい。」と言われました。
しかし、果たしてこの律法の専門家にこれができるでしょうか?
ここでイエスの教えは「あなたは律法の専門家でありながら律法の読み方、聖書理解が間違っている」という指摘です。あなたは律法を表面的に読み、字ずらを理解しただけで、律法を守っていると自負しているが。しかしそれは正しい読み方だろうか? 神の律法は、聖書は、愛と憐みの心で読み理解し、行うべきだ、という指摘です。
また、イエスはここで、「何かをすることで、永遠の命を得ることはできない」ということも暗に指摘しているのです。

こういう前段があって、今日の話し「マルタとマリア」の話しへと続くわけです。
ですから、25節のイエスへの問い、「永遠の命を受けるためには何をすべきか」ということの積極的なお答え。それが今日の「マルタとマリアの話」なのです。
実際、場面が変わっていますから、律法の専門家はこの話を聞くことがなかったでしょう。ですが、私たちは今朝、イエスの答えを聞くことができるのです。

ここに登場するのは、イエス。そしてマルタとマリアという姉妹です。多分マルタが姉で、マリアが妹でしょう。ヨハネ福音書を見ると、彼女たちの兄弟に「ラザロ」がいたことが分かります。ラザロはイエスの手で生き返らせていただいた人物ですが、今日の話しには登場しません。
10:38 一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。
マルタですから、姉の方ですね。ここで「迎え入れた」と訳されているギリシャ語は、新約聖書では4回だけ使われています。その使い方を見ると、いずれも、「喜んで迎え入れる」「歓迎して迎える」という場面で使われています。ですからここでも、マルタはイエスの訪問をとても喜んで、積極的に迎え入れ、歓迎しているという状況です。お客様に気を使って働くのがいやだなあ~、というスタンスではありません。
また、妹のマリアも39節を見ると、彼女なりにイエスを歓迎し、イエスの訪問を喜んでいるのが分かります。
10:39 マリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。
この二人、対照的です。
実は私も二人姉妹で、私が長女、2歳下に妹がいます。我が家はどちらかというとマルタとマリアとは逆です。妹は来客のもてなしの時には大変身軽に動いてくれます。反対に私は、人を接待したり、御馳走を準備したりするのが苦手です。でもまあ、それは今関係ないですね。

そんな風に姉妹と言っても性格やものの考え方、もっと言えば価値観も違うのです。
マルタは心を込めてイエスを接待しようと、忙しく立ち働きました。彼女は自分で必要と考えた様々な接待、例えば主の足を洗ったり、食事の席を整えたり、料理やワインの準備をしたり、様々なことに気を配り、心を奪われていました。
一方で、妹のマリアは、イエスの足元に座り込んで、話に聞き入っていたのです。
この状況を考えれば、マルタが、自分を手伝ってくれない妹の態度にいらいらするのはよくわかります。そして彼女はイエスに直訴したのです。
10:40「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」と。
こんなことが言えるのですから、この姉妹とイエスとは、既に親しい関係だったようです。もっと言えば、イエスのことを「主よ」と呼んでいるのですから、この二人はイエスを「主」と信じる、イエスの弟子だったことが分かります。マルタもマリアも、イエスの弟子だったのです。

姉マルタの言葉を聞いてイエスは諭すように言いました。
10:41「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。」
これは、私たちもよくやる失敗ではないでしょうか?

そして
10:42必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」
と言われました。妹のマリアは、接待よりも、主の足元に座って、御言葉に聞き入ることを選びました。イエスは、これが最優先事項だと教えられたのです。
今の私たちであれば「礼拝とその中心であるみ言葉に聞き従う姿勢」です。
教会には礼拝以外にもいろんな活動があります。祈祷会や、各会での勉強、懇談会や交わり会もあります。様々な活動がある中で、優先順位をつけるとすれば、主の日の礼拝が第一。み言葉への集中こそが、永遠の命を受け継ぐ道だと、イエスは教えておられるのです。

日本キリスト改革派教会でも、礼拝中心、ということが意識されてきました。
私たちの教派では、節目ごとに記念宣言をまとめてきましたが、創立20周年記念宣言の中に、こんな一文があります。
「教会の生命は、礼拝にある。キリストにおいて神ひとと共に住みたもう天国の型として存する教会は、主の日の礼拝において端的にその姿を現わす。わが教会の神中心的・礼拝的人生観は、主の日の礼拝の厳守において、最もあざやかに告白される。神は、礼拝におけるみ言葉の朗読と説教およびそれへの聴従において、霊的にその民のうちに臨在したもう。」

これは真実だと思います。
主の日の礼拝が「教会の命」。そして「信仰者の命」です。主の日の礼拝において、キリストの御臨在、主が共にいてくださることを私たちは確認します。礼拝の中で神の言葉が朗読され、牧師の口を通して神ご自身が語られ、集う者たちは、その言葉を神が今朝、私に語っておられるからのメッセージとして聞き、そして従うのです。
これが、教会の命であり、また私たちが永遠の命を受け継ぐ道です。
ですから、主の日の礼拝は何よりも重要であり、また、命の恵みの場なのです。
そのために、牧師は真剣に準備をします。教会役員も、会員の皆様も、一人一人が礼拝のために祈り、必要な準備をします。多くの祈りと多くの奉仕が一つに用いられて、主の日の礼拝となるのです。

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