2025年01月26日「確信から離れるな」

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確信から離れるな

日付
説教
木村恭子 牧師
聖書
テモテへの手紙二 3章14節~4章2節

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だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。あなたは、それをだれから学んだかを知っており、また、自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。
聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。
こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。

神の御前で、そして、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思いつつ、厳かに命じます。
御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。日本聖書協会『聖書 新共同訳』
テモテへの手紙二 3章14節~4章2節

原稿のアイコンメッセージ

<説教要約> Ⅱテモテ3:14-4:2 2025年のテーマ聖句「確信から離れるな」
川越教会は今年9月、伝道開始70年になります。
川越市内には、キリスト教会が20以上ありますが、それでも、寺社仏閣の数には及びません。
その中にで私たちの群れ、日本キリスト改革派川越教会は70年頑張ってきたわけです。
そこで、改めて「伝道」について考えます。
伝道とは、「イエス・キリスト」を宣べ伝えること。
イエス・キリストを信じて与えられる罪の赦しと救い、神に従って生きる人生の幸いを伝えることが伝道です。
ですが、どうしたら「イエス・キリスト」を伝えられるのでしょうか?

お読みした聖書個所、テモテへの手紙二3章14節以下を見ましょう。
「この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。」とあります。
この書物とは聖書のことですから、「聖書」には、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵が記されているというのです。
つまり、聖書の言葉、み言葉を伝えることが伝道、福音宣教です。
その後、時代が進み、聖書が整えられましたので、聖書を通して神とキリストを知ることができるようになりました。
ですから、「この書物」つまり聖書が、「キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。」と記されているのです。
16節も見ましょう。
3:16 聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。
聖書を通して、人はまことの神と出会い、イエス・キリストの愛を知り、信仰へと導かれるのです。
3:17 こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。
さらに、聖書を通して、信仰者として整えられていくのです。

ローマの信徒への手紙10:14-17と15:4もお読みください。
10:14 ところで、信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。聞いたことのない方を、どうして信じられよう。また、宣べ伝える人がなければ、どうして聞くことができよう。
10:15 遣わされないで、どうして宣べ伝えることができよう。「良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか」と書いてあるとおりです。
10:16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。イザヤは、「主よ、だれがわたしたちから聞いたことを信じましたか」と言っています。
10:17 実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。
「聖書を通して」人は、イエス・キリストと出会い、信仰が与えられます。
さらに、聖書を通して、信仰者として生涯を歩み通す希望が与えられます。
だから、み言葉を伝える働きが重要なのです。
ローマ15:4 かつて書かれた事柄は、すべてわたしたちを教え導くためのものです。それでわたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです。
そして、具体的にみ言葉を伝える働き、福音宣教の働きを担うのは神の教会です。

1955 年以来、私たちの川越教会の福音宣教の働きによって、イエス・キリストと出会い、信仰をもって生涯を全うし、御国に凱旋した方がいったい何人いるでしょうか? 
私たちは、1955年から始まった川越教会の福音宣教の働きのバトンを受け取っていますから、このバトンをさらに先へとつなげる責任があります。何とかして、次の世代の人にバトンを渡したいのです。
それで、今年のテーマは「目指そう、30人礼拝」
聖句は、
二テモテ4:2 御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。
としたわけです。
ここまでが、今年のテーマと聖句に関する話です。

もう一つ、今日お話ししたいことは、聖書の語り方と読み方です。
先ほどお話ししたように、聖書は「キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、与えることができる」書物です。
そして、「人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練」を与えてくれる書物です。
別の言い方をするなら、聖書はイエス・キリストを信じる信仰をもって生きる私たちの「信仰と生活の基準」です。
ですが、そうはいっても、聖書には具体的なことは記されていません。
ですから、聖書が本当に私たちの「信仰と生活の基準」となるには、聖書の読み方、あるいは聞き方があります。
聖書を、他の書物のように読み流していては、「信仰と生活の基準」にとはならないのです。

今の時代、神は、聖書を通して、み言葉を通して、私たちに語ってくださっています。
み言葉とともに、聖霊なる神の働きがあり、必要な言葉を一人一人の心へ届けてくださいます。
ですから、み言葉と共に働いてくださる聖霊の助けを信じること。必要な言葉を私に届けてくださる聖霊の働きがあることを信じるのです。
さらに、聖書の言葉から具体的な指針や自分の今の問題への答えを得るために、祈りつつ問い続けることが必要です。
すぐに答えが与えられないこともあります。人と人とが面と向かって話をするように、すぐに返事が返ってくるということは、ないとは言いませんが、少ないです。
それでも簡単にあきらめないで、現実の自分の問題を問い続けるとき、必ず神は答えてくださいます。
私は、礼拝でみ言葉のメッセージを語るとき、そこで教えられていることの解説をし、そのうえでその言葉が今のわたしたちにどのようにかかわるのか、関係するのかまで語るよう努力しています。
しかし、それだけで十分とは言えません。み言葉を受け取る一人一人、置かれている状況や、抱えている課題が違うからです。ですから、み言葉を受け取った皆様方が、自分の生活の中で、さらにその意味を問うことが必要になります。神は、私たちが神に尋ね求めるときにだけ、答えを与えてくださるからです。
パウロは言います。「だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。」(Ⅱテモテ3:14)
私を愛し、私たちの問いに応える用意のある神が、私に語りかけている言葉として、私たちに聖書の言葉を与えておられます。聖書の言葉が、私たちの信仰と生活の基準であり、神は、み言葉を通して私たちの歩みを確かに導いてくださると信じることが私たちの確信です。
この確信から離れることなく、神の言葉から離れないで、信仰の歩みを進めてまいりましょう。


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