2022年12月11日「羊飼いたちの喜び」
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羊飼いたちの喜び
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- 木村恭子 牧師
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ルカによる福音書 2章8節~21節
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聖書の言葉
その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」
天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。
そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。
聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。日本聖書協会『聖書 新共同訳』
ルカによる福音書 2章8節~21節
メッセージ
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<説教要約>ルカによる福音書2章8-21 「 羊飼いたちの喜び 」
今朝は、同じルカによる福音書の2章から、御子の降誕を伝えられた羊飼いたちの喜びに目を留めます。
2:8 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。
羊の群れは昼間は放牧されており、夕方になると羊を囲いに入れるそうです。そして羊飼いたちは、野宿しながら夜通し羊の番をします。一晩中野宿していたのか、あるいは時間制で交代したのか、そういう細かいことはわかりません。それでも、寒い夜に、野宿して羊の番をする羊飼いたち。彼らは寒い夜に暖かい家の中にいることができない者たちでした。
家畜の世話のため、安息日もちゃんと守れない者たち。労働の過酷さとともに、安息日を守らない罪人とさげすまれた人々でした。
しかし、神の御子の誕生、救い主・メシアの誕生というビックニュースは、そんな彼らに真っ先に伝えられました。
2:10天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。
2:11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。
2:12 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
突然、暗闇の中で彼らは主の栄光の光に包まれました。
「恐れるな」と言われても恐ろしかったはず。しかし、天使は彼らに大きな喜びを告げたのです。
それは、彼らが先祖代々待ち続けていたメシア、救い主の誕生の知らせでした。
天使は確かに言いました。メシアは「あなたがたのために」生まれたと。そして、その方を「見つける」ことができると。
そこに天の大軍が加わって、神を賛美し、光りがさらに増し加わりました。
なんと、栄光に満ちた光景でしょう。そして平和な光景でしょう。
天使の讃美は14節。
2:14「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ」。
この前半は、あの有名な「グローリア、インエクセルシスデオ」です。
そして天使の讃美の言葉の後半部分は、
2:14「地には平和、御心に適う人にあれ」。
今朝はまず、天使の讃美の後半部分「地には平和、御心に適う人にあれ。」について考えましょう。
今年2022年は「地には平和」とは程遠い一年でした。2月に始まった「ロシアのウクライナ軍事侵攻」は周辺国を巻き込んで今も先が見えません。
ところで、「平和」という言葉、聖書にはたくさん出てくる言葉です。しかし聖書の中で使われている「平和」は独特の意味、使い方があります。
①ローマの信徒への手紙5:1-2「このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、
このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。」
ここでは、人との関係ではなく、「神との間の平和」について語られています。
②ヨハネ福音書14:27「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。」これは、イエス様が弟子たちに語られた言葉です。しかも、イエス様が十字架におかかりになる前に語られた言葉です。
③コロサイの信徒への手紙1:19-20「神は、御心のままに、満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿らせ、その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。」
ここでは、父なる神が、御子の十字架の血によって「平和を打ち立て」、すべてのものを「御子によって神と和解させられた」と教えられているのです。
これらからわかることは、聖書では、人と人との関係以前に、「神と人との間の平和」が問題にされているということです。
「神と人との平和の関係」は、父である神から、主イエス・キリストを通して人に与えられるものです。
「神と人との平和の関係」は、御子キリストの十字架の血によって私たちに与えられます。
父なる神は、クリスマスの夜、イエス・キリストを地上に遣わされましたが、これはイエス・キリストの十字架の贖いによって、人の罪が赦され「神との間が平和になるため」でした。
そしてこれこそが、クリスマスの出来事です。
天使たちは、平和が「御心にかなう人にあれ」と讃美しました。
「御心にかなう人」とは、神の恵みによって信仰が与えられて、飼い葉桶のイエス・キリストを神の御子、罪からの救い主」と信じるこの羊飼いたちのような人のことです。
この人たちは、神との関係で平和が与えられ、神の愛と恵みの中で生きることができるのです。
天使たちの言葉と、賛美を聞いたとき、羊飼いたちの恐れは、大きな期待へと変わりました。
天使の言葉は、神が自分たちに知らせてくださったことだと信じたのです。ですから彼らはすぐに行動しました。
2:16 そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。
彼らは、自分たちに語られたことが真実であったことを確かめ、飼い葉桶の乳飲み子が、救い主、メシアであると信じたのです。
彼ですから、彼らは神との関係で平和が与えられ、神の愛と恵みの中で喜ぶものとされました。彼らの喜びは、17節、20節によく現れています。
2:17 その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。
自分たちに与えられた喜びを、彼らは語らずにはいられませんでした。
2:20 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
彼らは再び、自分たちの居場所へと帰っていきました。それは過酷な羊飼いとしての生活であり、人々からはさげすまれた場所でした。しかし、彼らは「神をあがめ、賛美しながら帰って行った」とあります。
暗い夜道に喜びの賛美が響きました。救い主にお会いしたことで、彼らの人生は「神をあがめ、賛美する喜びの人生へと変えられたのです。
クリスマスは、私たちにまことの平和を与えてくださるイエス・キリストの誕生をお祝いする時です。この方を、信仰をもって受け入れるとき、私たちにも羊飼いたちと同じ喜びが与えられます。神との平和が与えられます。そして、私たち自身も平和を作り出すものへと変えられていくのです。