2021年05月16日「モーセ物語1」

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モーセ物語1

日付
説教
木村恭子 牧師
聖書
使徒言行録 7章17節~29節

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神がアブラハムになさった約束の実現する時が近づくにつれ、民は増え、エジプト中に広がりました。それは、ヨセフのことを知らない別の王が、エジプトの支配者となるまでのことでした。この王は、わたしたちの同胞を欺き、先祖を虐待して乳飲み子を捨てさせ、生かしておかないようにしました。このときに、モーセが生まれたのです。神の目に適った美しい子で、三か月の間、父の家で育てられ、その後、捨てられたのをファラオの王女が拾い上げ、自分の子として育てたのです。そして、モーセはエジプト人のあらゆる教育を受け、すばらしい話や行いをする者になりました。四十歳になったとき、モーセは兄弟であるイスラエルの子らを助けようと思い立ちました。それで、彼らの一人が虐待されているのを見て助け、相手のエジプト人を打ち殺し、ひどい目に遭っていた人のあだを討ったのです。モーセは、自分の手を通して神が兄弟たちを救おうとしておられることを、彼らが理解してくれると思いました。しかし、理解してくれませんでした。次の日、モーセはイスラエル人が互いに争っているところに来合わせたので、仲直りをさせようとして言いました。『君たち、兄弟どうしではないか。なぜ、傷つけ合うのだ。』すると、仲間を痛めつけていた男は、モーセを突き飛ばして言いました。『だれが、お前を我々の指導者や裁判官にしたのか。きのうエジプト人を殺したように、わたしを殺そうとするのか。』モーセはこの言葉を聞いて、逃げ出し、そして、ミディアン地方に身を寄せている間に、二人の男の子をもうけました。日本聖書協会『聖書 新共同訳』
使徒言行録 7章17節~29節

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<説教要約> 使徒言行録7章17-29節「モーセ物語1」

今日からはモーセ物語に入ります。旧約聖書では、出エジプト記に入ることになります。
ステファノの説教ではモーセ物語がいちばん長くて、40節くらいまで続きますから何回かに分けて扱います。今日の話しは、モーセの誕生から、エジプトを逃げ出すところまでです。

まず、17~18節がモーセ物語の導入部です。
この辺のことは、出エジプト記1章1~7節 あたりに記されていますので、引用しておきます。
1:1 ヤコブと共に一家を挙げてエジプトへ下ったイスラエルの子らの名前は次のとおりである。
1:2 ルベン、シメオン、レビ、ユダ、
1:3 イサカル、ゼブルン、ベニヤミン、
1:4 ダン、ナフタリ、ガド、アシェル。
1:5 ヤコブの腰から出た子、孫の数は全部で七十人であった。ヨセフは既にエジプトにいた。
1:6 ヨセフもその兄弟たちも、その世代の人々も皆、死んだが、
1:7 イスラエルの人々は子を産み、おびただしく数を増し、ますます強くなって国中に溢れた。
飢饉のため、食べる物がなくなったヤコブ一家は、ヨセフを頼ってカナンの地からエジプトへ下り、そこで高い地位を得ていたヨセフのおかげで命を繋ぐことができました。
ヨセフのおかげで、一家はエジプトで優遇され、民の数が増し、今やエジプト中に広がったのです。
出エジプト記1章7節に、「イスラエルの人々は子を産み、おびただしく数を増し、ますます強くなって国中に溢れた。」とあります。
これが、かつて神がアブラハムに約束していたことの実現でした。
神の言葉に従ったアブラハムを祝福し「あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう」(創世記22:17b)と約束されていましたが、それがエジプトで実現したのです。
このようにして、エジプトで彼らは一つの民族となりました。彼らはイスラエル民族、イスラエル人、と呼ばれたのです。

しかし、その後エジプトにはヨセフを知らない王がたつと、エジプトでのイスラエル民族の扱いは一変します。
出エジプト記1章8~11節
1:8 そのころ、ヨセフのことを知らない新しい王が出てエジプトを支配し、
1:9 国民に警告した。「イスラエル人という民は、今や、我々にとってあまりに数多く、強力になりすぎた。
1:10 抜かりなく取り扱い、これ以上の増加を食い止めよう。一度戦争が起これば、敵側に付いて我々と戦い、この国を取るかもしれない。」
1:11 エジプト人はそこで、イスラエルの人々の上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待した。
エジプトは、王朝が変わるということが頻繁にあったようで、そうなると今までの政治体制が全く変わってしまいます。ヨセフによって飢饉から救われたことなど、もう過去の話になっていました。
新しいエジプトの王は、イスラエル人を警戒し、特に男の子が生まれるとすぐ、ナイル川に放り込んで殺すようにと命令を出したのです。こういう状況の中でモーセが生まれました。

そして、話は使徒言行録20節に続きます。
20節に「神の目に適った美しい子で」という表現がありますが、出エジプト記にはありません。モーセが「神の目に適う」者で、やがて神に用いられる人になる、ということを、ステファノはこんな風に表現したのでしょう。
モーセはファラオの王女に拾われ、彼女の子どもとして宮殿で育つことになります。しかし、モーセが乳離れするまで、3歳前後と思われますが、それまでは実の母が乳母として彼を育てました。
そして、そのあと王女のもとに連れていかれて、そこで「モーセ」と名付けられ、王宮で王女の子として育ちました。
22節には
7:22 そして、モーセはエジプト人のあらゆる教育を受け、すばらしい話や行いをする者になりました。
とあります。モーセは王女の子どもとして、宮殿で、エジプトの最先端の教育、あらゆる教育を受けることになりました。これは、神の目に適うモーセが、神の働きにつくまでの準備期間と考えることができるでしょう。
23節に「40歳になった時」とありますから、エジプトで教育を受けた期間は約40年ということになります。そして、モーセの教育が十分なされた頃、それがモーセが40歳になった時ですが、一つの事件が起こります。

