2023年08月20日「受けるより与える方が幸い?」

問い合わせ

日本キリスト改革派 川越教会のホームページへ戻る

受けるより与える方が幸い?

日付
説教
木村恭子 牧師
聖書
使徒言行録 20章28節~38節

音声ファイルのアイコン音声ファイル

礼拝説教を録音した音声ファイルを公開しています。

聖句のアイコン聖書の言葉

どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神が御子の血によって御自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。わたしが去った後に、残忍な狼どもがあなたがたのところへ入り込んで来て群れを荒らすことが、わたしには分かっています。また、あなたがた自身の中からも、邪説を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現れます。
だから、わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。
わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。
あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」
このように話してから、パウロは皆と一緒にひざまずいて祈った。人々は皆激しく泣き、パウロの首を抱いて接吻した。
特に、自分の顔をもう二度と見ることはあるまいとパウロが言ったので、非常に悲しんだ。人々はパウロを船まで見送りに行った。

日本聖書協会『聖書 新共同訳』
使徒言行録 20章28節~38節

原稿のアイコンメッセージ

<説教要約> 使徒言行録20章28-38 説教題「受けるより与える方が幸い」
今日の話は、使徒言行録20章28節から。お別れ説教の後半で、パウロはエフェソから呼び寄せた長老たちに、遺言のように語っているところです。

特に28節はいろんな意味で大切なので少し細かく見ていきます。もう一度読みましょう。「どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神が御子の血によって御自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。」
パウロは長老たちに、自分自身と群れ全体、その両方に気を配るようにと命じます。長老には群れに対する指導的な働きや配慮が求められますが、その働きを十分に行うには、まず自分自身が神に忠実であること、神の前に謙虚な歩みをしていることが大切。それがあって初めて、群れへの配慮が可能になり、群れ全体が健やかに成長ができる、ということです。
さらにパウロは、「聖霊が」「あなたがたをこの群れの監督者に任命なさった」といいます。ここ「長老」ではなく「監督者に」と言い換えられていますが、これは明らかに長老たちのこと。そして「監督者」と訳された言葉には「保護者」という意味もあります。そしてその働きのために、聖霊があなた方を任命した、と言います。あなた方が長老職を賜ったのは、人間的な知恵や、まして偶然ではない。あるいは、他にふさわしい人がいないから、あなた方が選ばれたわけではない。聖霊が任命した、つまり神が選んだ、というのです。私たちの教会でも、牧師を招聘するとき、長老や執事を選ぶ時、会員総会で話し合い選挙します。さらに働きにつく前に「按手」が行われます。この一つ一つが、聖霊の導きによってなされる神の業なのです。
長老の役割については「神が御子の血によってご自分の物となさった教会の世話をさせるため」とあるように、「群れに気を配り、世話をする」ことですが、その具体的な内容が29節以下に記されています。

29節から32節は霊的配慮、信仰面での配慮についてです。
パウロは、この後教会の外からの侵入者、妨害者が群れを荒らす。教会の外からが誤った教えを持ち込んだり、福音を否定したりする人々が教会に入ってくる。そういうことがおこること断言します。これは、今もあることですが、何とかして、正しい信仰から、神の国から信仰者を引き離そうとする、サタンの働きです。
さらに30節では「あなたがた自身の中からも、邪説を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現れます。」とあります。残念なことに、神の教会の中にも、もっと言うならば牧師や教会役員自身が、教会を傷つけ、群れを壊してしまうようなことも、時に起こるのです。
では、それらのことから教会を守るにどうしたらいいのでしょうか? それが31-32節。
パウロが「教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。」と言い、さらに32節。「神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に恵みを受け継がせることができるのです。」
あなた方は、神の言葉を基準にして、民を配慮していくようにという教えです。基準は、人間の知恵や経験に基づく考えではありません。「神とその恵みの言葉」です。正しい教え、神の言葉にとどまることで教会を建てていくこと。これ以外に教会を守る方法、神の民を守る方法はありません。
そのために、特に教会を導く役割をゆだねられている役員は、神の言葉を正しく学び、理解すること。
ですから、教会役員には、聖書だけでなく、教会の信仰規準(ウェストミンスター信仰告白と大小教理問答)への誓約も求められています。

33-35節は、生活のための配慮です。教会は魂の配慮だけをしていればいいわけではありません。隣人を配慮できる立場であれば、そうしなさいという勧めです。
ですから、教会はいろんな形で援助募金をします。昨年はウクライナのための募金をしました。各地で大きな災害が起こった時、私たちの日本キリスト改革派教会は、執事活動委員会を通していろんな形の援助募金をしてきました。東日本大震災の時には、募金だけでなく、必要なものをリクエストに合わせて現地に届けることもしました。あの震災の時には、海外の教会からもたくさんの援助を受けました。あの時、海外の教会からどれほどの献金があったことか。そういう意味では、東日本大震災の時には、日本の教会は受ける側でした。
35節に「受けるよりは与える方が幸い」とありますが、東日本大震災の時の経験からいうなら、支援を「受けることも幸い」でした。そこには主にある兄弟姉妹の思い、援助したいという愛があり、祈りがあるからです。愛と祈りを伴う献げ物は「受けるのも、与えるのも幸い」だと思います。
受ける側であっても、与える側であっても、そこに神の配慮と多くの人々の祈りがあるなら幸い、ということができるでしょう。

この後、パウロは長老たちと一緒に、ひざまずいて祈りました。
そして、新しい働きへと向かっていったのです。ともに祈ることで、パウロ自身も大きな励ましを受けたことでしょう。

今日の箇所から、特に二つのことを覚えたいと思います。
一つは、長老、執事を求める祈りについてです。
聖霊が、監督を任命した、ということを学びました。長老の任命は、聖霊の働きです。
私たちの教会では、長老、執事が加えられることを祈っています。
ふさわしい長老、執事が与えられるように、神ご自身と聖霊が働いてくださることを信じて、さらに祈りを深めていきましょう。

もう一つのことは、パウロの「神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。」という祈りの言葉です。
これは神への信頼に基づく祈りの言葉、信仰から出る祈りです。
神がみ言葉を通して、群れを養い、教会を立ててくださる。
神がみ言葉を通して、群れの一人一人を養い続けてくださる。
み言葉にはそういう力がある。神は、み言葉を用いて、必ずそうしてくださる。
そういう信頼に立った祈りです。
み言葉への信頼と共に、この先々もみ言葉から離れることがないように!という願いです。
私たちも、神の言葉から、具体的には教会の礼拝から、離れることがないように、祈りたいと思います。

神よ、今朝も、み言葉から多くを教えられたことを感謝します。
私たちが、与えることができるときにも、あるいは受けることしかできない時にも、主にある愛と配慮を覚えて、感謝して、喜ぶことができますように。
また、私たちの群れに、牧師、長老、執事が与えられていることを感謝します。しかし、主よ、働きを引き継ぐ長老、執事をさらに与えくださいますように。主よ、この切実な祈りを覚えてくださり、私たちがそのために心を一つにして、さらに祈って行けるよう励ましてください。

関連する説教を探す関連する説教を探す