あなたの愛はぶどう酒よりも心地よい 2026年1月21日(水曜 聖書と祈りの会)

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あなたの愛はぶどう酒よりも心地よい

日付
説教
村田寿和 牧師
聖書
雅歌 1章1節~4節

聖句のアイコン聖書の言葉

1:1 ソロモンの雅歌。
1:2 あの方が私に口づけをしてくださるように。/あなたの愛はぶどう酒よりも心地よく
1:3 あなたの香油はかぐわしい。/あなたの名は注がれた香油。/だから、娘たちはあなたを慕っています。
1:4 私を引き寄せ/あなたの後ろから付いて行かせてください。/さあ、急ぎましょう。/王はその部屋に私を連れて行ってくれました。/楽しみましょう/あなたのもとで喜びましょう。/あなたの愛をぶどう酒よりもたたえましょう。/彼女たちはあなたをひたすらに愛します。雅歌 1章1節~4節

原稿のアイコンメッセージ

 「聖書と祈りの会」では、先週から『雅歌』を学び始めています。今朝は、第1章1節から4節までを中心にしてお話しいたします。

 1節に、「ソロモンの雅歌」とあるように、『雅歌』は伝統的には知恵で有名なソロモン王によって記されたと考えられています。『列王記上』の第5章12節に、「ソロモンは三千の箴言を語り、その歌は千と五を数えた」と記されています。ソロモンが歌った千と五の歌の最高のものが『雅歌』であると考えられるのです。ちなみに、「雅歌」と訳されているヘブライ語を直訳すると「もろもろの歌の中の歌」となります。これは、最高の歌という意味です。『雅歌』は、ソロモンの多くの歌の中で最高の歌であるのです。『雅歌』には、一組の夫婦の未婚(婚約)のときの愛の歌と新婚のときの愛の歌が記されています。また、『雅歌』は夫婦の愛の歌に留まることなく、イエス・キリストと教会の愛の歌でもあります。そのことを念頭に置いて、2節から4節までをお読みします。

 あの方が私に口づけをしてくださるように。あなたの愛はぶどう酒よりも心地よく/あなたの香油はかぐわしい。あなたの名は注がれた香油。だから、娘たちはあなたを慕っています。私を引き寄せ/あなたの後ろから付いて行かせてください。さあ、急ぎましょう。王はその部屋に私を連れて行ってくれました。楽しみましょう/あなたのもとで喜びましょう。あなたの愛をぶどう酒よりもたたえましょう。彼女たちはあなたをひたすら愛します。

 小見出しに「おとめ」とあるように、2節から7節までは、おとめの歌です。このおとめの歌に対応するかたちで、9節から11節には若者の歌が記されています。『雅歌』は、おとめの歌と若者の歌との掛け合い、おとめたちの合いの手によって織りなされています。おとめは、「あの方が私に口づけをしてくださるように」と歌い出します。「あの方」とは結婚の約束をしている若者のことです。おとめは若者に恋い焦がれているのです。ぶどう酒は喜びの象徴ですが、若者の愛はそのぶどう酒よりも喜ばしいのです。また、若者の香油、今で言うと香水は、かぐわしいのです。若者の香油は、他の娘たちにも評判が良いようです。おとめの大切な人は、他の娘たちからも慕われているのです。4節に、「王」とありますが、これは3節の「あなたの香油はかぐわしい。あなたの名は注がれた香油」と結びついています。イスラエルにおいて、王になる人の頭に香油を注ぐという儀式を行いました。香油を注がれた人こそ、王であるのです。ですから、ここでの「王」は、おとめが恋い慕う若者のことです。4節はドキッとするようなことが記されています。ここに記されていることは実際に起こったことではなく、おとめの願望であります。2節に、「あの方が私に口づけをしてくださるように」と願ったおとめが、それ以上のことをここで願っているのです。おとめは若者とのロマンスを夢見ているのです。それにしても、おとめは積極的ですね。おとめは、「わたしを引き寄せ/あなたの後ろから付いて行かせてください。さあ、急ぎましょう。王はその部屋に私を連れて行ってくれました。楽しみましょう/あなたのもとで喜びましょう。あなたの愛をぶどう酒よりもたたえましょう」と言うのです。このような言葉が聖書に記されていることに驚く人もいるかも知れません。しかし、聖書は結婚関係にある男女の交わりには肯定的です。このことは考えてみると当然のことです。なぜなら、神様が人間を男と女にお造りになり、結婚の制度を定められたからです。『創世記』の第1章27節と28節をお読みします。旧約の2ページです。

 神は人を自分のかたちに創造された。神のかたちにこれを創造し/男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて、これを従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這うあらゆる生き物を治めよ。」

 このように言われた神様が、第2章24節で、「男は父母を離れて妻と結ばれ、二人は一体となる」という結婚の制度を定められたのです。男と女に与えられた「産めよ、増えよ」という祝福を伴った命令は、結婚した夫婦の交わりによって実現していくのです。男と女の性の交わりは、夫婦という結婚関係において営まれるべきであるのです。神様が祝福される男と女の交わりは、夫と妻の交わりであるのです。そのことは、夫婦ではない性の交わりが、律法によって禁じられていることからも分かります。夫婦ではない性の交わりは、神様が禁じている淫らな行いであり、姦淫の罪であるのです(ヘブライ13:4「結婚はすべての人に尊ばれるべきであり、寝床を汚してはなりません。神は、淫らな者や姦淫する者を裁かれるのです」参照)。『雅歌』において、肯定的に描かれているのは、結婚を約束した若者とおとめの愛の交わりであるのです。

 今朝の御言葉に戻ります。旧約の1035ページです。

 若者とおとめの関係は、イエス・キリストと教会の関係に当てはめて読むことができます。使徒パウロが、「私はあなたがたを純潔な処女として一人の夫と婚約させた、つまり、キリストに献げたのです」と記しているように、私たちは、イエス・キリストと婚約関係にあるのです(二コリント11:2)。私たちはイエス・キリストの御名によって洗礼を受けることによって、キリストの花嫁とされたのです。3節に、「あなたの香油はかぐわしい。あなたの名は注がれた香油」とありました。また、4節には、「王」という言葉が記されていました。頭に香油を注がれた王こそ、天から聖霊を注がれたイエス・キリストのことであるのです。おとめは、若者と一体になることに憧れました。しかし、私たちは、聖霊によってキリストと結び合わされて一つとされています。使徒パウロが、「主と交わる者は、主と一つの霊となるのです」と記しているように、主イエス・キリストと祈りによって交わっている私たちは、主イエス・キリストと一つの霊とされているのです(一コリント6:17)。それゆえ、私たちは、目に見える仕方で、主イエス・キリストと共にいることを待ち望んでいるのです。父なる神とイエス・キリストがおられる新しい天と新しい地の到来を待ち望んでいるのです。私たちは新しい天と新しい地で、イエス・キリストとの交わりを楽しみ喜ぶことに恋い焦がれているのです。そのような憧れを持って、私たちは地上で、私たちを愛してくださっているイエス・キリストの大きな愛をほめたたえたいと願います(ヨハネ15:13「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」参照)。

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