7:23四十歳になったとき、モーセは兄弟であるイスラエルの子らを助けようと思い立ちました。
「思い立ちました」などというと、気まぐれに思い立った、という印象を受けるかもしれませんが、そうではないと思います。モーセは今までの40年間、エジプトの王宮で何不自由なく暮らしていました。しかし自分はエジプト人ではなく、イスラエル人であることを自覚していたのでしょう。そして、自分の同胞、兄弟であるイスラエル人がエジプトで奴隷として苦しめられている状況に心を痛めていたのだと思います。
ですから彼は、同胞のイスラエル人がエジプト人に虐待されているのを見過ごすことができなくて、思わず行動に出たのですが、その結果エジプト人を殺してしまったのです。
モーセは、自分の行為を同胞のイスラエルの人々が理解してくれる、と考えていました。しかし、実際にはそうではありませんでした。イスラエルの人々から見れば、エジプトの王宮で何不自由なく育ったモーセが同胞とは思えなかったのでしょう。
それどころか、モーセに対して反感を持ち、逆らいます。それが26節以下です。
7:26 次の日、モーセはイスラエル人が互いに争っているところに来合わせたので、仲直りをさせようとして言いました。『君たち、兄弟どうしではないか。なぜ、傷つけ合うのだ。』
7:27 すると、仲間を痛めつけていた男は、モーセを突き飛ばして言いました。『だれが、お前を我々の指導者や裁判官にしたのか。
7:28 きのうエジプト人を殺したように、わたしを殺そうとするのか。』
と、反発されてしまいます。ステファノの説教にはありませんが、この事件がファラオに知られてしまい、モーセはファラオに命を狙われます。それで彼は、ミディアン地方に逃げたのです。
7:29 モーセはこの言葉を聞いて、逃げ出し、そして、ミディアン地方に身を寄せている間に、二人の男の子をもうけました。
ミディアンでのことは本当に短い言葉で語られています。しかし、30節を見ると「40年たった時」とありますから、モーセはミディアン地方でさらに40年を過ごしたのです。そこでのモーセは、王女の息子ではなく、エジプトからの逃亡者です。モーセの生活は一変したはずですし、当然ここで多くの苦労を重ねることになったはずです。

ところで、申命記34章7節には 「モーセは死んだとき百二十歳であったが、目はかすまず、活力もうせてはいなかった。」とあります。
モーセというと、私たちは「イスラエル民族の出エジプトの指導者」というイメージが強いのですが、彼の人生を全体を考える時、最初の40年はエジプト人として、ファラオの宮殿で何不自由なく育ち、最高の教育を受け、エジプト人として育てられた時期。
次の40年はミディアン地方でエジプトからの逃亡者、そして一介の羊飼いとして過ごした時期。
そういう時があって、最後の40年は、出エジプトの指導者として神に召され、用いられたわけです。
彼の人生にもいろんな時があったのです。
これはなにも、モーセだけが特別にそうだ、ということではありません。私たちの人生も、神のご計画の中で、いろんな時があります。試練や苦しみの時も含めて、それぞれの人生に必要でない時はないということでもあると思います。

旧約聖書「コヘレトの言葉」にこんなことが記されています。
コヘレト3:11-14
3:11 神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。
3:12 わたしは知った/人間にとって最も幸福なのは/喜び楽しんで一生を送ることだ、と
3:13 人だれもが飲み食いし/その労苦によって満足するのは/神の賜物だ、と。
3:14 わたしは知った/すべて神の業は永遠に不変であり/付け加えることも除くことも許されない、と。神は人間が神を畏れ敬うように定められた。
私たち人間は、自分の人生のすべてを知ることはできません。しかし永遠を思う心が与えられています。
また同時に、神を畏れ敬う心、神を礼拝する心が与えられています。
この二つが与えられている人は、幸いな人。神の恵みに生きている人、ということができます。

今、私たちはコロナの中でみんな苦しい思いをしていますが、この時が持つ意味は理解できずにいます。いったい今は、どんな時なのでしょうか。 忍耐の時でしょうか? 
あるいはコロナで外出が制限される中で、祈るときでしょうか?
特に、施設にいらっしゃる方やお一人暮らしの方が、寂しい思いをしておられます。
そういう方々にお会いできない中で、執成しの祈りをする時。手紙や電話、メールなどで励まし合う時かもしれません。それぞれが、置かれている場所で、今がどんな時なのかを考えて、今できることをしていきたいと思います。

また、ステファノは今日の箇所と、キリストの福音とをどう関係させているのでしょうか?
ここでは、モーセが同胞イスラエルの人々を助けようとしたのに、その思いをイスラエルの人々は理解しませんでした。モーセの思いはこの時点では空振りに終わりますが、40年の訓練を経て、彼の思いが神に用いられる時が来ます。
一方で、キリストは、ご自身を犠牲にして十字架にかかり、救いを成し遂げてくださいました。しかし、今この場でステファノの話を聞いているユダヤ人たちは、そのことを理解しようとしません。
彼らがキリストの思い、神の愛を理解し受け入れる時はいつになるのでしょうか?今日の箇所でステファノの言いたかったのはこのことだと考えます。

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