アブサロムの死 2022年12月21日(水曜 聖書と祈りの会)
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アブサロムの死
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- 村田寿和 牧師
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サムエル記下 18章6節~18節
聖書の言葉
18:6 兵士たちはイスラエル軍と戦うために野に出て行った。戦いはエフライムの森で起こり、
18:7 イスラエル軍はそこでダビデの家臣に敗れた。大敗北で、その日、二万人を失った。
18:8 戦いはその地の全面に広がり、その日密林の餌食になった者は剣が餌食にした者よりも多かった。
18:9 アブサロムがダビデの家臣に出会ったとき、彼はらばに乗っていたが、らばが樫の大木のからまりあった枝の下を通ったので、頭がその木にひっかかり、彼は天と地の間に宙づりになった。乗っていたらばはそのまま走り過ぎてしまった。
18:10 兵の一人がこれを見て、ヨアブに知らせた。「アブサロムが樫の木に宙づりになっているのを見ました。」
18:11 ヨアブは知らせに来た者に言った。「見たなら、なぜその場で地に打ち落とさなかったのか。銀十枚と革帯一本を与えただろうに。」
18:12 その兵はヨアブに言った。「たとえこの手のひらに銀千枚の重みを感じるとしても、王子をこの手にかけたりはしません。王があなたとアビシャイ、イタイに、若者アブサロムを守れ、と命じられたのを我々は耳にしました。
18:13 仮に、わたしが彼の命を奪ってそれを偽ろうとしても、王には何一つ隠せません。あなたもわたしを非とする側に立つでしょう。」
18:14 「それなら、お前に期待はしない」とヨアブは言った。アブサロムは樫の木にひっかかったまま、まだ生きていた。ヨアブは棒を三本手に取り、アブサロムの心臓に突き刺した。
18:15 ヨアブの武器を持つ従卒十人が取り囲んでアブサロムを打ち、とどめを刺した。
18:16 ヨアブは角笛を吹いて兵士を引き止めたので、彼らはイスラエル軍の追跡をやめて戻って来た。
18:17 彼らはアブサロムを降ろし、森の中の大穴に投げ込み、その上に石を積み上げて非常に大きな塚を作った。イスラエルの全軍はそれぞれの天幕に逃げ帰った。
18:18 アブサロムは生前、王の谷に自分のための石柱を立てていた。跡継ぎの息子がなく、名が絶えると思ったからで、この石柱に自分の名を付けていた。今日もアブサロムの碑と呼ばれている。サムエル記下 18章6節~18節
メッセージ
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今朝は、『サムエル記下』の第18章6節から18節より、「アブサロムの死」という題でお話しします。
ダビデに見送られて、兵士たちは、イスラエル軍と戦うために野に出て行きました。戦いは、エフライムの森で起こり、イスラエル軍はそこでダビデの家臣たちに敗れました。イスラエル軍は大敗北を喫し、その日に二万人の死者がでました。エフライムの森は密林であり、「その日剣の餌食になった者よりも密林の餌食になった者が多かった」と記されています。密林での戦いでは、国民軍であるイスラエル軍よりも、職業軍人であるダビデの家臣たちの方が有利であったのです。ダビデの家臣たちは、そのことを知っていたので、エフライムの森を戦いの場として選んだのでしょう。
アブサロムがダビデの家臣に出会ったとき、彼はラバ(雄ろばと雌馬の雑種)に乗っていました。アブサロムはラバに乗ってダビデの家臣から逃げていたのでしょう。しかし、ラバが樫の大木のからまりあった枝の下を通ったので、頭がその木にひっかかり、アブサロムは天と地の間に宙づりになりました。そして、乗っていたラバはそのまま走り過ぎてしまったのです。ある人は、アブサロムが長く伸ばしていた髪が木にひっかかったのではないかと想像しています(14:26参照)。しかし、「頭がその木にひっかかり」とあるように、髪の毛ではなく、頭(首)がひっかかったのです。
