神の教会 2026年7月15日(水曜 聖書と祈りの会)

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聖句のアイコン聖書の言葉

1:1 神の御心によってキリスト・イエスの使徒として召されたパウロと、兄弟ソステネから、
1:2 コリントにある神の教会と、キリスト・イエスにあって聖なる者とされた人々、召された聖なる者たち、ならびに至るところで私たちの主イエス・キリストの名を呼び求めるすべての人々へ。イエス・キリストは、この人たちと私たちの主です。
1:3 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平和があなたがたにありますように。コリントの信徒への手紙一 1章1節~3節

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 今朝から「聖書と祈りの会」では、新約聖書の『コリントの信徒への手紙一』を読み進めていきます。今朝は、第1章1節から3節より、御言葉の恵みにあずかりたいと願います。1節から3節までをお読みします。

 神の御心によってキリスト・イエスの使徒として召されたパウロと、兄弟ソステネから、コリントにある神の教会と、キリスト・イエスにあって聖なる者とされた人々、召された聖なる者たち、ならびに至るところで私たちの主イエス・キリストの名を呼び求めるすべての人々へ。イエス・キリストは、この人たちと私たちの主です。私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平和があなたがたにありますように。

 ここには、手紙の差出人と、手紙の受取人と挨拶の言葉が記されています。最初に差出人についてお話しします。手紙の差出人は、「神の御心によってキリスト・イエスの使徒として召されたパウロと、兄弟ソステネ」です。パウロは、もともとは教会の迫害者でした。『使徒言行録』の第9章に記されているように、教会の迫害者であったサウロ(後のパウロ)に、栄光の主イエス・キリストは現れてくださいました。そして、サウロを、イエス・キリストの福音を宣べ伝える者にしてくださったのです。イエス・キリストは、御自分に反逆するサウロを、御自分の使徒としてくださったのです。「使徒」とは「権能を与えられて遣わされた者」を意味します。古風な日本語で言えば「名代」です。イエス様は、「私の遣わす者を受け入れる人は、私を受け入れるのである」と言われました(ヨハネ13:20参照)。ですから、私たちは、イエス・キリストの使徒パウロの言葉を、イエス・キリストの言葉として、受け入れたいと思います。共同の発信人として、「兄弟ソステネ」の名前が記されています。誤解のないように申しますが、兄弟ソステネは、共同の執筆者ではありません。4節に、「私は」と一人称単数形で記されているように、この手紙を記したのは使徒パウロです。ソステネは、パウロが書いた手紙に同意する者として、名前を連ねているのです。おそらく、ソステネは、コリントの信徒たちがよく知っていた人物であったのでしょう。『使徒言行録』の第18章に、パウロが1年6か月の間、コリントに留まって、福音を宣べ伝えたことが記されています。そこには、ユダヤ人がパウロを総督ガリオンに訴えようとして失敗したこと。その腹いせに、ユダヤ人が会堂長のソステネを捕まえて、法廷の前で打ち叩いたことが記されています。この会堂長のソステネが、後にイエス・キリストを信じる者となり、パウロと一緒にいたと考えられるのです。ちなみに、ガリオンがアカイア州の総督であった期間は、紀元51年7月から52年の6月までです。これによって、パウロがコリントに滞在して福音を宣べ伝えたのは、紀元51年から52年であったことが分かります。

 さて、この手紙は、いつ、どこで記されたのでしょうか?それを知る手がかりが第16章8節にあります。新約の317ページです。「しかし、五旬祭まではエフェソに滞在するつもりです」。パウロは、この手紙をアジア州のエフェソに滞在していたときに記したようです。『使徒言行録』の第19章に、パウロがエフェソに3年間滞在して、福音を宣べ伝えたことが記されています(使徒20:31参照)。このときであれば、パウロは、紀元55年ごろに、この手紙を執筆したことになります(より正確に言えば、54~56年の間)。イエス・キリストの使徒パウロは、この手紙を、紀元55年ごろ、エフェソにおいて、執筆したのです。

 今朝の御言葉に戻ります。新約の294ページです。

 次に、手紙の受取人についてお話しします。この手紙の受取人は、「コリントにある神の教会と、キリスト・イエスにあって聖なる者とされた人々、召された聖なる者たち、ならびに至るところで私たちの主イエス・キリストの名を呼び求めるすべての人々」です(聖書協会共同訳は新共同訳と新改訳2017と大きく異なる。その原因は「スン」を「ともに」ではなく「ならびに」と訳していることにある)。「コリントにある神の教会」とは、パウロがアカイア州の首都コリントにおいて福音を宣べ伝えたことによって生れた教会です。コリント教会は、パウロが開拓伝道した教会であるのです。パウロは自分が福音を宣べ伝えた、よく知っている人々に宛てて、この手紙を記しているのです。しかし、パウロは、「私の教会」とは言いません。「神の教会」と言います。コリントの教会は、神様がパウロの福音宣教を用いて集められた「神の教会」であるのです。「教会」と訳されるギリシャ語のエクレーシアは、「召し出された者の集い」を意味します。それゆえ、神の教会とは、神によって召し出された者の集いであるのです。私たちも同じです。私たちは、「羽生にある神の教会」であるのです。パウロは、この手紙の宛先をコリントにある教会だけに限定せずに、「キリスト・イエスにあって聖なる者とされた人々、召された聖なる者たち、ならびに至るところで私たちの主イエス・キリストの名を呼び求めるすべての人々へ」と記します。ここから私たちは、「神の教会」とは「キリスト・イエスにあって聖なる者とされた人々」であり、「至るところで主イエス・キリストの名を呼び求める人々」であることが分かります。「主イエス・キリストの名を呼び求める」とは「主イエス・キリストを礼拝する」という意味です(創世4:26「セトにも男の子が生まれた。彼はその子をエノシュと名付けた。その頃、人々は主の名を呼び始めた」参照)。私たちも主イエス・キリストの名を呼び求める、聖なる者であり、神の教会であるのです。ですから、この手紙は、私たちに宛てて記された手紙でもあるのです。「イエス・キリストは、この人たちと私たちの主です」とあるように、イエス・キリストこそ、パウロの主であり、コリント教会の主であり、私たち羽生栄光教会の主であるのです。

 最後に、挨拶の言葉についてお話しします。「私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平和があなたがたにありますように」。パウロは、父なる神と、主イエス・キリストを並べて記します。主イエス・キリストは父なる神と等しい御方、神の御子であるからです(1:9参照)。パウロが、「私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平和があなたがたにありますように」と記すとき、その「恵み」とは何より「罪の赦し」のことです。また、「平和」とは、罪の赦しに基づく「神との平和」のことです。私たちは、主イエス・キリストの十字架の贖いによって、すべての罪を赦されて、神様を「私たちの父」と呼ぶことができる平和を与えられているのです。「私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平和があなたがたにありますように」。このパウロの挨拶を、私たちは、今朝、しっかりと受けとめたいと思います。私たちは、主イエス・キリストの十字架の贖いにより、すべての罪を赦された者として、父なる神との平和に生きる者でありたいと願います。

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