2022年07月10日「盗んではならない」
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盗んではならない
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出エジプト記 20章12節~17節
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聖書の言葉
あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。
殺してはならない。
姦淫してはならない。
盗んではならない。
隣人に関して偽証してはならない。
隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』
出エジプト記 20章12節~17節
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<説教要約>
聖書 出エジプト記20:12-17
説教 「 盗んではならない 」
今、朝の礼拝では十戒の学びを続けています。
本日は第七戒「盗んではならない」、出エジプト記では20章15節です。
「盗んではならない」を考える時に、根本的かつ大切な前提があります。
それは、この世界に満ちている全ての物は、それを造り治めておられる神の物である、ということです。
申命記10:14見よ、天とその天の天も、地と地にあるすべてのものも、あなたの神、主のものである。
今私たちが自分の物と思っているすべての物は、神が私に与えてくださっている物であり、神の恵みです。ですから、私たちは今自分に与えられている物を神からの恵みとして大切に用いる必要があります。
同じように神は、隣人にも、与えておられるものがあります。
そう考えますと、「盗む」という行為は、神が隣人に与えられた恵みを侵害すること、になります。
このことを頭に置いたうえで、いつものように小教理問答、ハイデルベルク、70周年宣言を順番に確認しましょう。
ウェストミンスター小教理問答
問73 第八戒は、どれですか。
答 第八戒はこれです。「あなたは盗んではならない」。
問74 第八戒では、何が求められていますか。
答 第八戒が求めている事は、私たち自身と他人との富や生活状態を正当に確保し、向上させることです。
問75 第八戒では、何が禁じられていますか。
答 第八戒が禁じている事は、何事であれ私たち自身または隣人の富や生活状態を不当に妨げる事、あるいはその恐れのある事です。
問74の答えには「私たち自身と他人との富や生活状態を正当に確保し」とあります。
根底には最初に確認しました「人に与えられている物、恵みはすべて、神が与えておられるもの」という聖書の教えがあります。
更にここでは、それらを正当に確保すること、それを向上させる努力の必要も教えられているのです。
神が与えてくださる豊かさの実現のために、人は努力すること、学びや労働が求められています。
新約聖書マタイによる福音書にイエスが教えられた「タラントンのたとえ」という話があります。
マタイ25章14節以下です。
主人が自分の僕3人に、それぞれ5タラントン、2タラントン、1タラントン、預けて旅に出ました。
すると、5タラントン預かった人と、2タラントン預かった人は、それを増やす努力をしました。それを元手に働いて、倍に増やしたのです。しかし1タラントン預かった人は、何もせず1タラントンを土の中に埋めたのです。
主人が帰ってきたとき働きの結果を報告しますと、最初の二人は主人から、お褒めの言葉をいただきました。
マタイ25:21、23
主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
しかし、何もしないで1タラントンを土の中に埋めていた僕に対して、主人は、『怠け者の悪い僕だ。』とおしかりになり、持っていた1タラントンを取り上げて、主人の前から追い出されてしまいました。
その際主人の言葉は大変に厳しいものでした。
マタイ25:30 『この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』
このたとえ話は、私たちにいろんなことを教えてくれますが、「盗んではならない」の関連では、
神から与えられている恵みを感謝し、それをよく用いて増やす努力をすべきこと。
あたえられるものは人によって違うが、それが問題ではないこと。
隣人に与えられている物との比較ではなく、自分に与えられている恵みを感謝し、それを忠実に用いることで、神はそれを喜んでくださること。さらに神は、それを豊かに増し加えてくださることもわかります。
第8戒では、自分自身の生活向上のために努力することが求められています。
また、神から与えられている者をよく用いて増やし、神のため、隣人のために用いるということも大切です。
ハイデルベルク信仰問答
問110第八戒は、何を禁じていますか。
答 神は権威者が罰するような 盗みや略奪を禁じておられるのみならず、
暴力によって、または不正な重り、物差し、升、商品、貨幣、
利息のような合法的な見せかけによって、
あるいは神に禁じられている何らかの手段によって、
わたしたちが自分の隣人の財産を 自らのものにしようとする
あらゆる邪悪な行為また企てをも、盗みと呼ばれるのです。
さらに、あらゆる貪欲や 神の賜物の不必要な浪費も禁じておられます。
問111それでは、この戒めで、神は何を命じておられるのですか。
答 わたしが、自分にでき、またはしてもよい範囲内で、
わたしの隣人の利益を促進し、
わたしが人にしてもらいたいと思うことを その人に対しても行い、
わたしが誠実に働いて、困窮の中にいる貧しい人々を助けることです。
ハイデルベルク信仰問答、問110は、神が禁じておられることを具体的に記しています。
「盗みや略奪を禁じておられるのみならず、暴力によって、または不正な重り、物差し、升、商品、貨幣、利息のような合法的な見せかけによって」、つまり 不正な手段で富を手に入れることが禁じられています。
今でいうなら、あらゆる詐欺行為や、ねずみ講のような金儲けや、オレオレ詐欺や持続化給付金の不正受給、挙げればきりがないほどいろんな不正があります。しかし、そんな風にしてまんまと富を手にしたとしても、決して幸せになれません。なぜなら、全てを見ておられ、全てをご存知の神がおられるからです。隠れたことを見ておられる神、心を見られる神の前に、正しく生きることが大切です。
更に、問111では、隣人の利益のために仕え、また積極的に、困窮している隣人を助けることが求められています。
エフェソの信徒への手紙4章28節で、このように教えられています。
④エフェソ4:28 盗みを働いていた者は、今からは盗んではいけません。むしろ、労苦して自分の手で正当な収入を得、困っている人々に分け与えるようにしなさい。
70周年宣言
70周年宣言は、さらに積極的な解説になっています。
「盗んでははならない」
「受けるよりは与える方が幸いである」
神は、この世界が豊かに保たれるため、労働とその実りの管理とを、御心にしたがって一人一人に委ねられる。
わたしたちは、与えられた分を感謝して喜び楽しみつつ、それを神の栄光と隣人の益のために積極的に用いていこう。貧しい者の友となられた主イエスの福音に生きる道は、惜しみなく与える生活だからである。
それ故、わたしたちは、貪欲と不正が満ちた世にあって、貧困をもたらす力と戦い、困難な生活を強いられている人々に憐れみの手を差し伸べ続ける。
「受けるよりは与える方が幸いである」は、使徒言行録20章に記されているパウロの言葉です。
この世のすべては主のものです。
そして、わたしたちは、主からその時々に必要なものを与えられています。
ですから、与えられている物を上手に管理して、自分のために用いるとともに、隣人のためにも用いること。神がお喜びになるように、上手に用いていくことが大切です。
私たちは、次の世に蓄えた財産を持っていくことはできませんし、その必要はありません。
ヨブ 1:21 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」
一テモテ 6:7 なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。
特に、年を重ねていく中では、この世の富に執着するのではなく、今、神から与えられている物を、隣人のために上手に用いていくことを考えたいと思います。
主イエスは、貧しい人々、困難の中にいる人々に目を向け、救いの手を差し伸べました。
今、イエスに愛され、イエスの愛を受けている者として、私たちは、このイエスの愛の業を引き継ぐ者となりたいと思います。
「受けるよりは与える方が幸いである」