永遠に残るもの
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- 説教
- 木村恭子 牧師
- 聖書 マルコによる福音書 13章28節~31節
マル子福音書13章28-31節
13:28 「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。
13:29 それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。
13:30 はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。
13:31 天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』
マルコによる福音書 13章28節~31節
2026年7月5日<説教要約> マルコ13:28-31 「永遠に残るもの」
今朝は13章28節からです。
イエス様は弟子たちに 「いちじくの木から教えを学びなさい。」と言われました。
「枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。」
「いちじく」はユダヤ人には大変になじみの深い植物で、聖書にも頻繁にその名が登場します。
温暖な地中海性気候に適した植物で、古くからこの地で栽培されていたようです。
いちじくは落葉樹で、冬には葉が落ちて枯れ木のようになります。しかし夏が近づくと、硬い枝が柔らかくなって、再び葉が茂るそうです。
それで、いちじくの葉が伸びてきたら、もうすぐ夏が来ることがわかる。というわけです。
しかし、ここでイエス様はいちじくの話をしたいわけではありません。
29節「それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。」
「これらのことが起こるのを見たら」とは、今までイエス様がお話になった終末の徴のこと。
戦争の騒ぎやうわさ、国と国の対立、地震や飢饉など自然災害天変地異、キリスト教徒への迫害、偽預言者の出現、などです。
これらのこと、つまり「終末の徴」が起こるのを見たら、「人の子が戸口に近づいていると悟りなさい」と、イエス様は弟子たちにお教えになりました。
「人の子が戸口に近づく」とは、「キリストの再臨」のことを指しているのでしょう。
終末の徴に続いて、キリストの再臨があります。キリストが再び地上に来られるのです。
ですが、私たちは恐れる必要はありません。「キリストの再臨」は、罪人にとっては裁きのときですが、信仰者、キリストに従う者にとっては、喜びのときです。
黙示録にこのように記されています。
黙示録3:20「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう」。
キリストを信じ、従う者たちにとって、キリストの再臨、キリストが戸口に立つのは、裁きのためでなく、神の国の祝宴に招き入れられるためだからです。
終末に至る様々な「徴」は恐ろしいものですが、「人の子が戸口に近づくとき」は、キリスト者にとっては、神の国の恵みが近づくときであり、喜びのときの始まりです。
それでも備えは必要です。何を、どう備えればいいのか。
そのことは32節以下に記されていますので、来週に譲り、今朝は残された30節、31節を見ておきます。
13:30「はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。」
イエス様が「終末の徴」と教えられた苦難のときが始まり、そして実際にキリストが再臨されるまで、この時代は滅びない、と言われます。
これは、今から2000年前の話です。
そのときから2000年以上たった今も、「この時代」は続いています。
それでも、イエス様は
13:31 天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」といわれ、「天地が滅びる」と明言しています。
「天地」は神が創造された被造世界全体を指します。ユダヤ人的世界観では、天地は最も堅固で永続的なものの象徴でした。私たちにとっても、今生きているこの地上、地球は、傷ついているとはいえまだ確かなものと考えます。
しかしイエス様は、その天地でさえ過ぎ去ると宣言されています。
神が造られた被造世界は、滅びる、過ぎ去るのだ、と明言しているのです。
今わたしたちが世界を見渡しても、終末の徴があちこちに目に留まります。
確かにこの世界は終末に向かっていて、その状況は不幸であり、破滅的です。それはどうすることもできないでしょう。しかし、不幸も破滅もいつか過ぎ去ります。
ですから、重要なのは、イエス様の後半の言葉です。
「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」
ここでイエスさまは、「聖書の言葉」とか「神の言葉」とは言わず、「わたしの言葉」と言っています。
イエス様はご自身の言葉に、神の権威と永続性があるのです。
「決して滅びない」は、ギリシア語の強い否定表現が用いられており、「絶対に消え去ることはない」という意味です。
イエス様の約束、預言、教えは必ず成就し、その価値は失なわれません。
イエス様の言葉は、人間の意見ではなく、神的権威を持っています。
すべてが不安定で移り行く世界、滅びゆく世界の中にあって、キリストの約束は揺るがないのです。
今、最も確かに見えるこの世界、天地ですら過ぎ去りますが、キリストの言葉は永遠です。
ですから、私たちは、世界情勢や環境ではなく、キリストの言葉に信頼を置くよう招かれているのです。
本日の説教題は「永遠に残るもの」です。
結論は31節「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」
永遠に残るもの、続いていくものは、神の意志であり、キリストの言葉です。
ですから、わたしたちは「終末の徴」の中にあっても、キリストの言葉に信頼して、そこに留まり続けましょう。
そのような生涯を送った者に、神は、新しい天と新しい地を用意しておられます。
黙示録21:1-4
21:1 わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。
21:2 更にわたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。
21:3 そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、
21:4 彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」