兵士の一人がこれを見て、将軍であるヨアブに知らせて、こう言いました。「アブサロムが樫の木に宙づりになっているのを見ました」。ヨアブは知らせに来た者にこう言いました。「見たなら、なぜその場で地に打ち落とさなかったのか。銀十枚と革帯一本を与えただろうに」。その兵士はヨアブにこう言いました。「たとえこの手のひらに銀千枚の重みを感じるとしても、王子をこの手にかけたりはしません。王があなたとアビシャイ、イタイに若者アブサロムを守れ、と命じられたのを我々は耳にしました。仮に、わたしが彼の命を奪ってそれを偽ろうとしても、王には何一つ隠せません。あなたもわたしを非とする側に立つでしょう」。前回学んだ5節に、こう記されていました。「王はヨアブ、アビシャイ、イタイに命じた。『若者アブサロムを手荒に扱わないでくれ。』兵士は皆、アブサロムについて王が将軍たち全員に命じるのを聞いていた」。アブサロムのことを知らせた兵士も、このダビデ王の命令を聞いていたのです。ダビデは、アブサロムを生け捕りにするように命じたわけです。それで、この兵士は、アブサロムを殺すことはしなかったのです。ヨアブから「アブサロムを打ち落とせば、銀貨十枚と革帯を与えたのに」と言われても、「たとえ銀千枚をいただけるとしても、王の命令に背いて王子を殺すことはしない」と言うのです。さらには、もし仮に、自分がアブサロムの命を奪って、それを隠そうとしても王に隠しておくことはできず、罪に定められることになる。そのとき、ヨアブは自分を弁護してくれず、かえって自分を非難する立場に立つだろうと言うのです。この兵士はヨアブのことを全く信頼していないのです。
ヨアブは、「それなら、お前に期待はしない」と言って、アブサロムのもとに向かいます。アブサロムは樫の木にひっかかったままで、まだ生きていました。ヨアブは、ダビデ王の命令、「若者アブサロムを手荒には扱わないでくれ」という命令を知っていましたが、棒を三本手に取り、アブサロムの心臓を突き刺しました。さらには、ヨアブの武器を持つ従卒十人が取り囲んでアブサロムを打ち、とどめを刺したのです。ダビデ王は、父親としての愛情から、「若者アブサロムを手荒には扱わないでくれ」と命じました。しかし、ヨアブは、アブサロムを生かしておくことが、王国のために災いをもたらすと判断して、殺すことを決めていたのです。また、ヨアブは、この戦いを終わらせるためには、イスラエルの王であるアブサロムを殺すことが必要不可欠であることを知っていたのです。かつてアヒトフェルは、アブサロムに、「わたしはダビデ王一人を討ち取り、兵士全員をあなたのもとに連れ戻します」と提案しました(17:23参照)。そのアヒトフェルの提案を、ヨアブはイスラエル軍とその王アブサロムに対して実行したのです。ヨアブは、王であるアブサロム一人を討ち取って、この戦いを終わりにしたのです。ヨアブが角笛を吹くと、兵士はイスラエル軍の追跡をやめて戻って来ました。そして、兵士たちはアブサロムの遺体を降ろし、森の中の大穴に投げ込み、その上に石を積み上げて大きな塚を作りました。アブサロムは、『ヨシュア記』の第7章に記されているアカンと同じように、葬られたのです。実際に聖書を開いて確認しましょう。旧約の350ページです。
アカンは、滅ぼし尽くして主にささげる戦利品の一部を盗むことによって、イスラエル全体に災いをもたらしました。それゆえ、イスラエルの民は、アカンを石で打ち殺し、そのアカンの上に大きな石塚を積み上げたのです(ヨシュア7:26参照)。
また、『ヨシュア記』の第8章には、イスラエルがアイを滅ぼしたことが記されていますが、その29節にこう記されています。「ヨシュアはまた、アイの王を木にかけて夕方までさらし、太陽の沈むころ、命じてその死体を木から下ろさせ、町の門の入り口に投げ捨て、それを覆う大きな石塚を築かせた。それは今日まで残っている」。ここでも、大きな石塚を築いたことが記されています。しかも、アイの王様の死体は木にかけられたのです。このことは、アイの王様が神様によって呪われた者として死んだことを示しています(申命21:23「木にかけられた者は、神に呪われたものだからである」参照)。そして、このことは、頭を木にひっかけて天と地の間に宙づりになったアブサロムにも言えるのです。アブサロムが木にかけられたのは、たまたま乗っていたラバが樫の大木の下を通ったからでした。しかし、その背後には、主の御手が働いていたのです(17:14参照)。そして、ヨアブと兵士たちは、アブサロムを、主のメシアであるダビデに逆らってイスラエルに災いをもたらした者として、石塚を築いて葬ったのです。
今朝の御言葉に戻ります。旧約の510ページです。
アブサロムは生前、王の谷に自分のために石柱を立てていました。アブサロムには跡継ぎの息子がなく、自分の名が絶えてしまうと思ったからです。第14章27節には、「アブサロムには三人の息子と一人の娘が生まれた」と記されていました。しかし、三人の息子は、幼いときに、死んでしまったようです。アブサロムの碑と呼ばれる石柱だけが、アブサロムの名を後世に伝えるものとなりました。美しい若者アブサロムは、父であり王であるダビデに反逆して、イスラエルに災いをもたらした人物として、イスラエルの歴史に名を残すことになるのです。